第8話 幼馴染は離れて見る

 


  テストの話が雑談の中に増えてきたある日、俺はいつものように本を読んでいる彩月に声をかけた。


「彩月、今ちょっといい?」

「……ええ。問題ないわ」


  こうして俺から話しかけることは藤谷と友達になってくれ、と頼んだ日以来だ。


「今日の放課後って、なにか予定ある?」

「特にないけれど、もしかしてまた勉強会でもするのかしら?」

「ああ、違う違う」


  手を軽く振って否定する。

  前回は強引に進めすぎた。藤谷と彩月の二人の関係を円滑に進めるためには、今彼女が藤谷に対してどのような感情を持っているのかを知る必要がある。


「ちょっと遊びに行かない?」

「へぁ!?」


  ☆ ☆ ☆


  夕方だと言うのに太陽はそんなの関係がないとばかりに肌をジリジリと焼いていく。朝には鳴いていた早起きな蝉の声も、今は聞こえない。

  歩幅を緩めて彼女に問いかける。


「どこか行きたいところある?」

「貴方が誘ってきたのだから、私にそんなプランを求められても困るわ」

「そりゃそうだ。じゃ、俺が行き先決めていい?」

「そうね。任せるわ」


  根本や藤谷であれば行きたいところがあれば勝手に言うだろうが、相手は彩月だ。念の為に聞いてみたが特に問題は無いらしい。

  歩く速度を若干落として、色々と候補にあげていたうちの一つを口に出す。


「なら、ゲームセンターとかどうだ?」

「いいわね。もうかなり暑いから、涼しい場所なら大歓迎よ」


  了承も得たことだし、と思い近くのゲームセンターへと足を向ける。……と、その前にずっと気になっていたことを聞くことにする。

  前へと送り出していた足を元の位置に戻すと、くるりと振り返る。するとそれに合わせて彩月は足を止め、キョトンとした顔で小首を傾げた。


「どうかしたの?」

「なあ、一つ聞いてもいいか?」

「……? どうぞ」


  何を聞かれるのだろう、そんな顔をしながら俺の言葉を待つ彩月に一歩近づいた。……すると、彩月は一歩後ろに下がった。


「……なんでそんなに距離をとるんだ?」


  別に隣合って歩く必要は無いのだが、何故か彼女は俺から常に三メートルほど離れて歩いている。

  歩くスピードが早かったかと反省し、歩幅を緩めても歩く速度を落としても彼女は同じようにして距離をキープする。


「……もしかして嫌だったか?」


  気を遣って断らなかったのだろうか。そんな考えが頭に過り、恐る恐る聞いてみる。


「そんなことないわっ」


  強い否定に半歩後退る。それを見た彩月はハッと我に返り、口元に手を当てた。


「ご、ごめんなさい。いきなり大声を出してしまって……」

「あ、ああ。いや、大丈夫だ」


  気にするなと手を振るが、彩月は申し訳なさそうに目を伏せる。


「あ、あの、本当に……嫌ではないから。その、理由はあまり言えないのだけれど……」

「言えないのなら無理に言わなくてもいい。悪かったな、変なこと聞いて」

「いえ。これはこちらの方に非があるから」


  気軽に聞くべきではなかったか……?

  下手に知っている分、初対面の人よりも距離の詰め方、とり方がどうにもやりにくい。

  どんな立ち位置で接するべきか、頭を悩ませながらゲームセンターへと向かった。


  目的地へと向かう道中の何処と無く気まずい空気の中で、今ばかりはあの騒々しい蝉の鳴き声が恋しくなった。



「あー、涼しい……」


  大きく息を吸って、吐き出す。

  あー……生き返る。ここは天国か……? もう外に出たくない。


「ぼーっとしてないで、早くお店に入りなさい。入れないのだけれど?」

「ああ、悪い」


  軽く謝って横へ移動する。


「それにしても……懐かしいわね」


  店に入ると、彩月はそう言って軽く微笑んだ。

  ……覚えていたのか。

  軽く驚きを覚える。俺と彼女は昔、何度もこのゲームセンターで遊んだことがある。けれど、そんなことなどとうの昔に忘れ去られているものだとばかりに思っていた。


「あれ、あるかしら」

「あれって?」


  どのゲームのことだろうと、記憶を呼び戻す。


「ロボットを作って、戦うやつ」

「あー、あれか」


  正式名称は忘れたが、一対一のバトル形式。バトル前にそれぞれのバトルスタイルのロボットを選択し、先に三機相手のロボットを撃墜した方の勝ちというゲームだったはずだ。


「あるとしたらあの辺じゃないか?」


  入り口の手前側には新しい機体やクレーンゲームが置かれていて、昔ながらの古めかしい機体は店の隅へと追いやられていた。


「お、あったぞ」


  ひっそりと何故か三台目的の機体があった。え、なんで三台……?


「では、対戦しましょうか」

「早速やるの? 練習とかいらない?」

「やっていればある程度勘は取り戻せるでしょ。NPC相手に使うお金が勿体ないわ」


  なんて強気なセリフ……。そこまで言われてしまうと、練習が欲しいとは言えなくなってしまう。俺は彩月とは向かい側にある機体を使うことにした。


「で、彩月は何を使うんだ? やっぱり昔と同じく攻撃特化のロボットか?」


  何気なしにそう尋ねてみると、奥の方から息を飲む音が聞こえてきた。


「……そんなこと、覚えてたのね」

「何か言ったか?」

「いえ。……そうね、攻撃特化にしましょうか」


  彼女が選んだのは、蟹のような形のロボットにゴテゴテとした砲台が備え付けられたロボット。

  機動力を捨てて攻撃力に特化したいわばカウンター型。相手の動きを読んだりと扱うのはかなり難しいが、それ故に扱いこなせれば化け物レベルとなる。


「そういう貴方はスピード特化かしら?」


  当たり前のように昔よく使っていた型を言われて、軽く動揺してしまう。……そっちもよく覚えてるじゃねぇかよ。

  だが、俺はスピード特化型を選ぶことはなく、一番左側のスタンダードな形のロボットを選択した。


「いや、俺はバランス型かな」


  一番扱いやすく、短所も癖もない。その代わりこれといった長所もないが、平均的なステータスから動きの幅が一番大きい。


「……意外ね。ある程度覚えているのなら、慣れ親しんだものの方がいいんじゃないかしら」

「一番使いやすいから、リハビリにはちょうどいいんだよ。それにずっと昔のままってのも面白くないだろ?」

「そう。でも、だからといって手加減をするつもりはないから」

「なんでこのタイミングで負けず嫌い発揮してんだよ」


  別に手加減なんかいらないさ。手加減しようがしなかろうが、俺が勝つことは変わらないからな。

  いち早く勘を取り戻し、扱いやすいこのロボットでなら彩月が操作に慣れるまでに一勝は出来るだろう。


  懐かしさを感じさせる画質の荒い画面がカウントダウンを始める。勝負は一瞬。基本的な操作は覚えている。まずは一機を撃墜してやる。




「なん……だと……」


  結果は惨敗だった。

  最初は上手いこと立ち回れていたと思うが、すぐに勘を取り戻した彩月によってカウンターをくらってしまった。最後の最後で一機撃墜させることは出来たが、戦績を見ればボロ負けだ。


「まあ、こんなものかしら」


  耳に髪をかけながら、黒い瞳がこちらに向く。普段通りに冷静に振舞ってはいるが、何処と無く嬉しそうだ。


「流石だな」

「一度やった事のあるものだったから。慣れれば貴方ぐらいなら楽勝だわ」

「めちゃくちゃ言うじゃん……」


  さすがの俺もそこまで言われるとちょっとだけ傷つく。


「それで、少し楽しんだことだし本題について聞きましょうか?」

「……気づいてたか」

「貴方から話しかけて、しかも遊びに誘ってくるだなんて、何かあると思うに決まっているでしょ?」

「話だけなら教室ででも出来るだろ。遊びに誘ったのは単純に、彩月と昔みたいに遊んでみたいと思ったからだ」

「そ、そう……」


  本題は別だが、遊ぶこと自体ももう一つの目的でもある。彼女の今現在の人となりを知る術にもなるからな。

  いじいじと髪を弄っていた彩月が顔をあげる。


「……今はその話をしているわけじゃないわ。本題について聞いているのよ」


  キリッと表情を整えているが、若干口角が上がっていた。


「彩月って、藤谷のことどう思ってる?」


  直球で聞くべきか、遠回しに聞くべきか迷ったが、変に回り道をするよりかはと思い直球に質問する。


「それは先日のことかしら?」

「ああ。あの時の藤谷を見てどう思ったのか、聞かせて欲しい」


  どう思い、これからどう関係を築くのか。それを聞きたい。

 

「そうね。……ここでするのもあれだから、ちょっと移動しないかしら。バッティングセンターなんてどう?」


  少し考える仕草をしたかと思うと、そう提案してきた。


  彼女の瞳は全てを見透かしているかのような光が宿っており、何処と無く有無を言わさぬ迫力があった。


「……ああ、そうだな」


  軽く顎を引いて了承とも否定ともとれる曖昧な返事をする。「じゃ、行こうか」と言うと、彼女は先へ先へと歩いていく。


  少し遅れて彩月の背中を追いかけ外へ出る。日が沈んでいっていてちょうど夕方と夜の境目の時間。

  日が沈み、昼とは違う街の姿が顕になり始める。

  闇夜は人の暗いところを溢れさせ、情景とは別に人の姿すらも変えてしまうのだ。

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