第14話 夏至前二日~青い火~
思い切って飛び込んだはいいものの、不安定な固いものの上に右足が乗り、腰からすべり落ちた。
「いて」
あたしは腰をさすりながら、何とか立ち上がる。
壁のまわりにへばりついているどろどろとした苔のようなものがべったりと手と服についてしまった。
これ、洗ってとれるかな。
「ど、どう?」
部屋からの光を、レイの顔に遮られたとたん、周りが何も見えなくなる。
「うーん。光がないとだめかも。懐中電灯とかない?」
「か、懐中電灯?」
「うん。ろうそくでも、なんでもいいんだけど、光がなきゃ、進めなさそう」
ざあっと強い風が吹き、レイの長い黒髪が視界に広がった。この風の強さだから、絶対外には続いているはず。
上から差し出されたレイの掌に、青い火が浮かびあがった。
「……熱くないの?大丈夫?」
そんなことを聞いた私を、レイは笑ってうなずいた。
「あ、熱かったら自分も燃えてしまう。」
「そんなもんなの?」
風に吹かれても揺れもしない不思議な青い火に照らされて、レイの螺旋状に伸びた爪が黒光りしていた。
いますぐ爪を切ってあげたい。
「まあ、少し暗いけどないよりマシ……ねえ。この火、どうすればいいの?焚きつけるものとかないんだけど」
「こ、この火を……」
と言ったままレイはじっとあたしを見た。
「……あ、あなたには、あ、扱えないか……」
そう言うなり、真っ暗な穴の中に飛び込んできた。少し浮かんで、軽やかに着地する。
「行くよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。ねえ」
あたしは黒いどろどろに足を滑らせながら、レイの手のひらに浮かぶ青い光と白い服を目印に歩き始めた。
壁も天井もごつごつした岩に囲まれていた。
岩は柔らかな苔のような植物に包まれており、あたしは、湿り気を含んだそいつらに何度も足をとられて転んだ。
寝っ転がっているあたしを、レイが上からのぞき込んで不思議そうに言った。
「……す、少し浮くといい」
「……浮けないからっ。そして、手ぐらいかしてよ。モテる男の条件はマメであることと気が利くことだよ」
レイは、ああ、そうか。とあわてて助け起こしてくれた。
「お、おじいさまにも同じことを言われた」
「すばらしいおじいさまね。お年寄りの言うことは聞くものよ。で、この道っていつ終わるの?」
「わ、わかんないよ」
「ですよね。」
もうすでにこの道を来たことをどっぷり後悔しているあたしは、うんざりして言った。
「ねえ。少し休まない? その火、ずっとつけてて疲れないの?」
「だ、誰に言ってる?」
レイは怒ったように言った。
「あんたしかいないじゃん」
あたしは、人差し指でしっかりと前を行くレイを差した。
その指の先に光のようなものがちらりと見えた。
「あれ?外じゃない?」
淡い光が闇に浮かんでいる。
「外だよ。絶対」
あたしは光に向かって走り出した。
「まっ、待て。危ないっ」
あたしの体はバランスを崩して変な方向に曲がる。
あるはずの地面がなかった。
レイが私の服をつかんでなかったら、確実に下に落ちていただろう。
「……あ、あなた……と、飛べないって言ってたよね?」
レイは、そう言いながらあたしを乱暴に引き上げた。
見かけによらず力があるらしい。
あたしが着ていた一張羅の白いシャツはどろどろになっているけれども。
「うん。飛べない。ありがとう」
さっきからお礼を言ってばかり。このまま一緒にいたら、奴隷決定だわ。
「ごめんね」
しょんぼりと謝ると、レイは大きくため息をついた。
あたしが落ちそうになった穴はかなり深かった。強い風が吹き上がってくる。
風と一緒に黄色い綿毛のようなものが落ちてきて、掌の中にある青い光が弱く揺れた。
「光っている……」
綿毛は、あたしやレイの体にぶつかるたびに発光し、吸い込まれるように暗闇に消えていった。
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