第20話 夏至前二日~八本足の馬車~
連れて行かれたのは、一台の馬車の前だった。
馬車っていっても、観光地に置いてあるような綺麗な馬車じゃない。
木で作られた大きな箱に車輪が着いているだけの荷馬車だ。
荷台の先には足の太い馬が一頭つけられていた。
馬の足が八本あることを抜かせば、一見、普通の馬に見える。
「乗れ。お前等のひよこ頭じゃうちの牧場まで飛べないだろ。お前らが食べた分、一日働いてもらうぞ」
あたし、まだパン半分しか食べてないんですけど。
抗議したい気持ち一杯だったが、隣にいるお腹が一杯、満足げな命の恩人を見て、ぐっとこらえた。
「お、お腹もいっぱいだし、べ、別にそんなところに行くことはない。あ、あそこに置いてあった食べ物を食べただけだから、な、何も悪いことをしていない。ひ、人がいないのが悪いんだ。さ、先を進むべきだ」
レイが耳元でこっそり魅惑的な提案をしてきた。
「何言ってんの! お金もないのにご飯は食べちゃったんだから、しょうがないでしょ。みんな働いて、ご飯を食べるの! 学校で習ったでしょ!」
「が、学校なんて行ってない。あ、あんなとこ。ぜ、ぜ、ぜ、絶対行かない」
あーー。そうでしょうとも。
あたしはしぶるレイを引っ張って馬車の荷台に乗った。
「いいから乗んなさい。あんたどうやって暮らしが成り立っているか、一度じっくり考えて見なさいよ!」
経済の成り立ちくらい知っているとかなんとか。レイはぶちぶち言いながらしぶしぶ荷台に腰を下ろした。
「お前ら、うるさい!だすぞ!」
男は怒鳴りながら馬を走らせた。
石畳の道をがらがらとした車輪の音が響く。
最初は八本足で走っていた馬は、そのうち四本足になり、残りの足はお腹の脇に折りたたまれている。
なるほど、普通は四本足で、必要な時に八本になったりするのね。
どなどなどーなーどーなー荷馬車がいーくーよー
リアル「どなどな」を頭の中で歌いながら、周りを見ると、飛んだり、浮いている人間はほとんど居ないことに気が付いた。
皆どこか忙しそうだが、歩いたり、馬や馬車を使っている。
「ねえ。ずいぶん、馬車があるんだね。移動ってみんな飛ぶんだと思ってた。」
「と、飛べるのは、あ、ある程度『力』を持っているものだけ。そ、そんなに多くはない。人口の……十パーセント……」
レイは、そう言いながら、ぶかぶかの服の中からさっきのふわふわパンのつぶれたものを取り出した。
こいつ。隠してたな。
馬車を駆っている男がこちらを見てないことをいいことに、ゆうゆうと食べている。
あたしなんかより、ずっと神経が図太い。
ふたたびあたしのお腹が盛大に鳴る。
「お前ら腹へってんだろ。袋に入ってるのを食べて良いぞ」
その音を聞いたのか、男は、前を向いたまま麻の袋を投げてよこした。
袋の中には水の入った瓶と一緒に、大きなパンが入っていた。
さっき屋台に置いてあったパンとは似ても似つかない硬そうなパンだが、贅沢はいえない。
「あり……いただきます」
ありがとうを言わないって難しい。
あたしは大好きなその言葉を飲み込んだ。
あんなに食べたはずのレイの腕が横から伸びてくる。
「いただきますは?」
あたしは目の前のレイの手をペチッと叩いた。
「な、なに……それ……」
うん。怒るなあたし。この子が悪いわけではない。
「ご飯を食べる時は「いただきます」を言うんです。作ってくれた人と、命に感謝して。ほら。ありがとうじゃなければいいんでしょ。」
「……いただきます」
レイは小さな声でしぶしぶ言った。
「はっはっはっ。姉ちゃんも大変だな。はいよ。全部お食べ。」
男は笑いながら大きな声で言った。ありがたい。お腹ぺこぺこだった。
「うまいだろ。かみさんが料理上手でね」
男は物も言わずにガツガツ食べているあたしたちに満足そうに言った。
「お前らどっから来たんだ」
「ひ」
飛行機に乗って日本から……と言う前にレイに口をふさがれた。
「ロッドの町の方って言って」
レイがささやくように言った。
「……ロッドの町の方」
訳も分からずあたしは言った。
「そうか。あそこは軍の本隊があるとこだな。景気はどうなんだ?」
「うん……それなりかなあ」
無難な受け答えをするあたしをレイはほっとした顔で見た。
なるほど、飛行機の話は「なし」なのね。
「まあ、お貴族様は金があるからな、お前等ひよこ頭でも、シー族なら食うのには困らねえだろうよ。」
ひよこ頭って……。
頭が悪いと言われているように聞こえるけど、髪の色のことだよねえ。
あたしはちらっとレイを見た。
レイは興味なさそうに無言でパンをほおばっている。
やれやれ。
そうこうしているうちに、馬車は町を抜けて、緩やかな牧草地帯に入っていった。
榛の木村の風景によく似ている。
小さな鳥がさえずりながら太陽の光に吸い込まれるように飛んでいった。
お腹がくちくなり、眠くなったんだろう。寝転んだレイから、すぐに寝息が聞こえてきた。
見習って私もごろりと寝転がった。
空の高いところでさっきの小鳥が鳴いている。
規則正しい馬の足音と太陽の光に誘われて、レイの寝息に吸い込まれるようにあたしは眠り込んでいた。
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