第7話 幼馴染と勉強会
彩月 花蓮はパーフェクトレディである。
文武両道、才色兼備。勝ち取った賞は数知れず。
小学生高学年から努力に努力を重ね、完璧とそう呼ばれるレベルにまで彼女は到達していた。
だからこそ、パーフェクト姉というよく分からないものを目指す藤谷にとっていい目標になると、そう思った。
「……で、なにか学べることはなかったのか?」
「えー……さあ?」
「さあってね、君……」
まるでここが自室みたいな様子で居座るなよ。そして勝手にアイスを食べるな。
「アイスこぼすなよ」
「大丈夫大丈夫だって。あたし、そんな間抜けなことしないから!」
フラグみたいなこと言いやがって……。これで零して被害受けるのは俺なんだよなぁ。
そんな事を考えながら夕飯の準備に取りかかる。すると、藤谷が肩越しに覗き込んできた。
「おっ、何作るの?」
近い近いいい匂い、
ふわりとした髪が頬を撫で、柑橘系の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。こういうところだけは今どきの女子って感じなんだよなぁ、この娘。
「唐揚げ」
「いいねいいね。マヨネーズある?」
「は? なんでマヨネーズがいるんだよ」
「かけて食べるからに決まってるだろ」
何言ってるのか分からない。素材の味を楽しめ、素材の味を。
唐揚げがそんなに楽しみなのかテンションを上げまくる藤谷を無視して、サラダ油を入れた鍋に鶏肉を入れた。と、そこでドアをノックする音が聞こえてきた。
「藤谷、悪いけど代わりに出てくれないか?」
藤谷に料理の方を任せるかとも思ったが、不安の方が大きかったため訪問の対応の方をお願いする。
「えー……じゃあ、唐揚げくれよなー!」
「あー、はいはい」
どうでもいいから早く出ろ。
適当に藤谷をあしらうと、彼女は渋々と扉へと向かう。そして誰が来たのか確認することなく、扉を開け放った。
「はいはーい。……あ」
扉を開けた瞬間固まる藤谷。横目で見てみると、明らかにやらかした、みたいな顔をしていた。え、なに? 誰が来たの。
土曜日の夕方。いつものように父さんは仕事に出かけていて、よっぽどのことがない限り帰ってこないはずだ。だからこそ、今ここに来るとしたら配達の人ぐらいだと思っているのだが……。
「あ、あー、ちょい待ちね」
扉の向こう側へいる人へごにょごにょと何か言ったかと思うと、こちらにバッと振り向いてきた。
「青柳! 彩月さんと根本が来た!」
……なぜ?
☆ ☆ ☆
「お茶です」
「どうも」
「サンキュー」
机の上に四つのコップが並ぶ。
「えー……と、で、なんで二人はここにいるの?」
重たい空気を変えるために、殊更に明るい声音でそう問いかけた。
「テストが近いから勉強会を開こうぜってオレが提案したわけよ」
「そうしたら、藤谷さんが『それなら青柳のとこでやりましょ! あいつにはあたしから言っておくから』と」
三人の視線が藤谷へと集中する。
藤谷はその視線を受けて居心地の悪そうに身を捩らせる。
「いやぁ、その、ね。忘れてたわけじゃないんだよ? ただ、ほら、タイミングがなかったと言うか……」
「藤谷」
「忘れてただけです。すみません」
しゅんっと項垂れる藤谷。
それを見てはぁっとため息を吐くと一回手を叩いて気分を一度仕切り直す。
「じゃあ、勉強会するか」
「ん……? いいのか、夕飯作ってたんだろ?」
俺がそう提案すると、遠慮気味に根本が尋ねてきた。
「問題ないよ。唐揚げはあとで温めればいいし、父さんはまだ帰ってこないだろうし」
「そうか……? なら、いいんだが」
納得した根本は鞄から教科書やノートを取り出す。それにならって俺も彩月も参考書やノートを取り出す。
「……取りに行ったら?」
どうしよっかなーみたいな顔でそわそわしていた藤谷に彩月がそう声をかける。勉強会自体を忘れていたので、彼女が何も持ってきていないことは分かっているのだろう。
「あ、うん。そーする」
たはは、と愛想笑いを浮かべると静かにそろりと部屋から出ていった。
そんな彼女を見送り終わると、彩月はそっと小さくため息を吐いた。
「なんかごめんな」
「貴方が謝ることじゃないわ。この事の責任は連絡を怠った私と彼女だもの」
そうはっきりと言い切られてしまうと、そうか……としか返す言葉がない。
「……ね、ねぇ」
今度はあまりはっきりとしない、どこか戸惑いの感じられる声が彼女の口から発せられた。
「どうした?」
「あの、その……」
要領の得ない文言を何度か口の中で繰り返し、そっと瞳を横へ逸らした。
「あの……お父様はお元気ですか?」
ぽしょりと小声でそう言った。
なぜ敬語……?
「……まあ、元気だよ。元気って言うより普段通りってだけだけど」
「……そう」
俺の答えに満足がいかなかったのか表情が少し暗い。……まずいな、どうにかして空気を変えないと。
「あ、そういえばさ。一葉唐揚げ作ってたんだろ? オレに一つくれよ!」
そう言うや否や、根本は止める間もなく唐揚げを手に取りひょいっと口の中に放り込んだ。
「あ、何勝手に食ってるんだよ! あたしのだぞ!!」
「お前のでもねぇよ……。勉強ちゃんとするなら食べてもいいぞ」
「サンキュー」
「あっ、ちょっ、あたしも食べる!」
全部食べそうな勢いで消費されていく唐揚げの山。そしてそれを見る彩月はどこかそわそわと落ち着きのない様子だった。
「彩月も食べるか?」
「え!? ……え、ええ。どうしても欲しい訳じゃないけれど、この場で私だけいただかないというのもおかしい話しよね。なのでいただくわ。全然やましい気持ちなんて持ってないのだけどね」
めちゃくちゃ早口で言っているのだが、多分要するに食べたいということなのだろう。多分。
そう理解して藤谷と根本の方へ振り返る。すると、ちょうど藤谷が最後の一個を食べるところだった。
「あ――」
彩月が軽く手を伸ばすも、それに気づく様子はなく唐揚げは藤谷の口の中に飲み込まれていってしまった。
あまり量はなかったとはいえ、もう食べ終わったのかよ。
「おい、一応言っとくけどそれ俺の夕飯でもあったんだぞ」
「あ」
「そういえばそう言ってたな。でも、まだ材料残ってるし大丈夫だろ?」
やらかした、的な表情をする根本と悪びれもしない藤谷。いやまあ、作ってる途中に二人が来たから余裕で材料は残ってるのだが……。
「じゃあ、作るの手伝ってくれるな?」
「あー……それは……どうでしょう?」
なんで疑問形なんだよ。はい、か、いいえで答えろよ。そういえば、と思いちらと横目で彩月の様子を確認する。……あ、明らかに落ち込んでいる。なんかもう効果音が聞こえてきそうなレベル。
「えっと……腹減ってるのなら、今から作ろうか?」
「いいわ……。今は、勉強をする時間だもの」
そう言うと、ふらふらとペンを握りしめ勉強を再開した。
「……俺らも勉強するか」
「だな」
こうして、俺たちの勉強会は再開され、つつがなく進行――しなかった。
「……わかんない」
「どこが分からないの?」
「全部……」
「全部……ね。それなら、基礎からやり直した方がいいわ。公式の暗記から始めたらどうかしら?」
「なんでこの計算になるのか納得できない……」
「そこは――」
勉強が出来ない藤谷に、彩月が丁寧に教え始める。そこまでは良かったのだが、始まる前から予想していた通りの展開となってしまった。
「今日はもうお開きにしない?」
再開して三十分が経過しようとした時、唐突に藤谷がそう言いながら立ち上がった。
「いきなりどうした?」
「ほら、今日って時間も遅いし一旦終わりにしないかなーって」
確かに始まる時間が遅かったので、三十分だけとはいえ時間的にはそろそろお開きにしてもいいかもしれない。ただ、もう三十分ほどぐらいは勉強しても大丈夫とは思うが……。
「いや、ほら、そろそろお腹空かないかなって」
「お前さっき唐揚げ食っただろうが」
「それはそれ! もしくは休憩しない? ほら、ゲームとか!」
まずい。完全に藤谷の悪いところが出てきてしまっている。こいつは興味のないことにはとことん忍耐力がない。妹に取り繕うための努力でも、楽しい、面白いと感じないことには非常に消極的なのだ。
やれば出来る子ではあるのだが、自分で自分をやる気に出来ないタイプ。それが藤谷 咲希の特徴だ。
この勉強会で、彼女のそんな面が出てきてしまっていた。
「おい。妹に頭のいいお姉ちゃ――」
「そうね。そろそろお開きにしましょうか」
ある程度はやる気を出すであろう言葉を投げかけようとしたところを、彩月の声に遮られてしまう。
「これから夕飯の準備をしないといけないとなると、青柳くん大変だろうから。……手伝いはいるかしら?」
「……大丈夫。父さんもそこまで早くに帰ってくるわけじゃないし」
場の空気が弛緩する。どうやら、今日の勉強会はここまでのようだ。
「それじゃあ、私は帰るけれど二人はどうするの?」
俺以外の二人――根本と藤谷に問いかける。
「そうだな。オレも帰るわ」
「あたしは隣に住んでるし、もうちょっとここで休もうかな」
「……そう」
藤谷の言葉に彩月はどこか冷たい声を返した。
そして――
「今日の様子を見て思ったのだけれど、藤谷さん、貴女勉強会に向いてないわ」
そう言い残すと、「それでは」とお辞儀をして去っていった。
残された根本は、え、この雰囲気の中一緒に帰らないといけない? みたいな顔をしていたが、さっさと行けと追い出した。
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