第15話 夏至前二日~トネリコネリの木~

「ねえ。あれ見て」


 あたしは、穴の中央に生えている、大きな木を差した。

 一本の木ではない。

 蔦のようなものが、何本も上から垂れさがっており、細い蔦が絡まり合って、大きな一本の太い木のように見えていた。


 強い風が吹くたび、その蔦から綿毛が舞い上がってくる。


「と、トネリコネリの木だ」


 レイが、信じられないものを見たという顔をして言った。


「木?蔦じゃないの?」


「と、とても貴重な木なんだ。こ、こんなところに、こんなに大量にあるなんて聞いたことない……前に、お、王立植物園でこんな小さな木は見たことがあるけど」


 レイは、右手と左手で五十センチくらいの間をつくりながら言った。


「こ、これは……これは行かない方がいいと思うけど……行くの?」


 レイは腕まくりをするあたしを見て、苦虫をつぶしたような顔をした。


 暗くてよく見えないけど、蔦があると言うことは、どこかに根が張ってあり、地上まで続いているということだ。


 しめた。

 

 この蔦をつたって下に降りることができる。


「い、今からでも送るよ?」


 レイは火がついてない方の手の人指し指を上に向ける。あたしはトネリコネリと呼ばれた木をもう一度見た。


「いや、行ってみるよ」


 飛行機や鳥や天窓から落ちるよか、よっぽどマシだ。


 あたしはきっちり袖をまくり上げて、肩を回した。

 ターザンごっこは、得意だ。


「この蔦って、丈夫なの?」


 あたしはレイの手に支えられながら、一本の細い蔦をつかんだ。

 

 思ったよりも柔らかだ。

 つかんだ手の周りがぼんやりと発光している。


「うわ――面白いね――。触ると光るんだ――」


 いや、その、そんなに触っては……とか言いながらレイがおたおたと手を上げたり下げたりしている。


 思いっきり蔦を引っ張るが切れそうもない。

 これならいける。


「よし。レイ行くよ」


「ちょ、ちょっと待て」


 レイは私の服をつかんだ。


「と、トネリコネリの木は、ち、『力』を使えなくするんだ」


「あ、そうなんだ」


 そう言ってさらに蔦を引っ張った私を、レイはもう一度押しとどめた。


「なによ」


「そ、それ以上触んない方がいい。き、君は、ほんとに何にも知らない。と、トネリコネリの木を育てることは禁止されている。こ、この国では、犯罪なんだ。ぜ、絶対に育ててはいけない植物なんだ。む、無害に見えるけど、さ、触った者の持っている、ち、『力』を根こそぎ奪う」


「ちから、『力』って言うけどさ、例の飛ぶ力とかでしょ。いや、もともとないものを使える、使えなくなるって言われてもね」


 関係ないんだけどな――。


「あ、あなたが、ち、『力』を持ってないわけない」


「ないから。そんなもん。そりゃあったらいいなって思って、小学生のとき、やってみたりしたよ。でも、テイッシュ一枚動かせないから。安心して。実証済み。でも、わかった。レイ君はその『力』がしっかりあるんだから、触んないでお部屋に帰んなよ。たまに外にでて、お風呂入んなよ。ほんとにありがとね」


 あ、お礼言っちゃだめなんだっけ。


 明るいうちになんとかしたい私は、少しあせって言った。


「じゃ」


「待って」


 私が蔦に体を預けるのと、レイがあたしの服をつかんだのが同時になった。


「ちょっと!」


「うわ」


 二人を乗せた蔦がすべるように下へ落ちていく。

 細い蔦に二人は重い。


 どちらか一人が離れなければ、すぐに蔦が切れてしまう。

 あたしは、目の前にある少し太めの蔦に手をかけた。


「なんで来たのよ!『力』がなくなるんでしょ!」


 あたしはもう一つの蔦に飛び乗った。


「待って」


 切羽詰まったレイの声が、遠くになっていく。


 飛び移った先の蔦も私の重さで下に落ちていくが、さっきよりは、ずっとスピードが緩い。


 蔦をつかんだ手の力も緩めてゆっくりと下に降りていく。

 蔦と掌はこすれるが、柔らかな綿毛に包まれているせいで痛くなかった。


「おっと」


 あたしが乗っていた蔦は、そんなに長くなかったらしい。


 蔦が終わる直前に、もっと下へと伸びている蔦に飛び移った。


 何も考えず、反射的に蔦を変えながらどんどん下に降りていく。


 触ると綿毛が光るので、あたりは明るく、苦労せず次の蔦を見つけることができる。


 気持ちいい。


 きらきら光る綿毛がいくつも目の前を流れていく。


 ご機嫌で上を見ると、レイも蔦をつたいながら器用に降りてくる。


 真っ暗な中で、レイのいるところだけ、大きな明るい光が浮かんでいるように見えた。

 鳥や飛行機から落ちていく感覚に比べると、格段に安心感がある。


 足下に明かりが見えた。


 外だ。

 外に違いない。


「ユキ!下」


 光に気をとられて、レイから声がかかるまで気が付かなかった。


 蔦がない。どこにもない。


 あたしは真っ逆さまに落ちていた。




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