オヤスミ

「ただいま~」


今日二回目となる帰宅、手にはもちろん牛丼ではなく学校の鞄をぶら下げての帰宅だ。


  「おかえり~刹兄」


  「おぉ、おかえり...」


いつもならここで凜が制服で出迎えてくれるはずなのに、今日に限ってはエプロン姿で迎えてくれた。


  「今日はいつもより飯作るの早いんだな」


  「うん、まぁそんな感じなんだけど.....」


何やら深刻そうな顔でエプロンの裾をぎゅっと握っている。


  「実は今日から部活動がしばらくなくってさ」


  「え!、あの部活がか」


凜が所属する手芸部は、文化部という仮面を被った運動部のようなもので、文化部にあるまじき過密なスケジュールが練りこまれており、月から金までしかないが、時間が長いのはもちろん、圧倒的な技術力を兼ね備えてなければそもそも入れないため、難易度の方もお察しだ。そんな凛ちゃんは俺のバイトがない日には家庭の事情となんとか頑固な顧問を説得しなるべく早くに夕食を食べれるようにと6時には帰ってきてくれている。これも凜が手芸に対しての実力と皆からの信頼という力を持っているから成せる業なのである。そんな不夜的な部活がしばらくないとすれば俺の驚きも真っ当なものだろう。


  「うん、やっぱりあの連続失踪事件の頻度が尋常じゃなくなってきているらしくって、私の学校でも被害を最小限に抑えるためか、部活動は中止になっちゃってさ」


  「何となくそんな事だろうとは思ったけど...」



ニュースの報道規制でも入っているのだろうか。俺はまだそんな多発しているという情報は知らなかった。まぁ、実際に見てみればあれが失踪という一括りで扱ってはならないものではないと肌で感じたけど。


  「じゃあ、俺らの学校もそのうち...」


  「時間の問題だと思う」


それは非常に困る。確かに部活がなくなれば自由時間も増えたり、異形種のことについてエネルやエメル達に詳しく問いただせる機会も自ずと増えてくるだろう。でも、先輩との接触が絶たれてしまうのは嫌だ。昨日は質問形式で俺が知っている限りの情報で聞いてしまったため浅はかになってしまったが、今はエネルやエメルさんがいるからもうちょっと入り組んだ質問だって出来るはずだ、なのにその機会を作れないなんて。


  「心配だ.....」


  「まぁ、そんな焦る事じゃないと思うよ刹君」


凛が玄関から中々帰ってこないのを心配したのか、リビングの扉からひょこっと顔を出し金色の目をこちらに見据えさせながら言ってきた。


  「一緒な学校にいるんだもん。機会なんていくらでも作れると思うし、ていうかそもそもマナちゃんはそう簡単に自分の情報を教える子じゃなし」


  「そうなんですか!」


俺と話す時には、そりゃ最初は責任が伴うとかのあれはあったけど、別に先輩から拒む様子は...


  「うん、一様エデンの方針では部外秘って感じになってるみたいだけど、刹君はもう関係者になっちゃったでしょ。だから少しだけでもって教えてくれたんだと思う」


  「そうなんですか...」


落胆している場合じゃないな。先輩の情報も大事だけど、それよりもまずは俺自身が異形種についての理解を深めなければいけない。


  「刹兄も人の事ばっかりじゃなくて自分の心配をしてよ、ただえさえ腕が治ったと思えば、朝に痛みが出たとか言ってたし、しかもそんな状態で戦うなんて」


先輩の事について考えすぎていたのが顔に出たのか、凜が俺の両腕を掴んで必死に心配してくれた。


  「凜ありがとうな。でもこれは俺が決めたことだから、凜は普通に日常を送ってくれ」


凛が俺を思ってくれる気持ちがどれだけありがたいか、なんとなくだけど分かる。本当に心から言っているからこそ心がこんなにも温かくなる。


  「刹兄...」


  「あ~あ、そんなにしんみりしちゃってさ」

  

  「エネル...」


どうやら玄関で長話をし過ぎたのか、エネルまでもが玄関に立ち寄ってくる。


  「今いい感じだったのに何邪魔してんのよエネル!」


  「わ悪かったってエメルちゃん」


少し茶々を入れてきただけなのか、意外にもエメルさんに怒られてやや焦っている様子。


  「ふふふっっ」


その様子がおかしかったのか、こみ上げてくる面白いという感情が抑えきれず、エメルさんとエネルがやり取りしている目の前で笑ってしまう凛ちゃん

  

  「はははは」


その笑いにつられて俺もつい笑ってしまった。


  「うー...なんかエネルを叱る気も失せてきちゃった」


  「俺はその方が助かるんだけどなぁ.....」


凛と俺が笑っている中、逆サイドの二人は動きをピタリと止め、俺達の方を向きながら呟いていた。


  「うん、おもしろいものも見れたし、今日は更に料理に腕をかけちゃおっかなぁ~」


  「わーいやった~エネルが変な事言ったおかげだね」


  「変な事ってなんだ変な事って!」


エネルのおかげで、凜の機嫌が良くなるという最高の調味料を手にしたのであった。







それからというもの、牛丼並盛を食べたのに、夕飯の時には俺よりも多い量を摂取していたエメルさんに驚くことはあったが、それ以外は特には変わったことは起こらず、今日もまた異形種狩りの時間がやってきた。



  「いい、今日はなるべく早く帰ってくるのよ」


  「はい....」


完全なる上下関係が玄関という狭いスペースにおいて形成されていた。俺ら三人はただ凜の言う事に頷くだけの機械と化していた。


  「うん、それなら安全だね皆。私が出来る事は少しでも被害が出ないように祈ってるぐらいしかできないけど...」


力になれないのが悔しいのか、こちらの方が痛く感じるぐらいに唇を噛みしめていた。


  「いや、家にじっとしているだけでも十分に役に立っているさ」


  「そうだよ、凛ちゃん。辛いかもしれないけど、今はじっとしてて...」


流石は一つも二つも上の次元の存在。フォローの入れ方まで次元が違う。


  「分かった。でも、皆無理はしないでね、特に刹兄、怪我して帰ってきたら許さないから」


  「は、はい!」


急な名指しに動揺を隠しきれなかったが、そうする、と決意の表明を伝えられたと思う。


  「じゃあ行ってきます」


今日もまたあの異形な存在と戦わなければいけないと考えるだけで悪寒が走るが、それと同時に、何故かは分からないが喜びの感情が沸き上がってくる。色々な感情がごちゃ混ぜになりながらも俺達はまた夜の渋谷へと駆けるのであった。

 


  「ていうか、今日も渋谷なんだなエネル」


玄関を出て、家の時とは少し違った声色でエネルに問う。


  「あぁ、そうだ」


まるでその質問を待ちかねていたかのように即答で答えてきた。


  「確かに渋谷が一番異形種がいるのかもしれないが、わざわざ重点的に渋谷を叩く必要があるのか?」


被害を最小限に抑えるのなら渋谷が一番適任しているのかもしれない。でも、それじゃあ渋谷だけでの異形種という情報が確立されてしまう気がする。それにエネル達は渋谷以前にも異形種狩りをしていたのにも関わらずの今回の事だ。それならば場所を転々として、少しでも違った情報を手に入れ効率化を目指した方が得策なんじゃ....


  「昨日初めて渋谷に立ち寄って異形種を狩ったが、あそこは歪みすぎだ」


  「歪みすぎって、どういうことだよ...」


俺にはその意味が分からない。見た目の変化は異形種がいるって事以外にはないはずだったし、通りかかる人の雰囲気も異形種が来るまでは....


  「それだよ刹君」


ズバッ、とそう俺の心象を遮るかの如く、言葉で切り裂いてきた。


  「異形種ってのはただ生命体を排斥するためだけのもの、それ以外に意味を持ってしまっては駄目な存在。なのに刹君は異形種が居た、という異形種自身が生命体に知覚させてしまった、という意味を持たせてしまった。なんだってそんな付加価値が渋谷の異形種に与えられたのかは分からないけど」


  「じゃあ、異形種は本来見えてはいけないという存在なのですか?」


  「いいえ、そうじゃない。見えているけど、ただそこに在る。という感情しか生命体は持たない。現に渋谷以外の所ではそう観測されたし、他の惑星でも同じよ」


じゃあ渋谷以外の場所は、異形種を知覚できたとしてもただ連れ去られて食い殺されるだけなのか。


  「えぇ、今の所被害は最小限に抑えているつもりだけど、それでもニュースで見た通りゼロではないわ」


知っていたさ、昨日あれだけの異形種を倒した所で俺の知らない所では、抵抗も出来ずに食い殺されているんだ。


  「刹君が怒る権利はないよ、今ここで私がこの事を話さなければ知らなかったんだから」


怒りが露になっていたのかは分からないが、ツンっとそう注意してくるエメルさん


  「でも...少しでも抵抗出来ていれば、俺らでは無理でも、エデンの人達が駆けつけて退治したっていう可能性があるんじゃないでしょうか....」


エデンの目的が異形種狩りなのならば、エネル達とは相容れないものの少しでも倒せたはずだ。


  「刹君はマナちゃんの姿だけを見てエデンの見てくれを良い物だと評価しているのかもしれないけど、実際にはそんな真っ当な集団ではないわ...」


  「.......」


思考が焼き切れた。先輩からはロクス ソロモンの上司の欠陥、エメルさんはエデンの組織体系の目的の欠落。双方が互いの組織を貶めあう。今はそんな事をしている場合じゃないだろうと。


  「マナちゃんから聞いたと思うけどそんな単純じゃないのよ宇宙って」


死体蹴りも甚だしいぐらいに、俺は何も答えられなかった。


  「まぁ、そんぐらいにしておけエメル、今から異形種狩りに行くってのに、味方間で士気を下げてどうする」


エメルさんが喋っている間に割り込み、俺の正面でエメルさんを注意する。


  「そ、そうよね。ごめんね刹君」


  「いえ、こっちから聞いたことですし、エメルさんが謝る必要なんて1ミリもないですよ」


俺が案外落ち込んでいなかったのかが分かったのか、目を合わせると少しホッとした様子でいた。


  「よし、取り敢えず今の所の情報共有はこんぐらいでいいか」


話に区切りがついたのを確認し、次はエネルが話の舵をきった。


  「異論なぁ~し」


  「俺もかな」


エメルさんは知らないが、俺は共有出来るほどの情報を保有していない。まぁ、分からないなら後で聞けばいいかなどと楽観視していた。


  「う~ん、今日も電車代をケチるために空中散歩していくか」


  「いやです!!」


決死の否定のおかげで何とか昨日と同じ末路を辿らずに回避することが出来た。











  「はぁー.....絶対に俺の空中散歩の方が早かったって」


長い電車移動の末ようやく辿り着いた駅の中でややデカい声でそう言っている。周りの人間達は反応を示していないが、俺はエネル達の存在が公にならないか内心ヒヤヒヤだ。


  「まぁ、体力が温存出来ただけマシじゃないのか」


財布の懐は少し寂しくなったが、それで空中散歩を阻止できた事とエネルエメルさんの体力が異形種に回ったと思えば安い出費だ。


  「そうよエネル、お金を出したのは刹君なんだから文句言わないの」


  「はーい」


  「あのなぁ.....」


これでも昨日の惨劇を見てしまった後だから、こんな悠長に会話していていいのだろうかと思いもしたが、二人のこのテンションがあったからこそあの時俺は壊れずに済んだんだと電車の中、そして電車を降りてからの二人の言動で再認識させられた。


  「さっ行こ、今日は昨日よりも遅めに来ちゃったし、調査もしたいからもう見張ってた方がいいかも」


それでもここに来た理由が理由なので切り替えは早かった。今日は遊ぶなどと言った発言は一切見られずに、昨日と同じく夜の渋谷駅の外へと向かっていく。



  「流石にまだ出てないか~」


夜中の10時半、昨日の異形種の出現から30分早くに同じ場所で待機している。いくら渋谷の異形種が狂暴と言えど、出現する時間までは変わらないのか、エメルさんが残念そうに言葉を漏らしながら先程ここに来る途中で買った焼きそばを箸で少しずるつっつきながら食べている。昨日の今日なので、毎日お祭りにでも来ているのかという感覚に見舞われた。


  「う~んこうなりゃ暇だな、30分だけ遊びに行っちゃう?」


待機という、おそらくこの男がもっとも苦手とする分野を後30分もさせられるということをこの男は知っており、それを回避するために俺らに遊ぶことを促してきた。確かにお金の面での心配はないかもしれないが、この渋谷において、30分で満足に遊べる娯楽施設というものを俺が知らないだけかもしれないが、心当たりがない。


  「流石に時間も時間だ、退屈かもしれないけど、気長に待とう」


時間が30分しか違わないのに、人通りが昨日よりも倍近くあるこの状況ではまだ異形種は出ないだろうが、気を引き締める意味でもここは我慢してもらおう。


  「へーい、分かったよ」


地球の文化に触れて間もないエネルの好奇心は計り知れない。それなのにその好奇心旺盛な時期を奪ってしまうのは何だか申し訳ないが、エネルは俺の提案に不貞腐れながらも受諾してくれた。


  「じゃあさ、ただ待つってのもあれだし、少し場所を移動して第二回エメル先生の魔術講座でも始めちゃう?」


それは冗談で言っているのか、それとも本気なのか、ベンチに座っている俺達に向かってそう問いかける。


  「魔術の右も左も分からない俺からしたらありがたいけど、こんな大っぴらな所で大丈夫なのか?」


先輩と言い、エネル達も自らの素性を秘匿したがってるのにも関わらず、人通りがある渋谷なんかで講座なんてしても大丈夫なのだろうか。もし他の人にエネル達の素性がバレたりでもしたら、それはまた知ってしまった事による責任が問われるのか。


  「だからこその魔術で、私達の周りの空間だけを隔絶させれば、人通りのあるこの場所でも私達を認識できない」


空間の隔絶?スケールが違い過ぎて、何をツッコんでいいかも分からない。


  「まぁ、取り敢えずは........よっと」


  「....っ」


エメルさんが人差し指を上に掲げた瞬間に、俺の頭上に鉛のような重さをした何かが乗っかってきた。振り払おうと思ってもこびりついたように離れなく、頭から肺、そして心臓と体という外郭を無視して中に干渉してくる。やがてそれは全身に伝わり、均等に重さが分散させられた。これが空間の隔絶なの影響なのかは分からない。でも、これってエネルとの戦闘の時に先輩がやってたやつに似てるよな。もしそうならば、あの時あの空間の中でどれほどの重さが掛けられていたか、想像するだけで、出そうにないものが出てきてしまう。


  「あ、ごめん。少し重力がかかるってこと言い忘れてた。まぁ、マナちゃんのあれよりかは全然大丈夫だと思うから....って刹君大丈夫!」


ベンチにへたってる俺を見て、心配してくれた。


  「今度は....なるべく....やる前に伝えて....ほしいです」


やっぱり一つも二つも上の次元にいるお方達との規模は違い過ぎると思わされた。


  「おいおい、刹。こんなんでくたばってたらマナに勝てないぞ~」


一方でエネルの方は空間の隔絶による影響などなにもなかったかのようベンチに座っている。その様は紅茶入りのティーカップを渡し、口に持っていけば絵になるぐらい優雅であった。しかし俺へ投げかけた言葉のせいで、その優雅さは俺の中では帳消しになっていた。


  「先輩には勝てないし、そもそも戦わないよ。俺が相手するのは異形種であって先輩じゃない」


昨夜の戦闘で、先輩が常人離れしていることぐらい俺でも分かる。あれと真っ向からやりあえば数秒後の世界にお前は確立されていないぞ、と結界の中からでもそう肌で感じ取っていた。


「でも、こんなに大見得を切って魔術講座~なんて言いながら、実践教えるの下手なんだけどね」


てへ、っと自分の頭に軽くげんこつをぶつけていた。


  「そんな事ないですよ。昨日の魔術の歴史でしたっけ、単語や意味はともかく内容自体は分かりやすかったし面白かったですよ」


「あ~昨日のね。そりゃ起源は~とか歴史は~とかいったものは、実際にあったことをずらずら言うだけなんだけど、いざ実際に実践を教えると、昨日みたく刹君を混乱させてしまうって事に気づいちゃってさ、私教えるの才能ないわ~的な」


隔絶された空間の中で、エメルさんの声だけが反響していた。


  「ま、エメルちゃんって元々天才肌的な感じだからさ、教えるってより、自分の中だけで理解して使ってるって感じなんだよな」


おぉ、ほんとの天才がいたではないか。


  「ちちちょっとエネルおだてたって何も出ないわよ。天才なら教える事だって出来ちゃうだろうし、魔術に関しても拙い部分はあるしで」


だが、エメルさんは自分の能力を卑下するばかり。


  「またまたご謙遜を~一番近くで見てきたのは俺なんだぜ、エメルちゃんが天才じゃない訳ないだろ」


言葉に笑いが乗りつつも、しっかりとエメルさんのフォローするエネルは何だか微笑ましかった。


  「むぅ、エネルのバカ」


この二人のやり取りを見るだけでも何故か関係のない俺が心温まってしまった。


  「二人とも相変わらずに仲がいいな」


二人の口論をしている横で、そうポツリと呟いていた。


  「刹と凜ちゃんと同等ぐらいにな」


  「う......恥ずかしい」


こんなセリフまで言えてしまうのだから存在の次元が違くてもおかしくはないな。


  「よっと....」


突如としてエメルさんが、パチン―――と指を鳴らした。隔絶されていた空間は現実と調合していき、俺の視界に色が入る。


  「あれ、もう良かったんですか?」


異形種が出るまでの時間にはまだまだ猶予があるのにも関わらず、空間はエメルさんの手によってないものにされていた。


  「あーこの空間ね、中の時間の進み方が遅くってさ、中では1分間の時間が、外では20分経ってました~なんて事になっちゃってるの。まぁ、ブラックホールみたいな時間の進み方とでも覚えてくれてていいわ」


  「ブラックホール!!!」


時間の流れとかは正直どうでもいい。それよりも今はブラックホールの方が気になって仕方がない。


  「”たとえ”の話だけどね。本場のブラックホール程の時間の遅れを作れたら褒められるどころの騒ぎじゃなくなるわ」


無駄にそこだけはは強調して言ってきた。どうやらブラックホールまでのレベルに到達すると、めちゃくちゃ褒められるらしい。


  「エメルさんでも難しいんですね」


  「ぁあったりまえよ。第一そんなもの作ってしまったら、緊張状態のエデンとの関係は崩れるでしょうね間違いなく」


エメルさんがこんなに慌てふためくなんてよっぽどの事なのだろう。あっちは宇宙の均衡を保つために倒すのであって、それが異形種じゃなくて異形種という同じものを倒す同士であれば、容赦なくエネル達と敵対する。残酷だけど、それが俺の知らない世界で起こっている現実である、と


  「案外作れるんじゃないのかエメルちゃんなら」


エメルさんの実力を見透かしての発言なのか、エネルのその発言はどうも満更には聞こえない。


  「あんたねぇ...........ってほらエネルが変な事言うから異形種が湧いてきたじゃない」


エメルさんの指さす場所には昨日と同じ黒い影がぐちゃりと。


  「俺のせいか??」


不運にもエネルの発言と異形種の出現のタイミングが偶然にも重なり、第三者から見れば、エネルが異形種を呼び寄せたと言っても過言ではない。


  「まぁ、そんな事はとにかく、今は異形種を狩らないと......」


またあの悪夢が、と脳裏をよぎる。この時間帯になると通行人の影はちらほらとしかいないが、それでも数百人規模が駅から分散し各々の帰路を歩いて行っている。一か所に集まっていれば守ることぐらいは容易いのだろうが、分散しているとなるとそれは困難を極める。


  「しっかし、どうしてここら一体の異形種はこんなに強いのやら。もしマナの言っていたあれと関係しているなら、ちょっと厄介になるな」


一方で、黒い影には目もつけず、一人自問自答している男が一人。


  「って呑気すぎじゃないか?」


呆れたように呟くが、それは期待を込めた意味でもある。


  「ほら~昨日も言ったでしょ、根っこが出てくるのを待つって。もうせっかちさんなんだから~刹ってやつは~」


確かに、昨日言われたことを思い出せずに口走ったことは謝りたいが、でもなんでそんなオネェみたいな口調してるんだ。この感じ明の奴を思い出す。

  

  「はいはい、なんでも根っこが大切っと」


  「おい、絶対今こいつオネェみたいで気持ち悪いなって思っただろ」


どうやらこちらの心は見透かされている模様。


  「イヤァ~ソンナコト、ナイヨタブン」


  「あ、これ思われてるやつだな。俺なりの可愛らしさってのをアピールしたかったんだが、それはこいつらを狩ってからにしようか!!」


ベンチから立ち上がるといった彼にとって無駄な工程は挟まず、座りながらにして地面を蹴り、丁度地面から這い上がってきた異形種の目の前に止まる。


  「ほ~らよっと――――」


可愛らしい掛け声から出てきた拳は、異形種を現世に留めておくことを許さない。拳は鋭利なものなのかと思わせる程に一直線に穿たれた拳はいとも簡単に異形種を貫いていた。


  「あ......」


昨日のあの一瞬は余興だったのか、そう思わせる程に渋谷の異形種はそんなにも歪なものなのかと考える。出現した瞬間に貫かれる足元を見る間もなく散っていく異形種に同情する。あれに勝てるわけがないと。


  「ふぅ――――はぁ!!」


エネルは息をつく間もなく異形種一人一人に制裁を下すように拳を振るっている。それは実に単純な事だった。異形種が床から出てた瞬間に合わせてエネルが異形種に拳を添える。たったそれだけの事で、異形種はバラバラになっていく。あぁ、脆いのか、異形種ってやつはとエネルによって認識が曲げられそうになる。


  「刹君びっくりしてる?」


唖然としていた俺に優しく声をかけてくれた。


  「そりゃびっくりもしますよ。エネルと異形種の戦いがあれじゃ」


先輩と戦っていた時には、互いに拮抗していたのもあって闘いと呼ぶには相応しい物であった。しかし今この目の前で行われているショーはどうだろか。これが戦いに見えるのであれば、人格をも疑う、これは闘いじゃない、エネルの一方的な遊びだと、そう告げる。


  「まぁ、力の差が段違いだから仕方ないねこの場合」


俺とエメルさんが雑談をしている間に、50近くの異形種が顕現したのにも関わらず、その8割強近くが2秒と現世に留まることはなかった。昨日見た火のようなものは使われていない。使われたのは四肢だけ、移動するための足、抹殺するための腕、これさえあれば彼にとって、歪な渋谷であろうが関係などなかったのだ。


  「ほ~い、一匹だけ残しておいたから交代~」


数秒前に70程の異形種を抹殺した奴とは思えないほどの気さくさで手を振りながらこちらに近づいてくる。


  「本当に一匹だけなんでしょうね?」


  「それは大丈夫。昨日も確認したけど、一匹一匹はそこらのよりは数段上だけど、地球全体のリソースが枯渇してるのか、量にはある程度の限りがあるみたいだなこの渋谷においては」


一匹一匹が強そうとは到底思えなかったけどな~


  「それじゃ刹君、準備しよっか」


そうベンチから立つように促してくる。


  「意識しないように意識を右腕に刷り込むか......う~ん言葉にしてもややこしい」


詠唱で起因させるものとかであれば少しは簡単なのだろうが、生憎そんな生易しい物ではない。


  「ごめんね刹君。こればっかりはもうこういうしかないの」


自分の説明を悔いるように目を向ける。


  「練習あるのみですよね」


元々この地球は魔術とやらで発展してきた訳ではない。そんな環境下の中で、最初からポンポンと魔術を行使できる方がどうかしている。と心の中に言い聞かせ、ベンチを立ち上がる。


  「――っああああああああああああああああああああああ」


瞬間、右腕に激痛が走った。分かる、これは昨日の暴発を引きずっている痛みじゃない、3年前から知ってるあの痛みだ。


  「大丈夫、刹君!!」


  「刹!!」


痛みによって、思考はおろか周りの声や視界までもが脳の自己判断によって遮断された。金属が擦れ合う音が自分の中で反響する。それに吐き気を覚え、俯きながら吐瀉してしまう。あぁ、見えない自分が吐いたものすら見えない。後で掃除しないと凜に怒られる。そうだ学校に行かないと、こんな夜更けまで渋谷なんかにいたらろくな睡眠がとれないじゃないか!脳がフルに稼働し、思考を再開しようとするが、思考は上手く纏まらず、ツギハギだらけのものになっている。



  「ぁ.....」



分からない。右腕の痛みが。分からない。なんで痛み以外のものがついてくるのか。分からない。なんで俺は地面にのたうち回っているのか。ワカらない。俺をサスル二人が。ワカラナい。ジブンがどうかサエ。ワカラナイ。イキテイルカドウカサエ


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