第7話 夏至前二日~鳥の背~
つかんでいたのは鳥の毛だった。
毛は長く、太い毛の下に短くて柔らかい毛が何本も束になって生えていた。
この毛の生え方はアザラシと一緒。
保温に優れ、寒い地方でも生き延びる。
ひらたく言うと、ふっかふか。
飛行機から落ちて無事だったのは、まちがいなくこの毛のおかげだろう。
「あち」
風圧で、羽から出る火花が顔にあたった。
あたしは、両手でつかんでいた鳥の毛をぎゅっと握りしめた。
鳥は飛行機から見たあの雪をたたえた険しい山へとまっすぐ向かっている。
白い雲が次々と視界から消えていった。
真下には森がある。針葉樹が多いのか、真っ黒な大きな塊が遠くまで続いていた。
鳥はその黒い塊をまっすぐ横切り、緑の広い草原に出ると徐々に高度を下げていった。
やがて家が何軒か見えたと思うと、瞬く間にその数が増えていった。
遠くから鐘の音が聞こえる。高い建物が山の麓に立っていて、赤茶けた屋根と白い壁の家が、その建物を中心に放射状の石畳の道に沿って建ち並んでいた。
「きれい……」
言ったとたん、体が徐々に斜めに傾きはじめた。
嫌な予感が、腹の底からせりあがってくる。
鳥がゆっくりと旋回をしはじめた。
長い毛にしがみつけたのは、ほんの一瞬だった。
鳥が大きく羽ばたき、あたしは真っ逆さまに落ちた。
大きな建物がぐんぐん近づいてくる。
不思議な静けさがあたしを包んでいた。
時間の流れが変わった気がした。
赤茶けた建物の屋根がすぐ下に見えた。
ぶつかる。
足元で何かが割れる音がして、全身の筋肉がぎゅっと縮んだ。
深いプールに飛び込んだ時のように、急に辺りの空気が重たくなった。
周囲はぼんやりと暗く、割れたガラスがすごい勢いでバラバラと下に向かって落ちていく。
あたしだけが時間に取り残されたようにゆっくりと落ちていった。
薄暗い部屋の中に白いかげが見える。
男の子だ。
砂漠でよく見かけるような裾の長い白い服を着た男の子が、驚いたように目を見開いて、じっとこちらを見上げていた。
しばらく二人で見つめ合い、先に言葉が出たのは、あたしの方だった。
「あたしのこと、見えてんの?」
その瞬間、すとんと体が落ちた。
「うわっ」
あたしは布を突き破り、スプリングの強いマットレスの中に飛び込んだ。勢い余って床に転がり落ちる。
「あててて。なによ急に」
落ちた時に打った腰をさすっていたら、割れたガラスが盛大な音を立てながらマットレスの上に降ってきた。
「あっぶなー」
豪華な天蓋付ベッドは、天蓋の支柱が折れ、布が破れて垂れ下がっていた。
赤紫色のカバーがかかったマットレスの上には、ガラスの破片がうず高く積もっている。
天井は見上げるほど高く、天窓にはめこんであったステンドガラスの残骸が、太陽の光を反射して静かに光っていた。
下にベッドがなければ何本か骨が折れていただろう。
運が悪ければ、体は小骨をいれた袋みたいになっていたはずだった。
ちりん。
あたしは大きく息を吸い込んで吐き出した。体の震えが止まらなかった。
部屋は暗かった。
壁一面に深緑色の重たそうなカーテンが、高い天井からまっすぐ吊り下げられていた。
あたしが落ちてきた天窓から差し込む光が、唯一の明かりとりだった。
ベッド脇にある濃い茶色の家具の留め金が、鈍く光っている。
あたりをみまわして、さっきの子を探した。
「すみません」
自分の声じゃないような、低く、ささやくような声しか出ない。
あたしはもう一度大きく息を吸った。
「すみません」
今度はちゃんとでた。
しばらく待っても、返事がない。
「ねえ。いるんでしょう?出てきて。お願い。」
あたしは少し大きな声で言った。
部屋は丸く、高い天井が劇場のように声を響かせた。
あたしはもっと大きな声を出そうと思いっきり息を吸い込んだ。
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