side:Ω
世界は、良くも悪くも差別に厳格だ。弱者を弱者として認めてくれず、檻の中で囲うことも許さない。時に踏みつぶされても、見る人が見れば、大切に大切にかわいがってもらえる、そんな野辺の花のように暮らしたいものだっているのだ。
Ωという人種はその性質からどうしても控えめな性格になりがちだ。能力的にはαはともかくβと比べて極端に落ちるわけではないし、むしろ優秀な人だっている。ただそれはその能力を発揮できる場所にいればの話だ。Ωの持つヒートという、心身を御せず、時に周囲のαにも強い影響を与える体質は、自他にとっての悩みの種であり、それゆえに疎んじられ、避けられ、自虐的で卑屈な人格を作り上げる。
そして、とある著名人による「Ωはαの遺伝子を残すために存在する」という、世間的に大きな問題発言はそんな典型的Ω女子の私にとって、人生を輝かせる金言となった。
Ωの私でも人の役に、しかもαという絶対的勝者の礎となる可能性があるなんて、それは私にとって天恵でこそあれ、Ω差別などという陳腐なものではなかった。野辺に咲く花から、金の卵を産むニワトリになれるかもしれない、それがどんなに救いになったことだろう。
だから私は、αの子を宿すために人生を費やすことにした。
そしてその夢がやっと叶う、という期待が崩れたのはいつだっただろう。
幸いにして、私はかねてより望んでいた優秀なαの番となれた。私の番は絶世の美貌と図抜けた感性で芸能の世界で活躍するモデルであり女優であった。理知的な言動と若々しくも艶めく演技、誰もが認めるトップスター。
そんな彼女に見初められ、彼女の為に生きることを許された私は、堂々と彼女の番を名乗る栄誉を得た。あとは彼女の優れた遺伝子をこの世に残すだけ。
それだけが私の役割だ。
だというのに、彼女は私との間に子をつくろうとはしてくれない。ヒートの際、あるいはそうでなくとも彼女は私を抱いてくれる。優しい手つきとあたたかな微笑で私の熱をほぐし、より深い愛情の底に沈めてくれる。
だけれどそれだけだ。一方的な彼女の愛撫と私の絶頂、私から彼女に差し出せるものはこの身体だけなのに、それすらも満足にさせてはくれない。
「私、あなたの子どもを生みたい」
「子どもを作ることがすべてじゃないでしょう」
でも私にはそれしかない、そのために生きてきたのだから。それすら叶わないのであれば、私は彼女のそばにいる資格がない。
「それともあなたは、私の、αのパートナーで、優秀な遺伝子を持った子の母親っていうステータスの為に近づいたの?」
そんなわけない。確かに私はそうなることを望んでいる。だけれど、それはあくまで彼女に強い魅力を、深い愛情を感じているからだ。そこに嘘はない。
でも、だからこそ私はそうならないといけないんだ。なんにもない私が、彼女の役に立つにはそれしかないから。
「そうじゃないの、私はただあなたの役に立ちたくて・・・・・・」
「別にそんなことは望んでないし、そんなことしなくても私はあなたを愛しているわよ」
以前は疑っていた彼女の愛情。たまたま手近にいたΩ、うっかり手を出してしまったから責任を感じて、あるいは面倒な虫を寄せ付けないように使われているんだと、浮かれそうな自分を戒めるために。
「わかってるけど・・・・・・」
一緒に過ごせば過ごすほど、彼女の深い愛情と優しさは私をとろかせていく。
そして気付かされる、愛しているのは、惚れているのは私だけじゃないんだと。これは決して自惚れなんかじゃないんだと。
外では理知的で、なんでも卒なくこなすトップモデル兼売れっ子女優だけれど、実は臆病で、不器用。初めてベッドを共にした時なんて、私を飴ガラスか何かと勘違いしているのかと言うほど恐る恐る触るのだ。焦れた私に卑猥なことを言わせたいのか、そんなことすら考えられないくらいに、言ってしまえば童貞くさい彼女の姿は今でも笑ってしまう。
それでも徐々に、私が彼女を受け入れていることを理解してしまえば持ち前の優秀さで、私の弱いところを探り当てていく。
かわいい人なのだ、私の番は。そのかわいさを独占している私は、きっとこの世で最も恵まれたΩなのだ。そしてそんな彼女の子を未だ宿せない私は、きっとこの世で最も哀れなΩだ。
彼女は私を愛している。それは疑いようのない事実で、だからこそ何か、そう最後の一線とも言える隠し事があるのだと気付いてしまう。
私は彼女を愛している。そこにやましいことなどなく、だからこそ何か、きっと私には触れられない何かの存在を感じてしまう。
「私は、あなたがいれば十分なのよ。」
そんなこと言わないで。お願いだから、私にチャンスをください。あなたの愛に報いる、私だけに許されたチャンスを。
「強いて言えば、もっとあなたが欲しいわ」
あなたからたくさんのものを貰いました。でも私には返せるものがありません。せめて、私のささげられるすべてを受け取ってください。
野辺の花は星を見上げるばかりで、硬いコンクリートに何とか根を張り、せめて一粒でもと種を残す。それが精一杯の生き様なのに、それすら許されないのであれば、いっそのこと踏み潰されればよかった。
あなたに手折られる花になんてなりたくなかった。
名もない花と願いの星と 硝子匣 @glass_02
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