その夜、ベッドの中で青年は考える。

 今日見たこと聞いたこと。

 そして、明日やこれからの自分のこと、全て。

 自分はどうしてこの島に漂流したのか。

 元の場所にはどうやって帰ればいいのか。

 本当に明日帰ることができるのか。


「いや……。違うな」


 頭の中でぐるぐると巡る問い。

 そのどれも自分が今一番答えを求めているものではないということに、本当は彼自身気づいていた。


 俺は……本当にあの場所に帰りたいのか……?


 あの溶け込めない場所に帰って、俺は何がしたいんだ?

 学校での青年の成績は、授業をサボりがちな割には意外にも上の下くらい。

 別にそこら辺の不良どもみたいに四六時中誰かに感情をぶつけたいわけではないし、イリーガルなことに手を出す自分に酔いしれるつもりもない。

 ただ、単純に合わないのだ。


 将来とか未来とか夢とか希望とか。


 高校三年生になって、大人に近づいて、急にそんな言葉がまとわりついてくる沼のようになったあの場所が。

 そこからほんの少しだけでも抜け出したくて、誰にも関わらなくて良い場所が欲しくて。

 だからそう考えれば、きっと彼にとってこの島は心地のいい場所なのかもしれない。

 ここにいれば、青年は何も強制されることはなくなる。

 周りのみんなはやりたいこと、なりたいものがあるのに、自分にはないだなんて焦って惨めにならなくていい。


 誰とも関わらないで生活できる。

 平凡で平和的な日々だ。


「あ、でもトワといたら毎日が騒がしくなりそうだな」


 トワの屈託のない笑顔が目に浮かび、つい青年はにやける。


 あいつは本当にいいやつだ。


 ふと、今日の夕食での会話を思い出す。

 トワに彼の「仕事」について聞いている時だった。

「お前、その仕事毎日やってて飽きないのか?」

 ただただガラス瓶が砂になっていくのを見ているだけの日々なんて、青年からしてみたら退屈に見えた。

「まぁ、のんびりしてていいですよ」

 大したことはしてないですしー、とパンを頬張りながらトワが答えた。

「それにやっぱり最後の瞬間は、誰かに看取ってほしいものじゃないですか」


 そのために僕は僕が消えるまで、この島にいなくちゃならないんです。


 相変わらず笑って言うトワに「へぇー」という気の抜けた返事しか青年は返せなかった。

 目の前にいる子供は、俺よりも何百倍も大人だった。青年はそう感じた。

 自分のいる環境や背負っている責任としっかり向き合っていた。

 明るくてまっすぐで、きっと誰からも好かれるのだろう。


 俺と違って、こんなところで一人でいていいやつじゃない。


 あんな寂しい笑顔、させていいわけない。


 それなら俺は……。


 青年は今日を終わらせるために、明日を迎えるために、ゆっくりと目を閉じた。

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