学校を蹴った水曜日

「わぁぁぁ綺麗―――」


30分以上の電車での移動を終え、遂に着いた公園には辺り一面の緑が生い茂る。


  「ぁ...........」


正直馬鹿にしてた。公園なのだから家の近くにあるような、芝生に少しの遊具が添えられているだけの形だけの公園なのだろうと。まるで違った、何もかもが違った。辺り一面の草木に敷かれた一本のレンガで出来ている道。それを辿って行った先には、二本の分かれ道。また道かよと落胆していた心を壊すように広がる自然が目の前にはあった。映える快晴の空から差す光は、地面に生い茂る草にスポットライトを当てているかの如く。そして草自身も空に負けじと、淡い色から深みがかった緑を植林された木々と一緒になって快晴に対し見せつけている。あくまでそれらは自然達の感情であり、何も知らない俺からすれば、青い空と緑の地面が仲良く景色に溶け合っているぐらいにしか思わない。でも、それだけでも美しいと.....思えてしまう。都会の自然は死んだ、とか言っていた人がいたけど、死んでなんていない。本当に綺麗なものには心を打たせるだけの力があると、納得する他ないこの景色。気が付けば朝起きた時にあったもやもやなど全て吹き飛んでおり、眼前に広がる自然にただただ夢中になっていた。


  「これだけの色で自然を演出出来るってのも相当だな」


エネルは自然に触れ合う場所はあまり好まない奴かと思っていたけど、案外エネルなりに感銘を受けているらしい。


  「私ね、前ずぅ~~~~と行きたいと思っていた場所だったの。テレビで見た時、地球ってこんなにきれいな場所なんだって思い知らされたの。改めてあの時再構築しなくて良かったって本気で思ってる。こんなにも綺麗な場所までないものになるんだから、しなくて本当に本当に良かった。凜ちゃんと一緒じゃないって所は心残りだけど」


  「そうですね、凜にも見せてやりたかったです」


今週の土曜日か日曜日かでも連れて行ってあげよう。あいつ最近やけに植物の事について詳しくなってるからきっと喜ぶぞ。


  「ってエネル何してんの?」


なにやら生い茂る草原の中、腰を落として、まるで何かを落としたのかと言わんばかりに、背の小さい草を優しくかき分けている。


  「刹なら知ってるだろ四つ葉のクローバー」


  「あぁ、知ってるよ」


  「噂には聞いてたけど、中々骨が折れる作業らしくてな噂だけに留めておこうと思ったけど、せっかくこういう所に来たんだ、探すなら今しかないでしょ」


三つ葉の変異体によって生まれたクローバー、その四つ葉のクローバーには幸運をもたらす力があるとかどうたら。あいつ自身、あまりそういった類の物に信用を置いているようには見えないが、流石のこの景色での四つ葉のクローバー探しとなっちゃ気分が上がってしまうのも無理はない。


  「じゃあ私も私も~どっちが先に見つけられるか勝負ね~」


エネルの少し離れた所で必死に草木をかき分けるエメルさん。


  「ねぇ~刹君はやらないの~~やろ~よ~」


  「うわぁぁ!!」


ぐらっと、視界が半回転し、いつの間にか自然の絨毯に倒れこんでいた。


  「刹君、これは三人の勝負。拒否権はないよ」


  「相変わらず強引ですねエメルさん」


全く朝のあの態度は何処にいったと、自然の絨毯をなるべく傷つけないようにして体を起こし、こちらも負けじと草木へと手を伸ばす。


  「――――」


いつもは無意識のうちに踏みつけて、ただ自分が目的地にたどり着くための足場としか思ってなかった。それを贖うつもりはないし、これからも俺は無意識のうちに自然を踏み続け生きていくであろう。でもなんでかな、こうやって足じゃなくて手で触ってやると一つ一つに違った感触があって情が湧いてきてしまう。一人一人芯があって、でも優しい風には弱いのか靡かれて何だか人間の一面を見ているようにも思えてくる、これじゃあ人間を足場にしてるのと同じだな。


  「あった――――――――ってちが~~う!!!」


数歩先にいたエネルが四つ葉を見つけたと一人高揚していたが、掲げた手をよくよく見ると、四つ葉の葉が無残にも一つ千切れていたクローバーが掴まれていた。


  「へへ、エネルの握力のせいで千切れたんじゃない」


  「そんな激しく掴んだ覚えはないんですけどねぇ」


ふふっと、男の横で余裕そうに笑う女が一人。だが、内心では先を越されずにホッとしているのが横から見てても透けて見える。


  「よし、あの二人は何か変なやり取りしてるし、今が絶好のチャンスってやつだな」


会話が俺に飛び火してこなかったのを良いことに一人で黙々とクローバー探しに勤しむ。


  「――――あ!!刹君ずるい。私とエネルが話し合っている内に抜け駆けとは、刹君中々やるね」


  「それはどうも」


漁夫の利というのは戦いの基本戦術の一つじゃないのか?それとも二人はこれを真面目な勝負と思っていないのか....いや、そんな思考は直ぐに眼前に広がる光景によって途切れる。エネルとエメルさんは自然を大切にしようとする意志は忘れず、そのすれすれのラインで視界に収まる程度の自然を、せっせっせっとかき分けている。それはエネルが言った通り作業....いや、職人の域に達するほどのスピード。


  「これは、どうも漁夫の利とか甘い考えで勝てる話じゃなくなってくるな」


そう地面に生えている白い綿毛を散らしたタンポポに喋りかけ、さっきよりもテンポを上げながらクローバーを探す。


  「――――あった」


  「嘘~ほんと~」


10分間の勝負の末勝ったのはエネル。右手の手中に収まっているものは間違いなく四つ葉のクローバーだ。


  「初めて見たよ四つ葉のクローバーなんて」


噂だけなら百回以上皆が聞いたことあるだろう。でも実際にこうして時間をかけて探す人なんて噂を聞いた人の中からごく一部、そして四つ葉のクローバーを見つけるだけの忍耐、体力がある人間なんてほんと一人ぐらい。それだけの努力を積み重ねてきたものだけに与えられる四つ葉のクローバー。これなら幸せの一つや二つを運んでくるなんて容易いだろうとそう思える程にそのクローバーは他の物とは違う光を放っていた。


  「ほい、エメルちゃん」


  「え!くれるの?」


エネルの手中にクローバーが収まっていた時間はわずか数秒程、手中に収められていたクローバーはエメルさんの手へとバトンパスのように受け継がれる。


  「俺が持っててもキャラじゃないつーか、管理を怠りそうで、せっかくの幸運が不運になって返ってきそうな気がするからさ、エメルちゃんこういうのの管理得意だろ?」


  「まぁ、最低限の管理しかできないっちゃ出来ないけど本当にいいの?」


  「俺がいいって言ったらい・い・の」


意地でもエメルさんに渡したいのか、渡した手をぎゅっと握りしめる。


  「あ~あそんなことしたらせっかくのクローバーが」


  「あ!ごめん」


不器用なのか握った手の握力は普通に60~70を超えている、そんな事をすれば間違いなくクローバーは押しつぶされるのだが、何とかエメルさんが手中にクローバー分の空間を作っていたらしい。


  「良かったですねエメルさん」


  「うん、ホントにありがとうエネル。なくさないように肌身離さず持ってるね」


  「重いな....」


そう言って、形を崩さないように大事に自身が形成した空間の中へと入れる。先輩での戦闘用でしか見た事ない空間。案外日常生活にも活かせるとなると少し羨ましくなってくる。



  「てかあんな所にオシャレチックな場所あんじゃん、四つ葉のクローバー探すのに夢中で気づかなかったわ」


エネルの視線の先には、透明で横長な建物がポツンと緑が生い茂る中に佇んでいた。公園に立っているにはあまりにも不自然にも思えたが、透明ということも相まって、中々に馴染んでいたことに少し驚いた。もう公園というより、一種の美術館にきた気分だ。


  「そうそう!あそこあそこよこの前テレビの人達が行ってた場所。ねぇ、クレープの屋台来るまでまだ時間あるし行こう」


どうやらあそこの展望台からは絶景が見られるらしいと、エメルさんのお墨付きなら是非とも行ってみたい。


  「いいですね、俺もこの公園からの景色もっと見たいと思ってましたから」


地上からの眺めでもこんなにも綺麗なんだ。高いところから見るこの公園が気になってしょうがない、そう思っていた時には透明な展望台目掛けて一直線だった。




  「ほぁぁぁぁぁぁぁ」


嘘―――これ本当にさっきまでいた公園か?


  「―――――――――――――――――」


横の二人もその美しさに硬直しているではないか。いや硬直するのも無理はない。朝方ということもあり、俺達3人がこの展望台を占拠する形になっているが本当に良かった。なんでかな他の人には教えたり、見せたくないような魅力がある。全体が一望できるのは当たり前だが、展望台のおかげで目線が高くなったこともあり、見えていなかった木々、湖、そしてその先を続く地平線までも。こりゃ地球だって怒る気持ちだって分かるよ、こんなに美しい自然を達を壊されれば腹が立たない訳なよな。そうガラス越しに地球に同情する。


  「テレビで見た時も綺麗だと思ったけれど、実際に見るとその倍ぐらい綺麗ね」


ガラスに張り付くように外の景色を見ていたエメルさんがようやく一歩引いて、口を開けた。


  「これはもう元の場所には帰れないな」


エメルさんの後に続き、エネルも展望台からの景色を絶賛する。


  「元の場所って、エネル達が地球にくる以前にいた場所か?」


  「まぁ、そういうこった」


あの公園での約束を交わした以来、普通に地球の住人として馴染みすぎている気がするけど、本当は遠い辺境の惑星にいたんだよなエネル達って。


  「ここよりかは神秘的ではあったけど、こんなに穏やかな気持ちにはならなかったな、そこは」


  「穏やか?」


  「あぁ、窮屈だったんだよ俺もエメルちゃんも」


やっぱり上司からの圧政によるものなのか、ただ単に二人に合っていなかっただけなのか。故郷を懐かしむ気持ちなど微塵もなく、茫然とガラス越しに外の景色を見ている。


  「なぁ、刹。刹にはこの景色がどう映って見える?」

  

  「どう映ってるって....」


下で見た時よりも綺麗だな~という小学生の感想並みの言葉でしか言い表せないが、でもそれだけは確かだ。


  「綺麗。自分の部屋から見る景色とか、教室の端っこから見る外の景色とは比べ物にならないぐらいに綺麗だ」


  「そうか、それは良かった」


  「?」


結局その後もエネルのその発言の真偽は分からずじまいのままだった。


  「ってか時間大丈夫か、もうクレープの屋台来てる時間だと思うけど――――ってやっぱり来てた!」


展望台を三人だけのテリトリーに出来た事をいいことに、永遠と雑談していたら、ふっ、と視界の横にポツンとカラフルな車が来ているのが確認できた。


  「大丈夫だよそんなに焦らなくてもクレープは逃げないって」


まさかエメルさんに食の提供の事に関して言われることになるとは思わなかった。普段あれだけ凜がご飯を作っている最中に、ご飯まだかな凜ちゃん~ってお腹を空かせているのに。まさか、ご飯とデザートとでは少し違いがあるのか。


  「刹君。心の声、漏れてるよ」


  「は、はいすいませんでした」


真ん中のエレベーター越しに寄せられ、吐息がかかる距離で囁かれる。囁くというには、あまりに殺気があるように感じられたが。


  「でも、早く行った方がいいのは確実ね。景色もいっぱい堪能できたし時間も時間だしね」


ぐぅ~~~と、眼前にいる女の腹からどでかい虫の音が鳴った。誰もいないのが仇になったのか、その音は展望台中に響き渡り、残響となって散っていった。


  「やっぱりお腹すいてたんですねエメルさん」


  「はは、相変わらずだなエメルちゃん」


  「うるさい!うるさい!うるさ~~い!さっさと行くわよ二人とも!」


そう言って、俺のシャツと、少し離れた場所にいるエネルの服の首元を勢いよく引っ張って、丁度開いたエレベーターへと入っていく。


  「しぬしぬしぬ。窒息してしんじゃうよ~エメルちゃ~ん」


徐々に声に力がなくなっていく所を見ると本当に死ぬ一歩手前なのかもしれないアイツは。


  「俺からも頼むよ~エメルさん」


俺も俺でその状態を静観しているほど良い状態ではないので、やめないかとエメルさんに対して促す。


  「だ~~~め」


  「――――――――」


可愛い声から出された悪魔の通告が閉まったエレベーターの中2秒ほど反響した。

 


  「さ、もう少しでクレープが待ってるってのにシャキッとしなきゃだよ皆」


20秒ほどのエレベーター旅行を終え、無事ではなく、かなり疲弊しきった状態で俺とエネルがエレベーターから降りていた。


  「おいおい、シャキッとしなくなった原因の奴がそれを言うかね」


喉元には自分の服によってつけられた痕がびっしりと、首輪のようにつけられている。


  「まぁいいじゃんちょっとの間のお仕置きって感じで」


そのちょっとで割と死にそうだったんけどな俺。ほんと加減というものを知ってほしいもんだよエメルさんには


  「ちょっとのお仕置きって....密室空間の中20秒息が出来ないって相当不安を煽られてると思うんですがねぇ!」


息が整ったのか、下に着いた直後よりも覇気のある声でエメルさんに反論していた。


  「皆強いからダイジョブダイジョブ」


  「待て待て待て、エネルはともかく、俺は朝からあんなだったんだぞ」

 

  「あ――――確かに」


どこまでぬけてんだこの人は。ともかくエレベーター内で起こったエメルさんによる一方的な虐待を誰かに見られずに良かったと、これがもしも誰かに見られていたらとなるとエメルさんは間違いなく警察沙汰になっていたな。


  「もうちょっと考えてくださいよ」


  「ごめんごめん。今日のクレープ代私が受け持つから許して」


展望台を出てすぐの入口の所で平謝りするエメルさん。正直お財布の紐を緩めずに済んだのは一週間にバイトを二日しか入れていない身分としては助かる。


  「エメルちゃんあれ以来金欠なはずなのに、大丈夫なのか?」


  「実はね、再構築を放棄した責任はほとんどがエネルに科せられる~とかお父様とか言ってたから、あの後も普通に私だけ毎日仕送りしてもらってるよ」

  

  「あの、ジジイ!!エメルちゃんだけにはいつも甘くて本当反吐が出るぜ」


いくら文明圏、惑星、他諸々が違おうと、女の人に優しくするというのは常なのだろうか。それともそうしないといけない理由があるのだろうか、真相は分からない。


  「って言っても流石に量は少し減らされてるけどね。刹君の家に泊めてもらうことはお父様も知ってるし、異形種を狩るっていうソロモンの意向からも背いちゃってるから結構減額されてるのよねぇ」


  「ちなみに毎日どれくらい貰ってるんだ?」


毎日の仕送りのお金なら娯楽代として1000~2000と中学生の月のお小遣い程度だろうか、雀の涙程度だが、完全にプライベートとして使えるならこれくらいが妥当だろう。


  「1万円」


  「え?」


  「だ~か~ら~一万円だって。そんなに驚くことかな、刹君かってバイトしてるんだから多少の金額にはびっくりしないと思ってた」


  「多少とはなんだエメルさん!いいか、毎日一万円を、それも学生が稼ごうとしたら一体何時間働かなければいけないと思う!!」


今度は俺がエメルさんに詰め寄る形で熱く語っていた。


  「ぉぉぉぉぉ――――ざっと2時間ぐらい、かな」


  「ばかかぁ――――!!!軽く10時間以上だわ」


  「ごめんなさ~い」


視界に広がるおどおどした様子のエメルさんを見ていたら徐々に怒る気が失せてしまった。


  「エメルちゃん俺からも少し話があるんだが....」


  「ひっ!!」


ただしそうは問屋が卸さない。俺の激情からの鎮静と共に、試合のコングは、第二ラウンド開始という合図を鳴り響かせていた。

  

  「今度からは3割ぐらい、俺にも渡そうね」


  「――――はい.....」


エメルさんが7。エネルが三と言った割合でお小遣いが分配される結果で幕を閉じた。にしても3割って。アイツ意外に金にはがめつい方ではないよな。


そうこうしている内にクレープの屋台には平日なのにもかかわらずぽつりぽつりと人が集まってゆき、次第には行列とまではいかないけれど、屋台の大きさに反比例するぐらいの列が出来ていた。


  「俺がクレープ買ってきますよ。三人で行くと他のお客さんの邪魔になるだろうし」


それに、二人のおかげでこんなにいい景色がある場所が知れたんだ、こっちも少しは何かしないと。


  「俺はチョコだな」


  「じゃあ私イチゴ味で。そして、はい刹君お金」


  「あ、ありがとうございます」


二人の注文したものを確認しようと、フードトラックの前に置いてある看板を横目に見る。何となく電車の中で話は聞いていたが、本当に皮の部分が虹色で出来ていて、その中に普通のチョコやらイチゴやらの各々のコンセプトになっているものが少し入っている。さっきの展望台はこの自然の景色の中に上手く浸透していたが、どうもこのクレープだけはこの風景に似つかわしくないと心が脳に訴えかけている。


  「私達ここの階段にいるから、クレープ買ったら皆でここで食べよ」


  「分かりました、それじゃあ買いに行ってきます」


  「いってらっしゃ~い」


黒髪の男は二人を背に、ピンク色に塗られたフードトラックへと向かう。



  「私は何度だって言う、刹君に伝えなくていいのかって」


横長い階段に腰を下ろし、女は重々しく隣の男に問う。


  「へへ、そういう割に自分からは言えないなぁ、薄々気づいてるだろうエメルちゃんも」


  「――――――――」


  「まぁ、今まで散々見てきたんだ。俺は別に何とも思わねぇけど....本当に歪んでいるのはどっちかってね」


声に抑揚はついていたもの、顔に感情はこびりついてはいなかった。


  「さっきも言ったと思うけど改めて言う。エメルちゃんの目に刹はどう映ってる?」


  「それは――――」


彼女には僅かな揺らぎがあった。朝に問われた時には普通の学生と特に迷いもせずに返答できた。でも今の彼女にそれを言える度胸はない。前提が間違っていたんだと、一般人が普通ストロークを保持しているのかと。一般人が普通声を振り絞って訴えかける正義感を持てるのかと。違う。違う。違う。少なくとも私が見てきた一般的な生命体にそんな者はいなかった。平和を、秩序を守るものはごく少数。罵り、蔑み、奪い、妬み、そんな感情が交差する世界が当たり前だと思った。だが彼は違う。再構築されるのを黙ってみていれば、環境だけが変化し、それ以外の何もかもは残っているのにそれを拒んだ。彼女はあの時、信じられないような者を見た目で泣き訴えかける少年を見ていた。なんで?そんな訴えかけた所で殺されるかもしれないんだよって緋色の男の後ろで思っていた。だが、彼の存在を考えるうえで前提として何もかもが違っていた。信念、正義、彼は無自覚だがそれを持っている。先天的に持ち合わせたものなのか、過去のいざこざで手に入れた後天的なものなのか出会って間もない彼ら彼女らは分からない。でも、あの時、あの空間で力のあるものに淘汰されず、自らの意思を貫いたのは、わがままではなく正義である。と彼女の目にそう映っていた。


  「すごい.....人間に見えるよ」


  「――――――――そうか、ならもう話はいいよな」


緋色の髪の男は、何処か遠くの星を掴むように空を仰ぎ、その勢いで晴天を掴む。彼ら達は再構築をする以前に、生命体を守ると担わされた者。本当は男だって、少年に異形種狩りなんて行いをさせたくなかった。異形種、星の残骸、惑星の汚点、多大なる魔力行使によって文明圏を発達させてしまった事による惑星からの抑止。未だに未知すぎて困る。結局は惑星自身の営みを阻害したために生まれ、惑星自身が惑星に住まう生命体を白紙にするために作られた存在という結果に辿り着いたが、これも本当かどうか。そんな異形種とは何ら関わりのない魔術が存在しえないこの地球という惑星で発見されてしまったんだ宇宙全体が驚いたであろう。今まで魔力を行使していた惑星でしか起こりえなかった事象が、何ら魔術と関係のなかった惑星にポツリ、ポツリと出始めたんだから。勿論の事だが、異形種を知っている人物何てこの惑星には一人だっていないし、異形種の姿すら見えない。そんな状況下の中で本当は影で身を潜めてそれらを討伐しようとする人物が何名か。一般人が絶対に関与できない領域、その者達の活躍で少しは異形種の量は減ったようにも見えたが、もう手遅れに近かった。渋谷の異形種の歪さと言い、惑星への哨戒班受胎。異形種狩りは、建前では責任がどうたら~と言ったが、見切りをつけてあやふやに終わらせようとした。結局少年の圧に男は勝てなかったけど、今度のはそうはいかない。今日、明日、明後日の異形種狩りは刹の願いを聞いてゴーサインを出したが、哨戒班ともなると、もう一線を越えるんだと、そんな事に巻き込まれていい奴じゃない、と男は言わずに目でそう訴えかけてくる。


  「分かった。刹君に哨戒班の事は言わない、今も、そして倒した後も。前提が間違ってたんだ私。異形種を知っているのが当たり前だって、魔術を知っているのが当たり前だって、守りたいって思ったと同時に、頼りたかったんだきっとあの時。でも、それは違う。知る必要のない事まで無理して背をわせる必要なんて何処にもない。異形種狩りはちょっと私達の中でも例外だったけど、もし哨戒班の事のせいで、あの正義が壊れる所を私は絶対に見たくない」


彼女は過去の罪刑に駆り立てられてなのか、それとも贖いによってなのか、少年、そしてこの惑星を守るとそう誓った。


  「――――正直、エメルちゃんを説得するのに後二日ぐらいかかると思ったぜ。でも、何となく俺の言いたかったことが伝わったみたいで良かった。再構築を放棄した責任は俺なんだからさ、刹が関わっていいわけがない。自分のけつは自分で拭くさ」


  「かっこよく言ってるけど、とっくに私を巻き込んでるわよねエネル」


  「それはだな.....権能とか色々剥奪されちゃってるし....本当申し訳ありません」


  「ふふ、いいわよこちとら何年あんたのわがままに付き合ったと思って、哨戒班の討伐なんて今更って感じ」


女がそう言い放つと、緋色の髪をした男はぷぷっと笑い転げ、それに続いて水色の髪をした女も笑い転げていた。目の前で何かのショーでもやっているのかと言わんばかりに、階段は観客席へと姿を変えていた。


  「おまたせ~って二人とも何笑ってんの」


  「ぁあ刹おかえり、ちょっとエメルちゃんがおかしくてさ」


どっちかというと二人ともおかしく見えると思うんですがこの場合。


「まぁいいです。それより食べましょ。そうしないとこれ中のアイスが溶けてきますよ」


流石に二つの手で普通のクレープの大きさの倍以上あるのをずっと受け止められるわけがない。


  「まじ!じゃあ早く食べないとね、ささ刹君こっちこっち」


エメルさんに促されるまま横長い階段へと腰を下ろす。


  「はぁ~~平日とは言え多すぎじゃないですか並ぶ人」


推し量るのは失礼だと自覚するも、目の前のクレープ屋に並ぶ行列を見るとどうしてもそう言いたくなってしまう。


  「そりゃそうだよ、ここのクレープ屋さん人気で本店の方はいつ行っても満員。予約は2~3ヶ月後。頼みの綱のフードトラックもたま~にしか来ないんだってさ。だからチラシとかスマホのホームページで宣伝すると、平日だろうが関係なく人だかりが出来るんだってさ」


そこまでの代物なのかこのクレープとやらは。視界の三分の一が生クリームやらで埋め尽くされていて少し気持ち悪くなっていたが、そこそこレア物と聞いて少しテンションが上がり、目の前の生クリームやらチョコの多さでも胸焼けしなくなった。


  「うん!これ美味しいぞ。中に入ってる生クリームやらチョコはもちろんのこと、この虹色の皮も柑橘系の味がして上手いぞ!」


いつもこういう役回りはエメルさんが担っているはずだが、今日の所はエネルが先陣を切ったらしい。


  「おいおい、口周りにクリームついてんぞ」


  「おっと、これは失敬」


急いでハンカチで口の周りを拭う。


  「あ~たまんないこれ。口の中で苺や生クリームが溶け合って絶妙なハーモニーを生み出している所に、この七色で出来た柑橘味の皮。くぅ~~たまんない」


こちらはこちらでいつにも増して健在だな。溢れんばかりに付いた生クリームを気にすることなく、がぶり、がぶりと容赦なくクレープをかみ砕いてゆく。


  「うぷ.....」


一口食べた瞬間に分かる、胃もたれするやつだと。よくもまぁそんながぶがぶといけるもんだと二人を見ながらこちらは地道にクレープを食べてゆく。


  「ていうか、クレープ食べ終わった後の事難も考えてなかった、どうしよう」


クレープを半分平らげた所で、苦笑しながらにこの後の計画が何もないことを伝える。


  「今日はここまでにしておいた方がいいんじゃないのか、別に嫌という訳ではないが、また凜ちゃんを連れてからでも一日中遊べばいいし、今は....」


  「分かった。今日はこれでいいかな。次は凜ちゃんもつれて四人でずっ~~と遊ぼ」


  「そう....ですね。あ、でもその前に――――」


何かを思い出したかのように俺は売店へと急いで駆け込んだ。


  「はぁ―――はぁ―――急に売店に駆け込んだからびっくりしたよ。体弱ってるんだから安静にしておかないと」


俺の後をついてきたエメルさんは肺に酸素を送ろうと、必死に肩を上下させている。


  「あぁすみません、ちょっと凜にお土産でもって、何かおすすめあります?俺女の子が貰ってうれしい物とか分からないんで」


陳列された棚には、植物やらキーホルダーやらクッキーと、多くの種類を取り扱い過ぎていていまいちどれに絞ればいいか分からない、ましてや渡す対象は凜。アイツとはずっといるけど、1ヶ月に一回程度趣向が変わるので、いまいち今何を欲しているのかが分からない。


  「そうね――――これとかいいんじゃない」


  「え?これがいいんですか?」


  「うん、絶対気に入るね」

 

  「はぁ~その言葉信じますよ」


エメルさんの手に持っているそれを受け取り速やかにレジへと持っていく。



  「悪い遅くなって」


平日の昼間という時間帯に店のレジが行列だったせいで、物を決める時間よりも、エメルさんと二人行列にイライラしている時間の方が長かった気がする。


  「はは、いいぜ別に。いきなり走っていったのはびっくりしたけどよ」


  「凜にお土産忘れないようにって思って、急いで行っちまった」


  「へ、そうかい。じゃあまぁ帰りますかねぇ」










 

  








  「今日はありがとうな二人とも」


ガタンっと時折、線路のつなぎ目の部分に車輪がはまり音を立てながら走行する電車。時刻は1時を回っており、今から世の中に活気が溢れていく時間帯だというのに二人は、電車に揺られながら眠そうにしている。


  「私達に出来る事なんて....こんぐらいだけだし.....もっと......凜ちゃんや....刹君の.....」


どうやら完全に眠ってしまったらしい。それもそうか、元々いた惑星とは環境が全く違うはずはずだ。そんな中で一週間以上前から滞在していればいくら高次元の存在とは言え疲れの一つや二つ溜まってるもんな。今はじっくりと休ませておこう。


  「刹、ちょっかい掛けないのか」


自分の方にエメルさんがもたれかかっているのに、自分は高みの見物と言わんばかりに悪魔の囁きを俺にしてきた。


  「かけるわけねぇだろ、かけたとして俺に天罰が返ってくるのもそうだし、今はこうして寝かせておきたいんだ。エネルも本当は疲れてるだろ?」


  「俺か? う~ん俺は別に疲れてはいないし、睡眠も取らなくていいタチなんだ」


  「そうか、その割には少し眠そうに見えるがな」


  「あぁ、少しでも人間と同じような感じにしないと周りから浮いちゃうからさ、何とな~くこうして顔だけでも眠そうに偽ってる」


  「そんな事別にしなくたっていいのに、なんでそんな事するんだ?」


それじゃあまるで、俺らがエネルに周りから浮くなと弾圧されているみたいじゃないか。


  「ただの昔からの癖みたいなものだから気にしないでくれ」


  「いやは気にするぞそれ」


  「なんでだ?」


  「エネルはエネルでいいじゃないか。例え疲れない体で眠くならない体質であってもそれは何らおかしいことじゃない、一つの個性だ。何処にも周りに合わせる義理なんてものはない、綺麗事かもしれないし、癖なら仕方ないのかもしれない、でも、自分が周りに合わせるのが嫌だって思った時には無理をしちゃいけない絶対に。そうしないといつか綻んじまうからさ」



  「アドバイスどうも刹。なんか刹の話聞いたら本格的に眠くなってきた、眠ってもいいか?」


  「好きなだけ眠ってくれ」


  「じゃ、お言葉に甘えて」


それを最後にして、エネルはもたれかかっているエメルさんと同じように瞼を閉じる。思えば午前は盛りだくさんだったのになんだがあっという間だった気もする。それだけ楽しかった証拠なんだろうか。学校を休み、外へとほっつき遊ぶ、初めての経験で思う所はあったけどやっぱり楽しかった。


  「どうせ終電で降りるし、俺も疲れたし終電まで寝よう」


凜への土産も買うことが出来たし、俺としちゃ久々にいいものが見られて良かったと、スース―と二人の寝息を聞きながら夢の中へとダイブした。


  

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