第11話 夏至前二日~飛ぶ『力』~
「うん。残念。とにかく、空港行くわ。でないと兄さんに殺される。ていうか兄さんが誰かを殺める前に。ね、アバダンの空港ってどこにあるの?く・う・こ・う。知らないの?飛行機が離着陸する場所よ」
あたしは髪を耳にかけて顔をつきだした彼に、わかりやすいようにゆっくりと繰り返した。
「し、し、知っている。た、多分……ここよりさらに……き、北にある……ロッドという町のはずれが『外』との出入り口という話を聞いたことがある」
やった。あたしは心の中で拍手した。
「ほんと?」
「う、う、嘘はいわないよ。」
レイは、ぶるっと体を震わせながら言った。
「……た、ただ、ろ、ろ、ロッドは近くに軍事施設がある。い、今は戦時中。き、許可証がなければ、一般人は近づくこともできない」
彼は、ささやくような声で言った。
「戦時中なの? そんな感じしないけど」
窓から見る町並は、平和そのものだ。
「あ、あ、アメリカは、いつだってどこかの国と戦争をしているけど、自分の国の大地で他国と戦争はしていない。あ、アバダンでここが戦地になるときは、戦局は崖っぷち……ただ、建国から今までここ、バルーカが戦火を浴びたことは、い、一度もない」
レイは、ぼそりと言った。
「わかった。アバダンは今、戦争をしているのね。そんな時期に身分証明書も持ってないあたしがロッドって町に近づけないかもなのね?」
あたしは、もう一度窓の外を見た。
「でも、とにかく行ってみるわよ。母さんだけだったらともかく、ここに住んでる兄さんも空港まで迎えに来るって言ってたし。近くに行けば何とかなるかもでしょ。ここでこうしていても、しょうがないし。ここからロッドって町まで、どのくらいかかるの?」
「ぼ、僕も行ったことはない。北にあるって聞いたことはあるけど」
「……わかった。とにかく、やっぱ、下に降りて、誰かに聞かなきゃ進まないわ。いくよ」
「ぼ……僕も……?」
一呼吸置いて、レイは消え入るような、震える声で言った。
「当たり前でしょ。たまには外にでて、風呂にでも入りなさい」
「ふ……風呂? そんな……」
あたしは、しどろもどろしている彼を無視して窓の下をのぞいた。
かなりの高さだ。
まっすぐ降りたとしてもだいたい四十メートルくらいある。
下に降りるには、カーテンをつなげてロープにして降りるしかないけど、ここのカーテン全部足しても間に合うかなー。
高いなー。
「ねー。あんた、まさか飛べるなんて言わないよね」
あたしは笑いながら言った。
「と、と、と、飛べるよ。そ、そんなに莫迦にしないでよ」
レイは明らかにむっとしている。
「莫迦になんてしてないよ。ただ、飛べるなんて……あれもホントは風船人形とかじゃないの?」
あたしは、遠くで浮かんだり消えたりしている人影を親指でさしながら言った。
「飛べる」
「え?」
「僕だって飛べるよ。」
「え?」
レイが、不機嫌そうにこちらを睨んだ。
「え? 飛べる? じゃ、ちょっと飛んで見せてよ」
あたしは何も考えなかった。
ただ、軽い気持ちで言っただけ。
でも、レイはそれよりも軽く、部屋の隅まで飛んだ。
衝撃だった。
ホントに驚くと人は言葉が出ない。
「……すごい」
すごいを辞書で引くと、一番最初に載っている意味は「怖い」だ。
そう。あたしは怖かった。目の前の男の子に抱くのは、純然たる恐怖心。
「な、なんにもすごくないよ」
そんなあたしの気持ちも知らず、彼は照れたように笑った。
「ねえ、それ、それ、……魔法だよね?」
「ま、魔法?ま、魔法って何?ま、魔術の事?」
「え……と。空を飛んだり、手を使わずに物を動かしたりすることをいうの……かな?」
まあ、みたことないけど。今、はじめて見たけど。
「ああ。ち、『力』のこと? ち、『力』と魔術は全く違う。ま、魔術は目的があって使われる、ぼ、僕たちシー族にとっての『力』は手や足を動かすのと同じようなもの」
「何が違うのかさっぱりわかんないけど、ほんとに飛べるんだね……」
そりゃ天窓しかないわけだわ。
レイは首をかしげて、ちらっと私をみた。
その瞬間、周りの空気が明らかに変わった。
空気が意志を持ったように体に迫ってくる。
急に視線が高くなった。
空気に押されるように体が浮かぶ。
「ちょ……ちょ……ちょっと待って! やめて!」
もうごめんなのよ。落ちるのも飛ぶのも。
あたしは叫んだ。
体は弧を描くようにゆっくりと床に降りた。
あたしはその場に座り込んだ。
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