名もない花と願いの星と

硝子匣

side:α

 世界は、良くも悪くも期待に満ちている。強者を強者としてしか肯定せず、夜空の中にあってなお輝くことを強制する。掛けられた願いなど素知らぬ顔で流れ去り、誰にも知られず果てない宇宙のどこかで塵になりたいものだっているのだ。


 αという人種はその性質からどうしても注目の的になりやすい。能力的にβやΩと比べて高いものになりやすく、優秀な人間ばかりだとされている。ただそれはあくまで比較的にという統計的なものであって、必ずしも皆が皆優秀なわけではない。むしろ、そういう色眼鏡のせいか生半可な結果では満足してもらえずともすれば落胆、失望のタネである。そして何より、性別問わずΩのヒートによるフェロモンに誘惑されればその理性を失いかねないという野蛮さも持っているのだ。

 どこぞのαが言っていた「αには人類の発展に貢献し続ける義務がある」などと言う大言壮語は、そんなαに生まれた我が身をより厭うための燃料でしかなかった。

 努力の上に工夫と鍛錬を重ねて結果を出したとて、αだから当然と褒められもしない。優秀であり続けること、期待に応え続けることが求められる人生に嫌気がさしていた。こんなつまらないαの遺伝子など、私の代で途絶えてしまえばいい。決して子どもは作るまいと思うばかりであった。


 それは思わぬところで叶うこととなった。私は、子どもを作ることができない身体だった。


 不幸なことに、私の番となった彼女は私との子どもを強く望んでいた。Ωらしいと言えば差別的だろうか、少し卑屈でびくびくしているような雰囲気を持ちながら、それでもなお積極的に自身をアピールするその姿に私は強く惹かれてしまう、控えめな花だった。

 彼女のヒートを前にして、やはり私はその理性の一切合切を奪われそうになった。しかしそれでも出来損ないのαである私は、一歩踏みとどまり、何とか彼女を優しく愛撫するだけでことを終えた。

 そして気付いてしまったのだ。彼女こそが私の運命の番だと。

 しかしそれのなんと皮肉なことか、彼女は私の子を欲し、私はそれに応えられない。

 どうすればいい。こんなこと、彼女には言えない。αの優秀な遺伝子を、トップスターの番と言う立場を、それだけを彼女が望んで近付いてきたわけではないことは知っている。でも、だからこそ言えないのだ。

 ただ私にできることは、彼女の熱を冷ますこと。隣にいること、彼女を愛すること。

「どうすればいいのかしら」

「あなたの好きにして」

 可愛らしいおねだりも、初めはプレッシャーだった。何というか、こういう睦言というのか、性的なものにあまり触れてこなかった私には荷が重い。

子どもを残したくない、残せない私には性行為が子どもを作るためのものである以上は、やはり忌むべきものだったのだ。

「私、魅力ないかな。やっぱりあなたみたいなαと私じゃ釣り合わないのかな」

 そんなことはない。むしろ私にはもったいないくらい魅力的な女性だ。私の心は彼女のすべてを欲している。ただどうやら私は性欲と言うものが、肉欲と言うものが薄いのだ。

 そして子を成せない私には、彼女と深く交わることができない。踏み込む勇気がないのだ。

「そうじゃないわ、私はただあなたにこうして触れている時間が愛しいわ」

「でも私だってあなたに触れたいし、あなたを少しでも満足させてあげたいの。私ばっかりもらってるから」

 以前は疑っていた彼女の愛情。たまたま手近にいたα、簡単になびいてきたから一時のことと妥協をして、あるいは優秀なαを侍らす優越感に浸るためだと、浮かれそうになる自分を戒めるために。

「ありがとう」

 一緒に過ごせば過ごすほど、彼女の深い愛情とひたむきさは私をからめとっていく。

 そして気付かされる、愛しているのは、惚れているのは私だけじゃないんだと。これは決して自惚れなんかじゃないんだと。

 外では穏やかで、人当たりがよくたくさんの人に囲まれているような人だけれど、実は頑固で、サディストの気がある。ヒート時以外にもベッドを共にするようになって知らされた彼女の性質は私を翻弄する。私はそういうことに不慣れであるが、彼女はそれを面白がりながら煽っていく。最近は彼女の弱点を把握しているが、それでもやはり攻めているのに羞恥に襲われ、それ故手玉に取られるばかりなのだ。

 きっと私の性的なものへの嫌悪をはぐらかすつもりなのだろう。私もそれに徐々に慣れてくると、彼女の誘いにほいほいと乗っかてしまう。

 強かな人なのだ、私の番は。その強かさに負けてばかりの私は、この世で最も恵まれたαなのだ。そしてそんな彼女と子を作ることができない私は、きっとこの世で最も哀れなαなのだ。

 彼女は私を愛している。それは疑いようのない事実で、だからこそ何というか、そう最後の一線とも言える隠し事をしてしまうのだと気付いてしまう。

 私は彼女を愛している。そこにやましいことなどなく、だからこそ何というか、きっと私の秘密を隠したままでいたくなる。

「私は、もっとあなたと愛し合いたい」

 そんなこと言わないで。お願いだから、私に罰をください。あなたの愛に報いることのできない、私だけの罰を。

「子どものことだけじゃない、これからもずっと愛を育みたいの」

 あなたからたくさんのものを貰いました。でも私には返せるものがありません。せめて、私のささげられるすべてを受け取ってください。


 宇宙の果てで目立たぬ星は誰にも知られず、大きな重力に負けて、どことも知らぬ場所で塵となる、それがせいぜいの生き様なのに、許されぬ望みをもってしまったから、無理して輝こうとしてしまった。


 あなたの望みを叶えて散るだけの星になりたかった。

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