第12話 妹さんは辿り着く

 


  太陽がギラギラと照りつけて歩いているだけで汗が滴る。


「暑い……」


  年々暑くなってきてる気がする。

  作文の題材を調べに図書館に向かう道中、外に出たことを後悔し始めていた。


「そういえば、藤谷のやつ課題やってるかなぁ……」


  俺がそこまで気にする必要は無いのだが、一応あとで聞いてみることにしよう。夏休みの最終日に一気にやる勇者っぽいし、あいつ。

  そんなどうでもいいことを考えながら歩いていると、曲がり角で人とぶつかってしまう。


「あ、すみません」


  反射的に謝りながらぶつかってしまった人物へと視線を向ける。その娘はぶつかった衝撃で一、二歩後ろに下がると顔を上げて俺を認識する。


「いえ、こちらこそすみません」


  フランス人形のような可愛らしい少女だった。

  綺麗な金色の長髪に海を思わせる蒼い瞳。幼さの残った整った顔立ちは将来美人になるであろうと思わせる。


「……あの、ちょっといいですか?」

「あ、はい。なんですか?」


  見惚れていた俺の意識を少女の声が引き戻す。

  幼くも落ち着きを孕んだその声音は、言葉の終わりだけイントネーションがズレているような気がする。

  俺は目線を合わせるように少し屈みながらそう聞き返した。


「ハナノサキ荘というアパートへの道はわかりますか?」


  ハナノサキ荘。聞いたことがある名前だ。というか、おれが長年住んでいるアパートの名前がそれだ。


  ちょうど俺が通ってきた道を簡単に説明する。


「あー、案内しようか?」

「ありがとうございます。今の説明で大丈夫です」


  ぺこりと一つ頭を下げて、俺の横を通り過ぎて行った。


  そんな彼女の後ろ姿を眺めながら俺は少し思案する。


「どこかで会った気が……」


  だが、いくら記憶を遡ってみてもあの少女と思われる人物と出会ったことはない。


「あ」


  そこでようやく思い至る。そうだ、彼女に似ているんだ。そして、彼女の妹が近日遊びに来ると言っていた。


「藤谷の妹か」


  思い返せばどことなく似ていたような気がする。リトル藤谷と言うのも納得いくほど似ていたかもしれない。ネーミングセンスはどうかと思うが。


「……本当にあの藤谷の妹なのかってぐらいちゃんとしていたな」


  祈りが届いて藤谷を反面教師してるパターンだろうか。もしそうなら、しばらくは平穏な時間が続くかもしれない。


  そんな事を考えながら、図書館へ向かって歩き始めた。


  ☆ ☆ ☆


  藤谷と藤谷妹が今どうなっているのか気になっていた俺は、作文が終わるとさっさと家に帰ることにした。


「え……」


  アパートについて思わず立ち尽くす。


「あ、お兄さんじゃないですか」

「……何してるの?」

「お姉ちゃんを待っているんですよ」


  扉の横に立ち尽くしている少女は何を当たり前のことをと言わんばかりにそう言った。


「おま……君が来るってこと、お姉さんは知らなかったのか?」

「知っているはずです。でも、どこかに出かけてるみたいで……」

「電話、してみた?」

「いいえ」


  少女はふるふると頭を横に振る。それじゃあ、連絡してみるか。

  スマホを取りだし藤谷に電話をする。五コールほどして聞き慣れた声が聞こえてきた。


『なんだよ、青柳』

「お前今どこにいる?」

『どこって……駅だけど』


  その言葉を聞いた途端、深い深いため息が自然と口から漏れ出していた。


「……そこで何をしてる?」

『何って……妹を待ってるんだよ。今日、妹が来るんだよ』


  予想通りの言葉にまたしてもため息が漏れてしまう。俺はマイクをミュートにしつつ、念の為に不思議そうな顔をしている少女に声をかける。


「君のお姉さんって、藤谷 咲希って名前かな?」

「はい。お姉ちゃんを知ってるのですか?」

「ああ。色々あってね」


  確認が取れたのでミュートを解除して、電話の向こう側にいる藤谷に声をかける。


「お前の妹、アパートの所まで来てるぞ」

『……えぇ!?』


  一拍置いて驚きの声がスマホ越しに聞こえてくる。……めちゃくちゃうるせぇ。


「金髪で蒼い感じの瞳なんだよな?」

『うん。あと、あたしに似てめちゃくちゃ可愛い!』

「ああうんそうだな。なんなら、電話代わろうか?」

『いや、初会話は対面でって決めてるから! すぐに帰る!!』


  そう言うや否や通話が切られた。電源を切り、真っ暗な画面を見ながらはぁっとため息を一つ。


「お姉さん、すぐに帰ってくるって」

「あ、はい。ありがとうございます」


  ぺこりと頭を下げる少女に向かって、気にするなと軽く手を上げる。とりあえずもういいかな、と思い扉のノブに手を伸ばす。と、不意に声をかけられた。


「お兄さん、名前を教えて貰ってもいいですか?」

「名前? 青柳 一葉です。隣に住んでるから、何かあったら力になるよ」


  とりあえずだけどこう言っておこう。多分、力になるようなことはないだろうけど。


「わたしは藤谷 アリシアと言います。色々していただき、ありがとうございました」

「困った時はお互い様だからね」


  笑顔でそう返して扉を閉めた。

  ……うーん、らしくもなく猫被っちゃった。あとで藤谷に紹介される時どうしようかなぁ。無理にキャラ作らなくていいか。


「さーて、さっさと晩ご飯作るかな」


  なんとなくだが、今日はいつもより多く作った方がいい気がしたが……気のせいだということを願う。


  ☆ ☆ ☆


  あれからしばらくして、ようやく藤谷が戻ったのか外が少しの間だけ騒がしくなった。聞こえてくる声の限りは今回のすれ違いで喧嘩になる、なんてことはなさそうだ。

  そんなことを考えていると料理がだいたい出来上がってしまった。あとは米が炊けるのを待つだけか。


  この時間、休憩をするか課題をするかどうしようかと悩んでいると、不意に扉がトントンっとあの時よりも荒々しくないけれど、慌てていると分かるほど早く叩かれた。


  ……デジャブを感じてしまう。


  誰が来たかはだいたい予想がつくものの、念の為に覗き窓から見てみる。窓の向こうでは予想に違わず金色の髪が揺れていた。


「はーい……」


  どうせ、晩ご飯をたかりに来たんだろうなぁと思いながら扉を開く。扉の先にいた彼女は、あの時を思い出させるほど焦った表情でそこに立っていた。


  そして、あの時と同じように、端的で訳の分からないことを言い出した。


「青柳、ちょっと彼氏になってくれ!!」


  ……あれ、これって告白されてるの?


  突然の事で理解しきれずフリーズしていると、遠くでピーッと炊飯器が米が炊けたと伝える音が聞こえてきた。

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