第14話 妹さんは気づかない

 


「――て、ことがあったわけよ」


 カチャカチャとコントローラーのボタンを押しながら、隣に座る根本へと昨日の話を話し終えた。今朝のアリシアとの一件は伏せておいたが。


「なあ、」

「なんだ?」

「それ、なんて漫画?」

「現実だよ」


  確かに物語かよって思うけどな。


「同級生に彼氏役をお願いされるとか、一昔前に流行ったベッタベタの展開じゃねぇか!」

「そこまで昔か?」

「最近だったかもしれん」


  流行り廃りの周期は早いからな。結構昔に流行ったものだと思ってたものが、一、二年前の話だったなんて事は俺の中ではよくある。

  閑話休題。


「まあ、てなわけでそういう感じだから、適当に合わせてくれ」

「いや、それはいいけどさ。まさかこうなるとはなぁ……」


  俺も思わなかったよ。まさかこんなことになるなんて。心の中で相槌をうっていると、何かを思い出したように「あ!」と根本が声を出した。


「そういえばよ、そのこと彩月さんに言った?」

「言ってないけど……」


  昨日、会うことも用事もなったから。それに、わざわざ電話してまで話すようなことではないし、会った時に話せばいいだろう。

  と、そう思っていたのだが、根本の反応的にどうやらあまり良くない選択をしてしまっていたようだ。

  根本はあちゃーっといった様子で額に手を当てて天井仰ぎ見ている。


「とにかく、早めに連絡しておけよ。面倒なこと……というより、面白いことになるだろうから」

「面白いことなら放っておけばいいんじゃないか?」

「反応は面白いだろうけど、誤解を解くのは面倒だぞ。少なくとも今日中には連絡入れとけよ」

「りょーかい」


  藤谷の妹が来たらしい、ということを伝えるついでに言っておくか。


「やっほー、二人とも! 遊びに来たぞ!!」


  そんなことを考えていると、唐突に部屋の扉を開け放たれた。

 

「うおっ!? びっくりしたぁ」


  勝手に入ってくるなよ……という抗議をするため振り返る。そして固まった。


「あれ、どうした? カズくん、根本」


  藤谷の後方にいる人物も固まっていた。

  藤谷の後ろ、アリシアの隣にいる人物はちょうど話題に上がっていたクラスメイト。彩月 花蓮だった。



「……あ、あだ名呼び」


  彩月は藤谷の言葉を聞くとぽつりとそう呟いた。


「あれ、かれりんさんはお姉ちゃんとお兄さんがお付き合いしていること、知らなかったんですか?」

「お、おつ……っ!?」

「あ、あー、さ、最近付き合い始めたからな! な、カズくん!?」

「……そだねー」


  なぜかトドメを刺されたかのように固まってるけど、これ大丈夫? そう心配していると唐突に彩月は動き出した。


「そ、そうなのね。お付き合い……へ、へー。全然気づかなかったけれど、二人はそういう関係になってたのね。お、おめ…………え、えっと……。ちょっと用事を思い出したから、今日のところは帰らせてもらうわ」

「ストップストップ!」


  勘違いしたまま帰りそうになったので、思わずそう呼び止めた。すると途端に鋭い視線が俺を突き刺さる。視線の主へと視線を向けると、アリシアが冷たい目で俺を睨みつけていた。


  なんか、何も言われてないのに「浮気か?」って問い詰められてる気がする。


「ちょっと話があるんだよ! な、根本!?」

「え? ……あ、おう。そうそう。だからちょっと、外で話せないか?」


  俺の意図を察してくれたようで、根本はすぐさま話しに合わせてきてくれた。さすが根本。


「え、ええ。いいけれど……」


  戸惑っているようだが彩月は小さく頷いてくれた。さっきまで突き刺さっていた冷たい視線も、根本も連れていくという時点で少しだけ緩まったように感じる。


  ☆ ☆ ☆


「――と、言うわけなんだ」


  アリシアに聞かれないよう小声で話し終える。


「そう……フリ、ね」


  最初こそぎこちなく、どこかよそよそしかった彩月の態度も事情を話していくうちに落ち着きを取り戻していった。


「はあ……」


  頭が痛いとばかりに額を指で押さえる。そして、呆れたように息を吐き出し冷たい目でこちらを見てきた。


「貴方ねぇ……何でもかんでも言うことを聞いてあげることは優しさではないのよ?」

「安請け合いしてしまったとは思ってるよ」

「嘘をついてしまったって、ずっと抱えることになるかもしれないのよ?」

「おっしゃる通りです……」


  ぐうの音も出ないほど正論だった。

  何も言い返さない俺を呆れたのか諦めたのか「分かったわ」と一つため息を吐いてそう言った。


「それで? 私にどうして欲しいわけなの」

「とりあえず、俺たちに合わせて欲しい」

「つまり、貴方たちの付き合っているフリに合わせろってことね。断るわ」

「そこをなんとか!」


  嘘をつくことを強要することになるので強制は出来ない。ただ、既に俺と藤谷は共犯なので出来る限り彩月に拝み倒すことにした。


「嫌よ。私、嘘つくのはあまり好きじゃないもの」

「お願いします! 俺に出来ることなら何でもしますから!!」

「……何でも?」


  ここまでする必要あるか? と思いながらも、口説き文句を並べ立てると、彩月がそれに食いついてきた。ずいっと迫ってきた時の迫力はどこか圧を感じられた。


「……俺に出来て、かつ常識の範囲内のことなら」


  そーっと視線を逸らしながらそう答える。そんな無理難題を吹っ掛けられるとは思っていないが、ここまで迫られると何かあるんじゃないかと身構えてしまう。


「そう。ならそうね……私のことも名前で呼んでもらおうかしら」

「え……なぜ?」

「別におかしなことでは無いでしょう? 昔は名前呼びだったじゃない」

「それは小学生の頃の話で……」


  今更名前呼びに変えるというのは少しばかり気恥ずかしい。


「いいじゃねぇか、一葉。オレのことも名前呼びにしていいぞ」

「……そういえばお前の名前ってなんだっけ?」


  今まで苗字で呼んだことがないどころか、呼ばれているところを見たこともない気がする。


「マジで言ってんのか!? 茂だよ。し、げ、る!」

「ああ、そういえばそんな名前だったな」

「おいおい。冗談キツイぜ」


  まさか本当に知らなかったなんて言えない。知らない方が幸せなこともあるのだ。


「それで、呼ぶの? 呼ばないの? なあなあで流さないではっきりと言いなさい」

「……呼ばせてもらいますよ」


  そのぐらいで合わせてくれるのなら安いものだ。そう考えることにしよう。


「花蓮さん……で、いい?」

「……え、ええ。まあ、いいんじゃないかしら。別に呼び捨てがいいとかは言っていないわけだし、その事についてとやかく言うつもりは無いわ」

「……? あ、呼び捨ての方がいいってこと? それなら、花蓮」

「……っ」


  ……固まってしまった。

  え、これどうしよう。ってか、これって俺が悪いの?

  助けを求めて茂に目を向ける。……おいこら、なにニヤニヤしてんだよ。


「これどうしたらいい?」

「さあ。まあ、少し待てば直るだろ」


  肩を竦めて適当なことを言う茂。そういうものなのだろうか。


「…………は!」

「あ、再起動した」

「ごめんなさい。ちょっとぼーっとしていたわ。ダメね、最近暑いからぼーっとする時間が増えてきたような気がするわ。そう、暑いからね」

「あ、はい」

「それで……ああそうね。約束は守らないといけないわね。本当に不本意だけれど、貴方たちの嘘に付き合ってあげるわ。けれど、今後こういったことはないようにね、…………か、カズく……一葉くん」


  早口でそう捲したてる花蓮に押されながら、小声で隣にいる茂へと話しかける。


「……これ、俺も名前呼びされる流れだったのか?」

「本人がそうしてるんだし、そうなんじゃないか? それに今更言い出せる雰囲気でもないだろ」


  確かに。


「聞いてるかしら?」

「あ、うん。聞いてる聞いてる」


  突然水を向けられて、驚きながらも何とか平静を保ってそう返した。


「では、そろそろ戻りましょうか。遅くなり過ぎると勘繰られそうだから」

「そうだな」


  もう既に外に出て十分は経過している。何かしら勘繰られている可能性があるというのは言わない方がいいだろう。


  ☆ ☆ ☆


「何の話をしてたんですか?」


 予想通り、早速問い詰められてしまった。多少疑いの目は柔らかくなっていたとはいえ、まだまだ疑ってた感じだったからな。

 どう答えるか考えていると、俺とアリシアの間に茂か割って入った。


「いやー、ちょっと頼み事をしてたんだよ」

「頼み事……ですか?」


 何を言うつもりだと脇腹を小突いてみるが何も反応しない。


「そうそう。もちろん、藤谷さんと妹ちゃんも誘おうって思ってたんだけどな」


 何も聞いてないんだけど……。上手いこと丸め込んでくれるのなら茂に任しておこう。そう思い一歩下がってことの成り行きを眺めることにした。

 すると、ビシッと親指を立てて彼はまるで決定事項かのように言い切った。


「海の家でアルバイトするってことをな!」

「「はい!?」」


 いつの間にか俺と花蓮は海の家でのアルバイトをすることになっていたらしい。

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