バレてた?.......

とある■の声で目を覚ます。そこらに転がっている屍と同じなのに、手を差し伸べてくれる奴がいた。そいつは高潔な奴だったのだろうか、血塗られた■を嘲笑うのではなく、俺を見るなり不思議そうにただただ純粋に聞いてきた。”ねぇ、大丈夫”と、四肢がまともに機能してなく、喋ることさえ困難なこの■を見て聞いてきた。こんなことをされた後だ、■にとどめを差しに来た刺客の可能性が高いのに、■はそいつを”救い”としてしか見れなかった......








  「っ.......」


思考をする前に、ズキン....と、またこの痛みで目が覚めた。


  「ふぁあ~あ」


俺の痛みの発生と同時にエメルさんも眠い目を擦りながら起きる。一方でエネルは眠りが深いのか一向に起きない。今は取り敢えず深呼吸だけに意識を向け、痛みの回復に努める。


  「おはようございます、エメルさん」


しばらくし、深呼吸の効果が出始めて痛みが和らいだため、日常に戻そうとする自分と眠そうなエメルさんに喝を入れるため、少し大きめのボリュームで朝の挨拶をした。

  

  「おはよ~刹君、朝から浮かない顔してるけど何か変な夢でも見た?」


  「いえ、変な夢は見ていないんですが、また右腕の痛みが......」


エメルさんの眠そうな顔を見て痛みを紛らわしていたが、痛いものは痛いとありのままにエメルさんに伝えた。そういえば、昨日は初めて異形種と会って、右腕を酷使したんだっけな....


  「ははは」


数日前の自分とのギャップに思わず笑みがこぼれる。


  「あ~多分昨日の魔力の暴発が原因だと思うけど、どうする、今日の異形種狩り無理そうだったら....」


  「行きます。行かせてください、こんなことで立ち止まっていたら、いつまで経ってもこの地球の事は分からないし、自分の右腕の事だって」


情けをかけられる前に俺はその言葉を遮って言った。


  「そういうと思った。ふふ、エネルに似て刹君もそういう所頑固なんだから」


  「頑固と言いますか意固地と言いますか、とにかく何がなんでも行きますよ」


  「うん、オッケーそれじゃあ夜はまた三人で」


どうやら俺の思いが伝わったみたいで良かった。


  「それで右腕の事だっけ、数時間もすれば治るからそこまで気にしなくてもいいと思うけど、今は私がいるから」


こっちおいでと手を上下に振り合図してくる。何をするのかは分からないがその仕草が可愛いので、合図通りにエメルさんの近くまで行くことにした。


  「ほら、もう痛くないでしょ」


あの時と同じく、エメルさんは右手を俺の右腕にかざした。するとあの時と同じく、最初から痛みなど存在していないような気さえするぐらいに痛みがなくなっていた。しばらくは自分の腕に見入ってしまう程にエメルさんの魔術は神秘的だった。


  「やっぱり凄い、俺も頑張ればこんな風に」


  「私と一緒のは難しいけど、ある程度の修復なら頑張れば出来るようになると思う」


  「エメルさんの使ってる魔術って難しいんですか?」


  「うーん難しいってより、魔術としての根本の在り方が違うから、これに関してはどうにもって感じ、魔術について知りたかったらまた私を頼って、その時はみっちり叩き込んであげる」


  「みっちりとですか....」


もちろん習いたい気持ちだってあるし使えるようにもしたいが、前のエメルさんの授業で言っていることですらほとんど分からなかったのに、それをみっちりやられたら脳がパンクしてしまう。


  「まぁ、異形種が絶滅するなんてまだまだ先なんだから、気長に勉強しよっか」


  「そうさせてもらいます」


初めて異形種という存在に救われた気がする。


  「まだこんな時間か」


いつもなら凛が起こしに来てから右腕の痛みを緩和するために思考を始めるのだが、二日前と同じくまた右腕の痛みによって起こされてしまったので、本来起きる7時から10分早い6時50分に目が覚めてしまった。


  「早く起きたことだし、凛ちゃんの手伝いでもしよっか刹君」


  「うん、そうしよう」


いつも、朝ご飯やら起床まで、何から何まで凛に任せっぱなしだから、こうやって早く起きたなら、凛の手伝いでもしないと兄として情けがなさすぎる。


  「エネルも早く起きなよ~」


  「ううおれはまだねるぞ~~」


昨日の戦闘で体力を消耗したのか、随分と疲れた様子で答える。


  「はぁ、地球に来てから随分と怠けてるねこれは、エネルはおいて、私達二人で行こっか」


  「そうですね、エネルは昨日の戦闘の事もありますし」


  「流石に昨日は量も多かったし仕方ないか」


寝てるエネルを置き去りにして、エメルさんと、凛ちゃんの手伝いをしに階段を降りた。





「あーやっと起きたエネルさん」


「ちょうしょくをめぐんでくれ~」


朝食を食べ終え、皿洗いをしている所に、まだ眠いのか、呂律が回っていない状態で朝ごはんを要求してきた。


  「エネルさんかなりやつれた様子だけど大丈夫なの?」


と、エネルの様子を見るなり心配になったのか俺に尋ねてきた。確かに昨日のあの夜帰る時に少し様子がおかしいなとは思っていたけど、それ以外には何も変化がなかったからあまり気には留めていなかった。


  「まぁ、大丈夫だろ。なんて言ったてエネルだし」


そこまでたるや信頼を持たせてくれたエネル達はある意味で凄いな。


  「そっか、何ともないといいんだけどね」


凛の学校が始まるまでの時間が迫ってきているので、凛は学校に行く準備をし始めた。


  「おなかすいたよ~」


  「どうしよう、てっきりエネルさん起きないもんだと思って朝ごはん作ってなかった」


  「ええぇ」


慌てふためいている凛ちゃんにげんなりするエネル


  「分かったエネルの朝食は俺がなんとかするから、凛は学校に行くんだ」


  「刹兄、料理できないじゃん」


  「うっ...家庭科で習ったことあるし」


ストレートなツッコミに対応できず、つい子供じみた事を言ってしまった。


  「まっ、とにかくだな凛。たまにはお兄ちゃんでも出来るんだぞって所をな、ほら昨日信頼の話と同様で、俺の事をちゃんと信頼してほしい」


説明足らずで言葉はちぐはぐだけど、言いたいことは言った。


  「そこまで言うのなら大丈夫。私も安心して学校に行けるね」


俺の言葉を信用したのか、その後はとやかく言うこともなく玄関へと向かっていった。


  「あぁ、いってらっしゃい凛」


  「いってきます」


妹を毎日送り届けるなんてシスコンと思われても仕方ないが、でもこれが俺にとっての日課でもあり、日常でもあるから、夜の日常が変わろうとも、この朝の日常だけは絶対に変えさせない。


  「さっ、俺もエネルの朝飯作ったら学校に行かなくちゃな」


そう意気込みキッチンの前へと立った。


  「あの~刹さん、これは一体何なんでしょうか」


  「そのー.........」


冷蔵庫にあった具材を適当に調理した物を作ったが、時間がなく即席とはいえひどすぎて言い訳すら思いつかない。


  「まぁ、せっかく俺のために作ってくれたんだしな」


エネるは机に置いてある箸を取り、料理名すらないその物体に箸を入れた。


  「無理しなくてもいいんだぞ、今からでも適当にコンビニで買ってくるから」


  「いいってそんなの、作ってもらえるだけありがたいんだから」


そう言うと同時にその物体を口へと放り込む。じゃり、じゃり、と決して食べ物を食べているとは言い難い音がエネルの口の中から聞こえる。


  「んーみためよりはわるくねぇぞ」


口の中に物を入れながらフォローを入れる。


  「私も食べたい」


ソファーで朝のニュースを見ていたエメルさんが、話題に食いついてきた。


  「まだ、食べるんですかエメルさん。さっきご飯おかわりしたばっかですよね」

  

  「なな、失礼な、これでも体重は平均的ですよ刹君!」


聞きたいところはそこじゃないんだけどなぁ.....まぁ、どっちみち自分の料理を食ってもらえるってのは悪い気分じゃないしいいけど。


  「少し硬いけど大丈夫か」


  「大丈夫大丈夫、昔に食べてたものに比べればどんな料理も.....」


笑いながら、俺の作った料理、いや料理というには相応しくないので物体と言おう。エメルさんが俺の物体をかじった瞬間に”ゴチン”と、またもや食べるものから絶対に聞こえるはずのない音が聞こえた。


  「硬ったーーーー」


その場に蹲りながら、自分の歯が欠けていないか確認している。


  「あっ、そういえば冷蔵庫に眠ってたけんけらを入れたんだっけか。あれ美味しいんだよなぁ~」


  「単品で用意しとけ!!!!!!!!」


蹲っている体を必死に起こしながら、俺に大声を上げてきた。


  「いってきます」


  「いってらっしゃい刹君。さっきのお返しと言っては何だけど、夕食私が作ってあげるから」


  「あ、あ、それはどうもありがとうございます....」


笑いながらに仁王立ちをするエメルさんのその発言に悪寒が走った。


  「えっ!それってまさか俺も食うの」

  

  「エネルも食べてもらうに決まってるじゃん」


  「あっ、そうですか」


あぁ、これは地獄を見てきた目だな。とすぐさま分かり、夕食までが俺のタイムミリっトだなと確信した。だが、今日の帰りのバイトでまかないでも持って帰れれば何とかなるかもしれない、と考えた。


  「じゃ、いってきまーす」

  

  「あっ、刹待てコラーーー」


俺はその場を立ち去るようにして学校へと向かった。後ろでエネルの絶叫のような声がした気がするが、そんなのはお構いなしに自転車を走らした。












カツン、カツンと教室にはチョークが黒板を滑る音が響いている。授業中の過ごし方は皆様々で個性的だが、どの人にも言える共通点それは”静か”ということである。それはこの教室の中の権力者が先生だと言うことを示すような事でもあり、その権力にただひれ伏すだけの人間。それが生徒という立場という事も表しているのだが....


  「おい、刹 葉月先生の授業、昨日よりも殺伐としてないか?」


この男は権力者に反旗を翻す、いわば反逆者と名乗る者に相応しいぐらいの偉業を今この教室で鳥乃 明という人間が行っている。


  「それは、俺も思うけど、今は静かに授業受けるなり、お前の得意な居眠りでもしてた方がいいぞ」


昨日の和気あいあいとした雰囲気の授業とは一遍して、一言でも喋れば首が飛ぶと言わんばかりの雰囲気になっている教室に、俺も少しばかり疑問は持った。普通の先生なら当たり前のように感じるこの雰囲気、しかし今授業している先生は葉月先生。あの人がこんな雰囲気の授業を作るはずがない。


俺らが、ぶつぶつと喋っていると、葉月先生が板書に書くチョークが折れる。


  「茨木君と鳥乃君、静かにしてください」


床に落ちたチョークは最前列の机の下を転がり続ける。転がり続ける音と同時に葉月先生は冷たい声を俺達二人に浴びせてきた。


  「す、すみませんでした」


見た目とのギャップからその言葉を言われ、ただ屈するしかなかった。



  「いやぁ、それにしても怖かったなぁ」


沈黙の英語の時間が終わり、クラスの皆はそれぞれ10分間の休み時間を堪能している。


  「さっきのはどう考えてもあなた達が悪かったでしょ」


クラス委員の阿須が俺達に説教まがいの事をしてくるが、正論過ぎてぐうの音も出ない。


  「でもよぉ、ちょっと喋っただけだぜ~」


明が負けじと阿須に立ち向かう。


  「授業中は静かにしていて当たり前でしょ、少しでも喋ったあなた達が悪いわよ」


  「うっ........」


しかし、またもや正論を返され、明が折れた。


  「それでも、今日の葉月先生の様子は昨日と違った気がするけどな」


私語で注意された件についてはこちらに非があるが、それを加味しても今日の葉月先生の様子は普通では無かった気がする。


  「私たち葉月先生と出会って2日しか経ってないんだ、もしかしたら昨日の態度が嘘で、今日のあの姿が本当の葉月先生だって言う可能性もある」


  「そう...かもな」


出会って間もない人の知らない面を見たといってそれが偽りと決めてちゃ駄目だよな。でも、昨日の葉月先生が偽りなんて俺は少なくとも思えないんだけどな。


  






キーンコーンカーンコーン


全ての授業の終了を報告する鐘の音が聞こえる。丁度ショートホームが始まる時間帯と共に葉月先生が入ってくる。

  


 「今からショートホームを始めますが、特に伝える内容もないのでもう終わりです」


冷酷な声でのショートホーム開始の合図。それは開始から3秒も経たないまま、幕を閉じたのであった。勿論の事クラス中は、何事か、と言った雰囲気でざわつき、あの阿須ですらも少し困惑している。


 「あ、それと茨木君、挨拶が終わり次第、職員室に来てください。話があります」


クラス中の視線が葉月先生から俺へと変わり、何故?、と言わんばかりの表情をしているが、それはこっちのセリフだと返したい。


 「は、はい」


今ここで反対の意思を持った所で、後で余計に怒られそうだし、一旦ここは流しておこう。俺の返事に納得したのかその後は特にツっこむ様子もなく、帰りの挨拶を済ました。


 「なぁ、お前葉月先生に何やったんだー」

 

 「こっちが聞きたいぐらいだ」


職員室に向かう途中で部活に行く明と合流し、俺の呼び出しについて議論する。


 「ていうか、今日葉月先生が不機嫌だった理由って、刹と関係あんじゃねぇのか」


 「勝手に知らない所で不機嫌になられてもどうしようもないよ」


そう溜息交じりに呟いていたら、いつの間にか職員室に着いていた。


 「じゃあな刹、説教頑張れよ~」


 「あぁ、精々頑張るよ、居眠り野郎」


我高みの見物と言わんばかりの表情をしながら部活動に向かっていった。俺よりも授業中ほとんど寝ているあいつの方が怒れるべきだろうと内心思った。


鞄を下ろし、職員室の前の扉をノックする。昨日といい今日といい、ほんと葉月先生に振り回されてばかりだ。


 「すみません、葉月先生居ますか~」


職員室中に俺の声がこだまする。しかし、しばらくしても帰ってくる音は、パソコンのキーボードを打つ音だけ。


 「茨木君こっちきて」


 「そこに居たんですね」


これはまた待たされるパターンだなと思っていた所に、印刷室から大量の紙を持った葉月先生が出てきた。ただ雑務をこなしているだけなのに絵になるのは変わらずだなと思ってしまった。そして言われるがままに印刷室に入っていった。印刷室の中は思っていたよりも広く、対話をするには十分すぎるスペースがあった。他の先生が来れないようにするための配慮なのか、先生はしっかり施錠した。


 「さ、座って」


 「失礼します」


先生は印刷室の奥にある椅子を二人分こっちまで持ってき、俺に差し出した。妙なこの雰囲気、今にも尋問がおこなわれるかってぐらいだ。


 「で、茨木君が今日ここに呼ばれた理由分かるかな」


 「分かりません」


葉月先生は笑顔で事を聞いてきたが、それは悦から生まれる笑顔ではなく、怒りを通り越した先にある笑顔だった。そのような笑顔に負けじと、こちらも清々しい笑顔をしながら聞き返した。


 「ははは、そりゃ分かるはずもないよね、こっちでしか話題にならなかったし」


純粋な笑いを見したが途端に


 「こっちは昨日茨木君が知らない茨木君の事情で学校から校長から説教されたんだけどなぁ~」


感情というものを忘れたのか、真顔のまま俺を見据えそう語りかけてきた。


 「俺が知らない俺の事情?」


何故当事者でもあろう俺が呼び出されずに、葉月先生が呼び出されるのだろうという疑問はさておき、俺の事情を俺が知らない事なんてあり得るのか。


 「この件については一様丸くおさまった....いえ、丸くおさまらしたけど、事の発端である茨木君には聞いてもらわなくちゃいけないと思ってね、今日呼び出したの」


 「それで、あんだけ不機嫌だったのか」


 「不機嫌とは失礼ですね。私が今日不機嫌だったのはまた別の事でこの件についても茨木君が関与するのですが、まぁ、これはまた今度にします。それより今は昨日のことについてです」


なんか俺知らない所で葉月先生に迷惑かけすぎじゃないか。と言っても、昨日は葉月先生と初めて会って、部活の顧問になりま~す的な会話しか行っていない気がするのだが、何処に問題点があったのだろうか。


 「茨木君バイトしてるでしょ」


 「な、なんでそれを...」


凛とエネル達以外に言っていなかった極秘情報をこの人は何故知っているのだ。


 「それについてなんだけどねぇ~昨日その話が職員会議で話題になってね、「あの真面目な茨木君が、校則を破るなんて..」とか言われてたの。それを聞いた校長がね、「担任として恥ずかしくないのかー」なんて、私先生になって一日目だよ!そんな生徒一人一人の事情はおろか、名前すら覚えられてないのにひどくない?」


葉月先生は怒りを露にしながら俺に問いかける。


 「そ、そうですね。元からあの校長は狂ってますし」


 「だよね~ほんと昨日の時点で怪しいとは思ってたけどまさかあれ程とはねぇ~」



 「話が少しずれちゃったね。それで校長からあの言葉を投げかけられた後、「校則を順守しない奴はこの学校にはいらん」とか言ってきてさ、このままじゃ茨木君が停学もしくは退学になりそうだったから必死に説得したの。まぁ、説得するのに1時間もかかったんだけどね。これからはちゃんと順守するように」


再び、怒りを通り越した先にある笑顔で言ってきた。でも、もしこの人が説得に失敗していたら、俺は今停学もしくは退学になっていたかもしれない。


 「そんなことが...その、俺は見てないですけどあの校長の事だからきっと苦戦されたと思います、こんな俺なんかのためにありがとうございます」


頭を下げ、最大限の敬意を表す。


 「そうやって頭下げて言われると、こっちも説得した甲斐があるってもんです」


その言い方は昨日の葉月先生を思い出す。


 「じゃ、俺はこの辺で...」


話は終わりと区切りを付け椅子から立ち上がろうとするが


 「そんな慌てて。部活そんな急ぐ必要ある?」


葉月先生が、はて?と首を傾げるように聞いてきた。

 

 「いや、これからバイトなんで」


 「え?」


ごく自然な流れでこの後の用事を口にしてしまった。なんとも情けないこれでは、先生との会話の内容を真に受けていない証拠でもある。


 「さっきの私の話聞いてたかな」


今度は笑いすら消えた表情で冷酷に言ってくる。


 「もちろん、説得してくれたことには感謝してもしきれませんけど、それでやめる訳にはいきませんよ」


何とか繋いで誤魔化すが、先生の表情は依然として冷たいままだ。


 「今日からはバレないように努力するんで、どうかこの辺で~」


すぐさまこの部屋からの脱出を試みようと扉に手をかけたが、残念ながら扉は何回引っ張っても開かない。そういえば入る時にしっかりと施錠してたんだっけ、まったく天然なくせして、こういう細かい所に抜かりのない人だ。


 「鍵、私が持ってるよ」


人差し指で鍵を回しながら言ってくる。これが強者の余裕と言ったものだろう。


 「っ......」


 「さぁ、ここから大人しく出たかったら自重することだね」


圧力による強制的な降伏、社会の縮図がこの小さい部屋で体現されている。


 「でもこっちには正当な理由がある」


 「へぇ~先生に聞かせてくれるかな」


自らの勝ちを確信しているのか、葉月先生は敗者の言い訳を聞くような形で俺に聞いてきた。


 「俺の両親は火事で死んだんです。だから家で資金を調達出来る人間が俺しかいないんです」


 「茨木君の両親が.....」


回していた鍵が途端に止まる。俺最大の切り札が効いたのか、今日初めて見る葉月先生の唖然とした表情がそこにある。


 「分かって...くれましたか」


葉月先生の隙を見逃すはずもなく容赦なく説得させる。


 「あぁ、ごめんねそんな辛いことを思い出させちゃって。でも、ちゃんと正当な理由があるのなら、コソコソ隠れてやらなくてもいいんじゃないかな」


 「校長があれだから、どんなに重要な理由を言っても無駄なんですよ」


 「確かにね、はは」


先生という立場からでも手に余る校長は今すぐにでも辞めさせるべきであろう。


 「茨木君の事情は大体分かった。認めます」

 

 「認めるって....」


 「だから、茨木君のバイトを」


 「良いんですか?さっきあんなに...」


校長に怒られるのが嫌って


 「理由が理由だし、そんなことを聞いてしまった私の責任として、認めないとね。これでも茨木君の担任なんだしさ、困ってる生徒がいたら助けないと」


俺の説得が功を奏したのか、やっと昨日のような面影を取り戻した。


 「でも、さっきあんだけ学校に怒られるのが嫌って...」


 「あぁもう、ごちゃごちゃうるさいわね。とにかく行った行った」


人差し指を止まっていた鍵の束をこちらに投げ、あっちいけ、と言わんばかりの素振りでこちらの退出を促す。


 「よっと、ありがとうございます」


要件は片付いたので、その後は特に会話をすることもなく印刷室を後にした。

 

 「はぁー...」


職員室の扉の前で深く深呼吸をする。今日は何とか葉月先生を誤魔化せたが、次はそう上手くいかない。あの気迫に押され負け、言いくるめられてしまうのがオチだろう。印刷室から出たすぐ後に葉月先生の独り言のようなものが聞こえたが、バイトに遅れそうになるため特に気には留めず、バイト先がある商店街へと向かった。



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