景観残滓

  「嘘だろ...」


娯楽施設を後にし、渋谷駅へと直行したが、平日にしては人が少なすぎな気がした。


  「あぁ、今日は一段と早く出そうだな」


  「そうだね....早く来れて本当に良かった」


駅を見渡しながら安堵している二人。


  「あの人達が...」


さっきほどの明かりがギラギラとしていてがやがやしていた渋谷駅とは違い、静寂に包みこまれ、灯りの主張も抑えられており少しだけ神秘的であったが、通りすがる人達の雰囲気は酷く重苦しいものがあった。顔は常に何かに怯えており、体の姿勢までもが何か重いものでも乗せられてるのかってぐらいに曲がっている。

 

  「あれは残業終わりの社会人だな、ああいう人達が異形種の対象となる。なんていったて脆いから狩るのが楽なんだろう」


今にも力尽きそうな体で、必死に鞄だけを掴んで家に帰ろうとしている、でも....


  「エネル、その発言はやめてくれ。吐き気がする」


そんな人達を見て脆いなんて言わないでくれ、と


  「あぁ、失言だったすまない」


流石にエネル自身も軽率な発言だったと謝っている。


  「いや、こっちも言い方ってものがあった、ごめん」


同じくこちらもエネルに対して謝罪の念を露にする。


  「ほらほら、お互いそんな調子じゃ異形種全部倒すなんて無理だよ」


間に入って場の雰囲気を盛り上げようとしようとしているエメルさん


  「それもそうだな、じゃしばらくここで張り切って、待機兼観察だな」


  「了解 エネル」


  「うん、分かった」


そうエネルが啖呵を切り、静寂しきった渋谷駅周辺のベンチでしばらく待機することにした。


  

待機してから15分ほどが経過した。周りの変化は特にないといえばないのだが、心なしかさっきよりも人通りが少なくなっているような気がする。と、ベンチに座って考えていると、途端に電光掲示板や巨大な広告への電力の供給がなくなり消えてしまった。目立つ灯りが消えてしまったので、いよいよ真夜中と言うにふさわしい風景になっていた。そんな突然の事態に通行人は気にもせずただ岐路へと足を運んでいる。恐らく都会ではこれが当たり前だと思っていたが、


  「来るぞ!!!」


それは何かしらの合図だと言わんばかりにエネルが即座にベンチから立ち上がり叫んだ。


すると急に地面のレンガのタイルの隙間から何やら黒い物体が出てきた。


  「あれが...まさか....」


  「あぁ、俺らが散々話していた異形種だ」


その黒い物体はくねくねと地面から必死になって抜け出そうと藻掻いている。そんな動作をしているのが70匹ほどいるので、流石に気持ち悪くなり、急いで目線を下へと向けた。


  「そうだ今は目線を下に向けておけ、変形しだしたら、こちらから合図するからその時になったら顔を上げてくれ」


  「分かっ....た」


あんな奇妙な生命体がこの地球に存在しているだけでも吐き気が止まらない、エネルやエメルさんそして先輩はあんな物と毎日戦っていたのか。

ぐちゃりぐちゃりと、まるで、芋虫か何かのぶにょぶにょになっているものをゆっくりと潰していくような音がする。その音はあまりにも不快であったが、視覚の方は遮断出来ても、聴覚までは完全に遮断することは不可能だ。


それからもしばらく、ぐちゃりぐちゃりと音を鳴らし続け地面から出ようとしている。正直精神崩壊しそうだ。


  「エネル!あれを今すぐに片付けちゃダメなのか?」


ぐちゃりぐちゃりと音が鳴り響く中で、俺の声は鮮明に渋谷駅中にこだましていた。これだけの騒音が鳴り響いているのに何故通行人は気づかずに歩いているんだ。


  「あぁ、地面から完全に離脱してからじゃないと、根っこにある核をそぎ取れない。出てくる際に変形するから厄介だが、根っこを残したままの方がさらに厄介だからな」


エネルも声を荒げながら答えた。やはりエネルの言っていた通り人を殺すことしか能のない生命体。こんなけデカい声で喋っても、音がやむことなく、ず~と音がぐちゃりぐちゃりと鳴り響かしている。それからしばらくして、徐々に音が小さくなっていき....


  「そーだ、もうちょっと......今だ!!!」


エネルの合図と同時に顔を上げ、異形種へと目をやった。


  「っ.......ぁ」


何だあれは...本当に存在していいものなのか。そのものを直視しただけで、頭の中に傷が入る。先程の黒い物体はまだ許容範囲で済んだが、こいつは今まで出会ってきたどの生命体にも明らかに属していない。そのくせ体の一部分は自分が知っているもので出来上がっている。恐らく自分の今まで培ってきた認識と異形種を見てしまったい乖離しているせいで一瞬頭が痛くなったのだろう。一つ一つが何から何まで違い、動物、ヒト型、その他諸々の生命体のパーツをブロックのおもちゃの如く、つぎはぎにただくっつけただけの物体。改めて、異形種と名がついたのも納得ができるほどだ。さっきのあの黒い物体の方が何百倍もマシと思える程にあの生命体....いや生命体というにはあまりにも欠陥しすぎている。姿、息遣いそしてあり方。何もかもが欠陥している。あれが地に足をつけてたっているだけでも違和感だらなのに、あれが一人でに動いて、人を殺害するなんて想像が出来ない。俺がそのような思考に至っているうちに、エネルは異形種の前に立ちふさがり。


  「いいか、刹 異形種を手っ取り早く排除する時はこうやって....」


そう言ってエネルは、異形種の足元に振りかぶって拳を入れた。そしてその拳は異形種の足を貫通し、異形種は一人でに散り散りなり宙へと舞った。生まれる時があんだけ歪に生まれたんだ。死に際も同じく歪でないと、脳にひびが入ってしまう。


  「拳でもやれるもんなんだな」


先程のエメル先生の授業では、魔術の方が手っ取り早いと言っていたので、てっきりあの炎でも使うのかと思っていた。


  「はいはい、刹君。ぼーっとしてたら」


突然、7メートル先にいる異形種が目を光らせこちらに襲い掛かってくる。ずーと動かずにただ立ち尽くしている所をエネルが仕留めていたので、動きは分からなかったが、実際に来ると、体感、銃の弾丸のように早く感じたが、走る姿でさえ歪でまともではなかった。襲い掛かってくる異形種に俺は何も対応できずに....ズサッ...と重い音が俺のすぐ近くでするのが分かった。見てみると、異形種の形はなくなっており、ただ異形種の足があった場所らしき所に氷塊らしきものが刺さっていた。



  「よそ見してちゃ駄目だよ刹君、いつ襲ってきてもおかしくないんだから」


それは、何も対応出来ずにただ突っ立ってるだけの俺を庇って放ったれた一撃だった。


  「ぁ...りがとうございます....」


  「いいってこんぐらい、それよりも刹君、あれ」


そう路地裏付近に指を差して訴えかけてくる。その指の先にはエネルが見逃したであろう異形種が女性に襲い掛かっていたのだ。


  「そんな!早く行かないと!」


異形種に抵抗する様子が全くない女性。そのままいとも簡単に、女性をどんどん路地裏の方へといざなっている。そんな光景に耐えられなく、急いでエメルさんの手を引っ張ろうとするが、エメルさんはそれを軽く振りほどく。


  「刹君、君がここに来た理由、それは異形種を倒すことでしょ」


  「そうですけど....!」


冷静に飛ばされてきた質問に焦ってこたえる。


  「それなら私は要らないはずだよ」


その声はひどく冷たく、辺りの異形種達を凍らせることぐらい容易いのではないかと錯覚してしまうほどに


  「なわけ....」


”ないだろ”と答えようとしていた口が無意識のうちに閉じていた。何のためにここに来たのだ、あの歪なものを殺すためにここまで来たんだろ。それなのに何故お前は直ぐに人任せにするんだ!


  「すみません、俺にあいつらを倒せる方法を教えてください」


周りが敵で埋め尽くされる状況下の中で、俺はエメルさんに向かって、律義にお辞儀した。先程までの静寂した空気は無かったが、俺とエメルさんがいる空間だけは、とても静かで安らげる場所となっていた。


  「この環境でそれだけのことが出来るんだ。うん、取り敢えず精神面では大丈夫かな。後は、肝心の異形種を倒す方法だけど、さっきやれなかった実践も兼ねてやってみましょう」


と、いつもの調子に戻り、逆に俺が手を引っ張られ、裏路地に連れてかされた。連れてかれる際に異形種を華麗に薙ぎ払うエネルの姿が見えた。


  「俺もあんな感じでやるんですか?」


  「もしかしてあれのこと、違う違う。あれはちょっと特殊なやり方でやっているだけだから参考にはしないでね~~」


などと、エネルの方を向いていた俺を無理やり路地裏の方に視線を合わせられ、スキップしながら向かっていった。そんな調子に俺一人だけがついていけなかった。



そんなこんなして異形種に襲われた人のいる路地裏へと着いた。


  「っっ......」


渋谷の路地裏は国立のとは違い、傷だらけの排水管、千切れてただの紐と化し垂れ下がっている電気のチューブ。機能を損ないだだ空回りしているだけのエコキュート。そんな乱れた環境の中、そこには、先程まで見ていた女性の姿はなく、ひどく衰弱しきっていた女性の姿がそこにあった。それを、表情一つも変えずに次の工程に着手しようとする異形種。隣のエメルさんは嫌悪を露に、俺は怒りで歯を鳴らし、ギリっ と、歯を噛む音だけが路地裏内に響いた。


  「刹君、今だけはどうか落ち着いて....必要な事を教えるだけ教えたら、あいつを吹き飛ばせばいいから」


  「なんとか、我慢します...」


例え戦いの素質があるかもしれないなんて言われたとしても、何も教わっていない、今の俺ではどうにもならない相手には変わりないのだから。


  「まず、その右腕を自分でよく見てみて」


  「こうかな...」


パーカーの袖をたくし上げ、まじまじと自分の腕を見つめてみる。たくし上げた腕にはびっしりと昔に負った火傷痕がこびりついていたが、これと言った特別性はなく、その”ストローク”とやらも目視では確認出来ない。しかし、そんな何の変哲もない右腕を見て、エメルさんは


  「やっぱり、魔力が暴走してる。何が起因してなのかは分からないけれど、確かに、今も尚あの時と変わらずに魔力はストロークを流れ、右腕の中だけで循環している」


きっぱりと俺の右腕の現状を話した。魔力が流れている事は十分に分かったが、暴走....とは一体何のことだろう。


  「この腕をどう使えばあいつを....」


異形種が今にも女性を殺しそうな雰囲気が漂っているため、気持ちが逸る。


  「焦らないで、ゆっくりとその腕をあいつに向けて」


エメルさんの指示通り、右腕を異形種へと伸ばし、念のため魔術の反動を軽減するため左腕を右腕の二の腕に添え、打つ方向と同じ方向に力を加え続けた。銃を持ち、対象に銃口を向ける感覚と似ているような気がした。


  「そう、後はゆっくり右腕だけに、そ~っと意識を刷り込んで...」


視覚、嗅覚、聴覚、あらゆる外界に接触しているネットワークを意識的に遮断し、全ての意識を異形種、右腕だけに集中させた。何も見えない、何も匂わない、何も聞こえない、ただその中で、異形種の輪郭、異形種から匂う血の匂い、全身の血液をフルに右腕に流し込む心臓の音、それだけが自分の体の中で、はっきりと認識出来ている。


  「いい感じ.....そのまま....」


エメルさんが何かを言っているのは肌で感じ取れるが、何を言っているかまでは分からない。もしかしたら緊急の報告ですぐにここから立ち去りなさい、という趣旨の報告かもしれない。けれどそれでもいい。今はこの意識を外界に触れさせずに、自分の右腕に閉じ込めているで感覚が、あまりにも心地が良いから...


バチッリッッッィィィィィ


  「うわぁ!!!」


突然!!!俺の右腕から稲妻のような形状をした光が、四方八方に飛び散った。遮断していたネットワークを慌てて外界へ接続する。するとそこには、怯えた女性と唖然とするエメルさん。排水管からは汚水が漏れ、エコキュートのプロペラは壊れ、そして見るも無残な異形種だったもの。全て自分が数秒前に起こした事だ。


  「あ......」


先程まで異形種に襲われていた女性は産声のように小さな声を上げその場で放心している。


  「大丈夫ですか、今手当しますから」


そんな様子を見たエメルさんが、はっ、と何かを思い出したように、一目散に女性の所に行き優しく声をかけ、右手をそっと女性の傷に置いた。あの時の俺のように女性の傷は、最初から無かった事かのようにされていた。


  「あっ.......ありがとう...ございます...」


震えた声で感謝の念を露にする女性、一方エメルさんは一瞬苦い顔をしていたが、すぐにいつも通り笑顔に戻り、女性を裏路地の入り口まで誘導していた。


  「何があったんだ..」


自分でした行いに対し自分で疑問を持つ。その原因である右腕を撫でたが、返事は帰ってこない。それもそのはず、外界に意識を向ける余裕なんて無かった。ただひたすらにこの右腕と異形種だけに意識を割いていたのだから、何が起こったなんて把握は、こいつ自身出来ているわけがないだろう。


  「........」


一人で佇む渋谷の裏路地。ここでいくつもの被害にあったかと考えると悲しくなると同時に、あの女性を救えたという少しの喜びが、右腕を伝って感じられる。俺は初めて誰かの役にたったのかもしれない。そう壊れた裏路地に立ち尽くしていると、介抱し終わったエメルさんが裏路地へと戻ってきた。


  「ただいま刹君」


介抱したことによる影響なのかは知らないが、先程よりもズボンの辺りが汚れていた。


  「エメルさん....」


  「聞きたいことはだいだい分かっている。”俺の放ったものは魔術なのですか?”でしょ」


まるで心の中の情報をハッキングされているかのように、エメルさんは俺の考えている事を言い当てた。


  「は、はいそうです。先輩やエメルさんの魔術を実際に見て綺麗に感じたけど、さっきのはそんな綺麗とか美しいなんて感じませんでした」


先輩や俺が放ったのは一体何だろう。


  「私やマナちゃんが使っている魔術は自然とそのような感情を持ってしまっても仕方がないわ、そして刹君のさっきのことについてだけど、恐らくあれは変に右腕を意識したことによって、ストローク内にある魔力の”保全”が働いた形になっていると思う。変に意識させる発言をした私に責任があるから、どうと罵って!」


自分の顔の前で手のひらを合わせ、罵りカモン!的な態勢をとり目を閉じ唇を震わせている。


  「そんな罵るだなんて、俺が頼んだことだし、エメルさんはただ意識をそ~っと刷り込むだけって言っていたのに、俺がすぐに意識を右腕に集中させてしまったからこんなことに」


エメルさんの体勢を元に戻しながら、エメルさんのせいではないと弁護する。


  「優しいね刹君って」


元通りの体勢に戻り、ズボンに付いた汚れを、ささっと払い、囁くような声で言ってきた。


  「それで魔力の保全の性質でさっきの暴発は起こったって言いましたけど、どうすれば暴発せずに、異形種だけにダメージを負わせる事が出来るんですか?」


暴発したことによる影響で周りの建造物にまで被害が及んでしまった。もし今後も同じような感じで暴発してしまったら、また建造物を破壊しかねないし、いつか誰かを傷つけるかもしれない。


  「う~ん、それに至ってはひたすらに特訓するしかないね。右腕に意識を刷り込むとか言っていた分際で言うのもあれだけど、魔術の発動は無意識でやるような感覚に近いかな。刹君も私もそうだけど、歩いている時って、別に何も意識をせずに右足と左足を交互に出して歩いているでしょ、それと一緒で、魔術の発動も、対象を見つけて、腕なり足なり対象に掲げたら、後は勝手に終わってるって感じ。でも、最初のうちってそんなことできっこないし、ましてや刹君は右腕にしかストロークがない状態だから、余計に意識が右腕にいってしまうのよね~」


頭を抱え、まるで自分の事のように悩んでいる。


  「やっぱり練習するしか....」


  「うん、そうだね。これからの異形種との戦闘で少しずつ慣れていくしかないね」


裏路地の暗い雰囲気に似つかわしくない、笑顔でそう言ってくる。


  「っと、あっちの方も、随分と待たせちゃってるから行こうか」


そういえば、最初に異形種の数を見た所、ざっと70匹ほどいた気がするが。その数を一人で、それもこの短時間でやったのか。相変わらず規格外な奴だ。俺なんて一匹倒すのに数分かかったのに。


  「はい」


異形種の微かな残滓が残る中、俺は一人の人間を救えたという誇りをもって、エメルさんと裏路地を後にした。

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