妹さんはエンジェルシスター

第11話 妹さんはエンジェルシスター

 


  夏休み。

  学生の長期休暇では、それぞれ好きなことに打ち込み、普段は出来ないことへ挑戦したりする。そんな休みのある日、俺たちはと言うと――


「――で、なんで俺の家に来てるんだよ」


  特に変わり映えもしないいつもの光景。背景が階段から変わっただけの光景が俺の家では展開されていた。


「ほら、あるだろ? 昔よく行ってた場所の近くを通ると、その場所になんとなく寄ってしまうことが。それと一緒だよ」

「それには当てはまらないと思うのだけれど」


  適当なことを言い出した根本を彩月が窘める。


「まあいいじゃないか。別に用事があるわけでもないんだろ?」

「いやまあそうだけども……」


  だからって事前に何も言わずに集まるのはどうかと思うのですがね……。まあいいか。

  色々文句はあったものの、これ以上言ってもしょうがないと思い一つため息を吐いて諦める。


「で、今日は何をするんだ?」

「姉らしい行動は何かを話し合おうと思う!」

「え、そうなの?」


  藤谷がバーンっと勢いよく宣言した。だが、そんなの初耳だとばかりに根本が首を捻った。


「てっきりゲームでもするのかと思った」

「ゲームももちろんするぞ!」


  あ、するんだ。

 

「根本、お前部活大丈夫なのか?」


  なぜかしれっとこの場にいるが、夏休みは部活に入っている者にとっては通常よりも忙しいなんてよくある話だと聞く。確か、サッカー部に所属していたはずなのだが。


「今日は午前練だけだから問題なし!」

「そうなのか」

「うちの学校、そんなに部活動に力入れてるわけでもないし、夏休みはそこそこ遊べるぜ」


  つっても、ほぼ毎日練習やら試合やらが入ってるんだけどな。と苦笑を浮かべている。

  毎日部活が入っていても、そこそこ遊べる部類に入るらしい。なんて過酷なんだ、運動部は。

  帰宅部と運動部との差に愕然としていると、自分を放って話をしているのが気に入らないのか、藤谷は頬をむくれながら手を叩いた。


「ほらそこ、関係の無い話をしない! 姉らしい行動について考えて!!」

「そもそもとして、なぜそんなことを考える必要があるのかしら……?」


  話の趣旨が理解出来ず困惑している彩月。大丈夫、こういうのは適当に流せばいい。どうせ特に何も考えてないんだから。

  聞かれた本人はというと、意気揚々と説明を始める。


「実はな、近々妹が日本に来るんだよ。そこで、凄い姉らしい行動をして姉ちゃんすげー! って思わせるんだ!」

「じゃ、ゲームでもするかー」


  とりあえずテレビつけよ。リモコンリモコンは……っと。

  いそいそとゲームの準備を始める俺の首根っこを藤谷が掴んだ。


「ちょっと、なんで遊ぼうとしてんだよー!」

「いや、姉っぽい行動とか知らないから。ほら、料理とか掃除とか頑張ってたんじゃん。それなら、普段通りにしとけばいいんじゃないの」


  ちゃんと練習を続けているのかは知らないが、俺に頼み込んできた理由はそれだったはずだ。なら、少しぐらいはその努力が実を結んでいるはず。


「特別なことをしなくたって、尊敬できる人は尊敬されるさ」


  こういったものは日頃の積み重ねだからな。その点で考えてみたら……大丈夫かなぁ。


「妹さん、いつ来るの?」


  若干不安に思っていると、彩月が藤谷に声をかけていた。そういえばはっきりとした日程は聞いてなかったなと思い、藤谷に視線を向ける。


「さあ?」


  藤谷はこてんと小首を傾げてそう言った。


「え、把握してないの?」

「うん、聞いてない」

「あ、そう」


  ……大丈夫かな。布団の準備とか、食料の準備とか必要だろうから、泊まるなら事前に連絡を入れておいた方がいいんだよなぁ。

  藤谷の無計画さを見て頭痛でもするのか、額を押えている彩月。


「……確認しておきなさい。色々と事前に準備する必要もあるだろうから」

「そうなの? わかった、今日聞いてみる」

「藤谷さんの妹って、どんなやつなんだ?」

「めっちゃ可愛い」


  即答だった。迂闊にそんなことを聞いてしまった根本に藤田には迫っている。


「ねぇ、どんなに可愛いか聞きたい? 聞きたいでしょ。しょうがないから教えてあげる!」

「いや、いい。ほんとにいいから。おい一葉! 助けろ!!」

「彩月は何やりたい? 格ゲーかレースか、パーティーゲームか」

「みんなでやるのなら、パーティーゲームがいいんじゃないかしら」

「そうだな」


  背後で超早口な妹自慢が聞こえてくるが俺たちは決して振り返らない。振り返ったら、根本の犠牲が無駄になってしまうからだ。

  十分ほど経つと妹自慢は一段落ついたようで、我関せずの姿勢を貫いていた俺たちに絡んできた。


「なあなあ、あたしの妹来たら紹介しようか?」


  どうしようかと目を合わせる。俺の場合、隣の部屋に泊まるのなら紹介されなくても出会う確率は高いのだが、それはそれとして藤谷の妹がどんな子なのか興味がある。


「そうね。その子が嫌でないのなら紹介してもらおうかしら」

「とは言っても、ちゃんと話せるかどうかは分からないけどな」


  時折忘れそうになるが藤谷は外国人だ。より正確に言うのであれば、日本人とアメリカ人のハーフ。つまり、


「俺、基本英語のしかもカタコトでしか話せないぞ」


  英語で話す必要があるということだ。藤谷が日本語がペラペラなのが凄いのであって、基本は英語しか話せない考えた方がいいだろう。


「私も外国に行ったことがないから、きちんと伝わるかどうかは不安ね」

「根本は……まあ、うん」

「なんで諦めたみたいな顔してんだよ! オレだって少しぐらい英語出来るわ!!」


  いやだってお前……英語の成績めちゃくちゃ悪かったじゃないか。

  心外だと声を荒らげる根本の前に、彩月の綺麗な字が書かれた紙が突きつけられる。


「これを読んでみなさい」


  紙に書かれた英語は『out』と『auto』。それを見た根本は自信満々に答える。


「これぐらい分かるっての。オートとアウトだろ?」

「違うわ。逆よ。こっちがアウトでこっちがオート。貴方、アウトサイドの事をオートサイドと呼んでいたの?」

「いや、それは片仮名表記だからだよ。というか、これどう考えても読み方逆だろ!」


  確かにそうだよな。見慣れてるから違和感ないけど、パッと見た感じでは逆だよな。


「発音の規則的にこれで間違いないわ。違和感を感じるのはローマ字に慣れてるからよ」


  そうなのか。特に意識したこと無かったわ。彩月の博識に感心していると、なにか思い至ったようで藤谷が「あっ!」と大きな声を上げた。


「妹はあたし同様日本語喋れるぞ」

「そうなのか?」

「ああ。あたし達は昔だけどこの辺住んでたことあってさ、その名残みたいな」

「そうだったのね」

「そうそう。まあ、妹はあたしほど日本にいた時間は長くないから、多少カタコトだったりするかもだけど聞くだけなら問題ないと思う」


  そうなのか。てっきり、話せないものだとばかり思っていた。……あと、もう少し早く教えて欲しかった。


「そ、そういえば、妹ってことは藤谷と似ていたりするのか?」

「うん。あたしに似てめちゃくちゃ可愛い。というか、もう天使」

「藤谷に似て……?」

「藤谷さん、見た目は良いから」

「ああ、なるほど」

「青柳もかれりんも酷くない!?」

「妹もこんなんだったら、お隣さんの一葉はめちゃくちゃ大変だな」

「うわぁ、想像するだけで疲れてくるな……」

「そこまで迷惑かけてないし!」


  いや、絶対に迷惑かけられる。その自信しかない。……少しは迷惑かけているという自覚はあったんだな。


「つまりはリトル藤谷か。どんなのだろうなぁ」


  未だにギャーギャーと喚いている藤谷をスルーしながら俺はまだ見ぬ藤谷の妹を想像するのだった。


  ……とりあえず、姉を反面教師にしてる子だといいなぁ。


  ☆ □ ☆ □ ☆


  駅から出てくる一人の少女。

  物珍しさか、それともその幼き美貌に見惚れているのか通行人の視線はその少女に集中していた。

  そんな視線を遮るように少女は麦わら帽子を目深く被る。


「ようやく着きました」


  帽子を押さえながら空を仰ぎ見る。そして、太陽を掴むように手を伸ばす。


「待っていてください、お姉ちゃん」


  麦わら帽子に白いワンピースを着て、そして旅行バックを携えてその少女は街へと降り立った。

  彼女が目指すのは愛する姉の住む場所。


  だがしかし――


「そういえばお姉ちゃん、何処に住んでいるのでしょう?」


  どこに向かえばいいのか、それが分からず少女はその場に立ちつくすのだった。

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