第2話 これは少し前の話

 紅葉の頃、居酒屋で飲んでいた。


 と言っても俺は酒を飲めないからハンドルキーパー。

 飲みつぶれた千秋をお持ち帰りするのがいつものパターンで、ルームシェアすることも自然な流れだった。


 今日も千秋はすでに3杯目のビールを頼もうとしているところだが、

 俺は千秋が酔っぱらってしまう前に言いたいことがあった。


「タバコやめろよ。」


「わー、これ美味しそー。瑞生、あとなに頼む?」

 こういう時にわざと別の話題を振って避けようとする。これは千秋の癖だ。


 千秋の手からメニューを取り上げて軽く睨むと、千秋は横を向いてフ―ッと煙を吐いた。

 側にはすでに小さな吸殻の山が出来ている。


「瑞生、目に映るものだけが真実とは限らないぜ。」

「今この状況でそれ言う?」


「オレだって止めたいけど。なかなか…。家では吸わないからよ…。」

「止めたいなら止めよう。吸っても金は減るし、何もいいことないぞ。」


 俺はタバコが嫌いだ。

 死んだ俺のじいさんも苦しんでいた。

 肺は真っ黒になり、がんを始めあらゆる病気の元になる。


「それに、スモーカーズフェイスっていうのがあってだな。肌色はくすみシワが増え、唇の乾燥、口臭…声も変わるし髪は抜ける。

 千秋がそんな風になるの、俺が嫌だから。」


「…今日の瑞生、よく喋るなー。」

「千秋、聞いてる?」


 千秋はタバコを灰皿に押し付けるが、なかなか立ち昇る煙が消えない。

「うん。」


「老後に面倒みるのも心配だからよ。」


「それ前提なんだ。」

 千秋はへへ…と妙な笑い方をする。この目。もう酔ってるな。


「わかったよ。酒もやめる。」


「いや、酒のことは何も言ってない。」




 会計をして店を出ると、外の冷たい空気を思い切り深く吸い込んだ。


千秋はまだひとりで何か言っている。

「オレもうタバコも酒もやらないから。絶対に。二度と。」

 説得力、無え。


「瑞生、ほら紅葉がきれいだぞー。」

 紅葉と金髪の笑顔が重なり、ちょうどいい感じに街灯でライトアップされている。


 うん。


「きれいだな。」

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