惑星受胎

一匹また一匹と男はまるで作業の如く、異形種をなぎ倒している。それは戦いではなかった、異形種が抵抗する暇もなく、ただ一方的に男が虐殺していただけだった。


  「くそっ...やっぱり都会の方が居心地が良いのかは知らねぇけど、数が尋常じゃねぇな」


弱音を吐きながらも、変形して間もない異形種どもを華麗に薙ぎ払っていく。その際に二人の男と女が裏路地に入っていくのが見えたが、男は特に気にすることもなく狩りに集中していた。気づけば、辺りに人の姿は無くなっていた。異変を察知しすぐ帰ったのだろうか。それならいい無駄な労力は避けたいからと。


  「ふっ―はっ――!!」


異形種達はようやく変形が完全になったのか、男を迎撃しだした。しかし男にはそのような抵抗は全くの無意味。虎の手のようなものから繰り出される斬撃を、男は蝶のようにひらひらと躱し、異形種の足元目掛け、ずしん、と重たい音がする蹴りを一発入れた。異形種は悶えることなく、そのまま塵となって消えていく。


  「一匹だけにこれだけ時間を費やすのももったいねぇ」


男が異形種を一匹狩るのにかかる時間はおよそ2秒。狩るスピードにしては十分すぎるが、それすらも男は遅いと判断してしまう。


  「異形種さんも狂暴になってきているし、こっちも少し乱暴にしてやらないとな」


そして男はなるべく異形種との距離をとる、そのことに気づいた異形種はもはや周りの一般人を殺す役目などを放棄し、男を排除するためだけの機械となっていた。


  「おいおい、どうした。地球さんに怒られるんじゃねぇのかよ、本来の役目も果たせない木偶の坊さん達」


言語認識が出来ない異形種に向かい、慣れない煽りを異形種へとぶつけ、


  「じゃあな」


異形種が集まり丁度重なった所に、男は右手を伸ばし、異形種の群れを覆い隠すぐらいの炎を噴射した。異形種は炎に耐え切れずにゆっくりと苦しそうに塵になっていく。その塵が舞う中で男は、


  「昨日から違和感があると思ったら....こりゃ確定だ」


ただ一人、灯りすら灯らない渋谷の駅で異形種の残骸を見ながら、ポツリと呟いた。”明らかに権能の質が落ちている”と


  「おや、ただ茨木君の家に居候しぐうたらしているだけかと思ったら、仕事はしっかりとこなすようですね」


  「なんだ、先に獲物を駆られて拗ねてるのか」


観客のいなかった渋谷で、一人、歓声ではなく嘆声を投げかけてきた人物が現れた。黒瀬茉奈、恐らく今日の任務先の場所が偶然にも重なってしまったのだろう。でなければ彼女がここにいる必要性がない。

  

  「あなたが先に倒してくれるなら、わざわざこっちの手間が省けるというもの」


  「ちっ、相変わらずだな。もうちょっと優しくしてくれてもいいんだぜ」


  「幾分、難しい相談ですね」


男の軽い提案に、バッサリと切り捨てる女


  「それで、あんたにしては随分と遅い登場じゃなかったか」


男は素早く気持ちを切り替え、次の質問に移る。


  「えぇ、本当は異形種狩りに来た...と言いたい所ですが、エネルに注意喚起をしとけって、上司に頼まれたもんですから、わざわざ早く行く必要などないかと思いましてね」


確かに、異形種を狩るにしてはあまりにも軽装すぎると思っていたから、そういうことか、と心の中で納得した。


  「お互い面倒くさい上司をもって大変だな」


  「それについては同感です。しかし、それとこれとでは話が違います」


男に同情していた女の目の色がすぐに変わっていた。


  「今回の上司に伝えろと言われた件、あなたも心当たりがあるでしょう」


概ね、予想はついている。再構築放棄した責任を果たせ的なやつだろう。しかし俺が所属している組織、ましてやその組織と仲が悪いのならば、わざわざ俺達に注意喚起などという面倒くさいことをマナを通してする必要があるのか。


  「てっきり分かっていると思っていたんですがね」


呆れたように俺の目の前で堂々と溜息をつく女


  「はいはい、知らなくて悪かったな。で、肝心の注意喚起とやらは一体何なんだ?」


  「『おまえ達がここに留まるということは、いつ”哨戒班”が現れてもおかしくない』と」










日付が変わり、今日もまた帰るのは遅くなると凛に対し謝りながら裏路地を走っていく。入る時には短く感じたが、出口へ向かうこの道は長い長いトンネルのようにも感じた。暴発したことによる影響なのかなど考えているうちにようやく出口へとついた。灯りが一つも灯らない渋谷、その中で一人、ただ茫然と立ち尽くす男だけが輝いていた。


  「エネル~こっちも終わったよ~」


  「んっ.....あぁ、そうかそれは良かった。で、その右腕の実力如何なものだったのかな」


異形種を倒した直後だからか、エネルは空元気のように見える。


  「それが魔力が暴発して、上手いこといかなかったんだ」


ありのままをエネルに対し伝える。


  「やっぱりそうだよな~ 最初のうちって魔術の起動とかでも難しいし、少しでも変に意識するだけで、暴発するしで、魔術って簡単そうに見えて難しいんだ。だから別に気にするようなことじゃないさ」


  「そうだとありがたいが」


これで一年ぐらい練習してまだ使えなかったら流石に挫ける。


  「それで、今日の仕事はあらかた終わったけど、どうする?」


  「どうするって何だよ」


  「いやぁ、今から家に大人しく帰るか、”夜の渋谷を堪能するか”どっちが良いかなぁって」


まだ遊び足りないのか、突然に今からすることの提案をしてきた。エネルは賛成意見を貰おうと、あからさまに夜の渋谷を堪能するか、の部分を強調して言ってきた。だが俺とエメルさんがそのような事を許すはずもなく..


  「流石に帰ろう、右腕の事もあるし、あまり無理は出来ない」


  「私も賛成、もうくたくただよ~」


エネル以外の俺とエメルさんが反対意見を出したため、遊ぶという意見は否決に終わった。

  

  「ちぇ~遊びたかったのになぁ~」


唇を尖らせ、ふてくされた様子でこちらを見ている。


  「あんたの体力が尋常じゃないのよ。さっ、もう決めたことなんだし帰るよ」


  「いやぁーもっと遊びたいもん」


エメルさんがエネルの襟元を引っ張り、引きずられながらその場を退場していく二人。その様子はお母さんが駄々をこねる子供にやる行為に見えた。二人が居ないと家に帰れない俺は、あれと歩くのはかなり気が引けるが、背に腹は代えられないと思い夜の渋谷を後にし、着いていくことにした。やはり帰りもお金がないので無賃の空中移動となり、必死にエネルに捕まりながら家へと帰った。横から見えるエネルの表情が少し曇った気がしていたが、それよりも帰りの方がスピードが出ている件について問いただしたい所だ。



  「とうちゃ~~く」


10分程度の空中散歩が終わり、ようやく家へと着いた。


  「流石の大移動でこりゃくたくただ」


先程まで遊びたい遊びたい言っていたエネルも、戦いの疲れが出たのか、ぐったりしているように見えた。あそこで遊んでいるという選択肢を取っていたら、今頃渋谷駅で野宿でもしていただろう。


  「さっ、時間も時間だし家に入って寝るぞ」


  「は~~い」


鍵を取り出し玄関の鍵穴に差す。その後に続く感じでエネルとエメルさんも玄関の前へ立った。ガチャリと、普段ならば特に気にすることもない音が、夜中には近所迷惑かってぐらいに騒音に聞こえた。


  「みんな今までどこに行っていたのかな~」


  「ギャアアアアアアアアアア」


玄関を開けてすぐの所に、顔は笑っているが、鬼のような殺気が隠し切れない凛様がいるではないか。あまりにも玄関の近くにいたもんだから三人とも幽霊でも見たのかってぐらいに叫んでいた。


  「みんな急いで早く寝ること」


  「はい.......」


話を簡潔にまとめ、それ以上の事は何も言われず、俺達はその意見に対し、肯定し、凛に見守られる中二階へと上がった。凛が、この家での地位が一番高いことが証明された瞬間でもあった。


  「さっきの凛ちゃんすごい怖かったよぉぉ」


泣きそうになりながら、床に布団を敷くエメルさん。


  「ばれずに上手くやったと思ったんだけどな」


反省点を探すが中々出てこない。行くタイミングもバッチリだったし、寝ていますの看板もかかっていた。まさかあの看板ブラフじゃないだろうな、と内心焦ったが、わざわざそんな回りくどいことをする奴でもない。そんなことをするのならば行く前に直接言いに来るはずだ。


  「今日はたまたま凛ちゃんの寝相が悪くて偶然にも起きちゃったんじゃないのか」


敷いた布団に寝っころびながらエネルが言ってくる。


  「そうだといいんだがな。もし次見つかってみろ、今日はあれで済んだが...」


次はない、と首を切るようなジェスチャーをした。


  「はは、明日からはちゃんと凛ちゃんに許可取ってから行こう」


  「うん、それが一番だ」


こそこそ行くのは面倒くさいし、なにより次見つかった時の身の安全が保証出来ない。


  「これで明日からは堂々と行けるね」


部屋の明かりを消し、布団へと潜り込む。


  「おやすみ~エネル、刹君」


  「おやすみ~」


  「おやすみなさい」


今日も今日とて普通の日常ではなく、ついていけなかった部分もあったが、昨日の自分よりかはこの世界の事について少し知れた気がする。その事を思うと少しだけ成長できた気がする。皆が寝静まる部屋の中、俺は僅かながらの微笑みを浮かべながら眠りへとついた。

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