第19話 夏至前二日~夏至祭りは明後日~
「ユキ。早く。早く」
粗末な屋台の前でレイが大きく手をあげていた。
店先には、焼きたてのパンが山のように積まれている。
隣の屋台には見たこともないような色とりどりの野菜や果物が整然と並べられており、その隣の屋台には肉の焼いたものがこれまた山盛りで積まれていた。
肉が焼ける匂いがあたりにただよい、肉汁が皿からこぼれそうになっている。
「お金とか、どうやって払えばいいのかな」
どの店にも人がいない。歩いている人は足早に通り過ぎるだけで、食べ物をちらとも見ない。
「だ、大丈夫。げ、夏至祭りには、お、王宮から、こ、国民に食べ物が振る舞われているはずだから。はやくふふぁにゃにゃよ」
すでにレイは口いっぱいに食べ物を詰め込んでいて、最後の方が聞こえない。
まあ、とにかく、お祭りの時は食べ物タダなのね。
なんて良い国なんだ。
「いただきます」
おそるおそるレイが食べているパンをつまんだ。
口に入れると中からはちみつのような甘い蜜が出てくる。
「おいふぃいねー」
こちらも口いっぱいにつめこみながら、レイと目を合わせて頷いた。
「二十ゲルだよ」
ひっと変な声をあげてしまった。
「お嬢ちゃん達が食べているそれは、二十ゲル。あっちの坊やが食べようとしている羊牛の肉は三十ゲルだよ」
声のした方をおそるおそる振り向くと、三メートル近くあるような背の高い、禿げたおっさんが太陽を遮るように立っていた。腕の筋肉が並じゃない。
「お金……とるの?」
半分しか食べてないパンを差し出しながら、聞いた。
「当たり前だよ。夏至祭りは明後日だぞ。今から『お振る舞い』をしていたら商売あがったりだ。おい、そこのぼうずも!金もってるんだろうな!」
あたしのおびえぶりで無一文なのがすぐにわかったおっさんは、棒についた肉をすばやく飲み込むレイの首根っこをつかんだ。
「ねえ……お金ある?」
どう考えても手ぶらな彼に一応聞いてみる。
レイは悪びれもせず首を振った。
ですよね。
あたしも一応、ポケットの中を探ってみる。あるわけがない。
携帯電話も、お財布も全て飛行機の中。
全財産をつめこんだあたしのカバンは運が良ければ、今日のうちに空港に着いて、真っ青になっている兄と、めんどくさそうな母とご対面するはずだ。
「無銭飲食はムチ打ちだ」
筋肉の化け物のようなおっさんが低い声で言った。
いや、ちょっと待った。その太い腕でそれをやられるのは、嫌。
「あの、すみません。ちょっと、あたし、今日この町に着いたばかりなんです。夏至祭りでは、食べ物が振る舞われるって聞いていたので、てっきりお金は必要ないかと思って黙って食べてしまいました。すみません」
「なんだって」
男の手が緩み、レイがけほけほと咳をした。
「日付を勘違いしたようでした。ごめんなさい」
男がレイを離すと、すぐにレイはあたしの後ろに隠れた。
「その腕輪、金だろ。それでいい。それを出せ。釣りもやれるぞ」
男は私の左腕を指した。
「だめ!これは父さんの形見なの。」
あたしは左腕を隠しながらぶんぶんと首を振った。
「そ、そのくらい……だ、出したら? ぼ、僕に命を救われたって、い、言ったよね」
ようやく肉を飲み込んだレイが、背中からこっそり言った。
「それとこれとは別! あんたの命、こんな偽物の金の腕輪で買えるくらい安くないでしょ。自分を安売りしない!」
そこでその説教……。
多分そこにいた三人同時に思ったはずだけど、賢明にも誰も言葉にしなかった。
「お金はないんですが、何でもします。お皿洗いとか、何かお仕事ないですか?」
男は上から下まであたし達を値踏みするように見て言った。
「……夏至祭りまで、猫の手も借りたい忙しさだったからな。お前らツイてたな。普段だったら問答無用でしょっ引いてたぞ。こっち来い」
等価交換の世界万歳!
まだもぐもぐ口を動かしているレイを引っ張って、あたしは男の後をついて行った。
「ちょっと。レイ。いつまで食べてんの!そんでもって、お金必要なんじゃない!嘘つき」
こそこそとレイに文句を言う。
「ま、祭りの時は、た、食べ物が振舞われる……今日はまだ、ま、祭り……じゃなかった」
嘘はついていない。
レイは指に着いた肉汁をなめながら言った。
ここまで悪気がないと怒るに怒れない。
そもそも、何が悪いのか、わかってんのかね。この子は。
あたし達は、とぼとぼと筋肉男の後についていった。
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