嘘
家に着いたときには時刻は7時10分と、さすがに全速力で飛ばしてきただけはある、そのおかげで大した運動量じゃないのにもかかわらず、肺が酸素を急いで取り込もうと必死に動いているのが分かる。でも、この近さだから出来る芸当であり、もっと遠い高校を選んでいたら、15分も持たず登下校の道でノックアウトしているだろう。こういう時に家から近い高校を選んでよかったと実感する。玄関を開け靴を脱いでいる所に
「刹兄遅い」
と、後ろの方から凛の声がするので後ろを振り返ると、少し眉が吊り上がり、いかにも怒っていますよ的なオーラを出しながら仁王立ちしていた。
「悪い悪い、少し部活の先輩と話していて」
「遅くなるなら連絡ぐらいしてよね、皆お腹空かして待ってるんだから」
「まだ、ご飯食べてないのか?」
「連絡さえくれれば先食べてたけど、あまりにも遅く帰ってくるから心配してご飯作れなかったの」
少し耳を赤くし照れた様子で言ってくる。
「それよりも、お風呂。順番的に次刹兄だから、今靴脱いだらお風呂場に直行して」
「はいはい分かったよ」
本当は先にエネル達と話をしたかったが、妹に言われるがまま、靴を脱いでそのままリビングに入らず、お風呂場へと直行した。
「熱っ....」
体を洗い終わり風呂につかろうとした瞬間、体感溶岩のような熱さの風呂に体が思わず反射してしまった。最近は夏なのでお風呂のお湯もぬるめに設定してあるが、何故か今日に限って熱めの設定にしてあった。考えられる要因としたらあの二人だろう、この件についても後で問いたださなければ。本当は熱いお湯は火傷痕にひびくと医者から止められているが、それでも疲れ切った体を癒したかったので何とか我慢して入った。
「はぁ~」
深くため息をつき、エネル達について考える。いきなり寝泊りしてきたり、懸賞金の奴らが来るとか嘘をついていたりと、只得さえ先輩が戦っているという事実だけでも脳がショートしそうなのに、これ以上状況をさらに複雑にされるとお風呂の温度の高さと相まって脳がいよいよパンクしそうだ。そういえば今日の朝もこんなことがあったな。しばらく風呂につかりあれやこれやと考えているうちに、いよいよのぼせてきた。
「あぁ、もう限界だぁ」
このままだとお風呂で窒息してしまうと悟ったので、急いで熱すぎる風呂から離脱した。ドライヤーをささっと済ませ、エネル達のいるリビングへと向かっていった。リビングの扉を開けると..
「刹君遅~い。もう私お腹減りすぎてしにそー」
「刹~湯加減はどうだったか。俺の好みで設定したから少し熱かったか」
と、相変わらず最初に出会ったときと同じテンションで接してくる。ていうかあのお湯の熱さ、エネルが原因だったのか。後でちゃんと怒ってやろう。
「二人とも申し訳ないが大事な話がある、ちょっと俺の部屋に来てくれ」
「ご飯食べた後じゃダメ~刹君」
「あぁ、今すぐにじゃないとダメなんだ」
エメルさんの方はまったく気づいていないけど、エネルの方はなんとなく事情を察していそうな雰囲気だ。
「分かった、凛ちゃん悪いけど、もう少ししたら食卓行くわ」
「もう、なるべく早くしてよ皆」
「あぁ、なるべく早く終わらせるよ凛」
そう言って凛だけをリビングに残し、三人は俺の部屋へと向かった。
普段は娯楽施設のような雰囲気と化している俺の部屋だが、今日だけは尋問に一番適しているといってもいいぐらいの重たい雰囲気が辺りを漂っている。
「それで話ってなに、刹君」
入って早々エメルさんは俺の学習机の椅子に座り俺に聞いてきた。お腹が空いてるのか若干怒り気味に聞こえたが、やっぱりエメルさんは気づいてなさそうだな。
「単刀直入に言うエネル、昨日の戦いの後に言った懸賞金目的の奴らの話、あれは嘘なのか?」
昨日までだったら信じられないぐらいにこの場の空気を俺が掌握している。しかしそれも束の間...
「あぁ、そうだ。俺は昨日お前に嘘をついた」
エネルから放たれた一言だけでそこら辺にある物をぺしゃんこに出来そうなぐらい物理的な重さがあり、この場の空気の支配権はあちらのものとなった。しかしここで怖気づいてしまってはこの空気に押しつぶされるだけなので、こちらも無理やり虚勢を張って
「どうして嘘をつく必要があったんだエネル」
命の恩人達としてあまり責めたくはないが、俺はこの人達を信じたい。信じたいから嘘偽りなく話をしたい。
「どうしても嘘をつくしかなかったんだあの時は、本当の事を知れば本格的に刹を巻き込んでしまうと思ったからな。でも、今は違う。ちゃんと黒瀬 茉奈 からも聞いただろ、この惑星についての現状を」
「あぁ、勇気を振り絞って聞いたさ」
あの時勇気を出して聞いたさ、分からないことだらけだったが、もちろんそれらを放置するつもりはない。
「どこまで踏み込んだ話をしたか分からないが、その話を聞いて平常心でいられるのは中々だな」
「無理やり奮い立たせてるだけだよ」
そうだ、震える足を必死に抑えつけて誤魔化してるだけで、本当は怖くて怖くて仕方がない。
「刹君もしかして根性とかでどうにかするタイプ?」
「はっは 相変わらず面白いな。よしこれなら話ても大丈夫かな」
そう言ってから、エネルはベットに、俺はエネルの下に座る形になり、そしてエメルさんは学習机の椅子に鎮座したまま話を聞くことになった。もしかして、昨日エネルが言っていた懸賞金目的の奴らという嘘は、俺の事を気遣ってくれての嘘だったらしい。だとしたらあんな態度でエネルに問いただしたのがすごく申し訳ないと思った。
「前提としてマナから異形種の話については聞いたか」
「あぁ、惑星のバグによって生み出された生命体なんだろ」
先輩はそれを排除するため戦うし、俺だってそれを知る立場になってしまった。
「あぁそうだ、本来の惑星では起こりえない事象、惑星の崩壊と共に徐々に数を増やしていく」
「ちょっと待ってくれ、惑星の崩壊ってなんだ」
先輩からも聞いていない単語が出てきて、思わず身を乗り出して聞いてしまった。
「はぁ、やっぱり話さなかったのか」
そう独り事のように呟いてから。
「まず崩壊ってのは、どこの惑星でも本来起こりえることなんだ。ただその崩壊は徐々に進行してゆき、最後は安らかに寿命を全うする、いわばその惑星の機能を失うとでも覚えてくれ。ただ、そこに生存している生命体、地球なら人間だな。その生命体が惑星が培ってきたものに反する行為を継続的に重点的にした場合、その惑星の寿命は崩壊のスピードが早くなり、惑星としての寿命が短くなる」
「惑星が培ってきたものに反する行為....」
「この惑星では主に、自然破壊や過去の戦争などだな。少しだけならともかく、この惑星の住民はそれをやり過ぎだ。そしてその生命体の行為によって惑星が取った救難信号が異形種というわけだ。異形種一人自体に対した力はない。けれど奴らには感情というものが最初から備わっていない、だから人間を躊躇いなく排除できる。人間自体ひ弱な奴らが多すぎるから、地球にとっちゃ無駄に強い奴を作るよりも、少し弱いが生産性の高い奴らを作った方が全体的なコスパがいいんだろうな。ちなみに津波とか台風とか地震とかってあるだろ、あれも地球が自然破壊をし続けている人間を消すために行なっている行為の一部に過ぎないんだ」
そんな事実があったのか..と今まで呑気に暮らしていた自分が情けなく感じる。
「こんなこと一般人に言っても分からないと思ったから、あえてマナはバグから生み出された存在って言ったんだろうな」
エネルにしては珍しく、先輩に気遣った発言だった。
「そして、それを止めるべく再構築をしに来たって訳だな俺達は」
「じゃあ、俺が再構築を拒んだことで、この地球の崩壊が....」
今更ながらことの重大性を知る。俺はあの時自分のことしか考えていなかった。俺が周りの人と同じ環境でずっと過ごしたいなんてわがままを言ったばっかりに地球は崩壊の道を辿ってしまう。
「刹が自分を追い詰める権利なんてどこにもないだろ、再構築をしない判断をしたのは俺なんだからさ。でも再構築ってのはあくまでも崩壊を少し遅くするだけの一時の救命措置ってだけなんだ、それなのに魔力はアホほど食うし、また数年したら来なきゃいけないから正直大変なんだ」
エネルは少しだけテンションを落ち着かせて俺に真っ直ぐな視線を向ける。
「でも、再構築をせずとも少しの間だけ生存できる手段がある」
「別の手段っことか?」
「まぁ一様別の手段だが解決には至らないって感じの策だ、まず異形種ってのは役割が最初から決まっているんだが、それが終われば勝手に消える。その消滅を確認した惑星は、生命体の排斥が終わったと認識しこれ以上異形種の量を増やす必要がないと判断する」
淡々と異形種の話について話すエネル。一方そんな話はどうでもいいのか、エメルは窓の外から入ってくる涼しい風を感じて気持ちよさそうにしている。夏の夜の風は春夏秋冬を通しても一番心地の良いものだろう。
「それって、異形種を全て排除すれば...」
「あぁ、地球自体に異形種は少なくなり、異形種が及ぼす被害も消える。まぁ場合にもよるがそれより最悪のケースになることもあるけど、今はそんな事はどうでもいい。もっと根本的な所が解決していないんだよこれについては」
恐らくは”崩壊”のことだろう。確かに地球の異形種を全て取り除けば、これ以上異形種による被害は消えるだろう。でもそれで、自然破壊はなくならない。むしろ異形種がいた時よりも悪化し、この惑星の崩壊に拍車をかける形となるだろう。
「じゃあ、どうすれば.....」
元より俺は一般人だ。そんな一般人が惑星の寿命を伸ばすか短くするかなんて判断は、考えることさえおこがましすぎる。
「はっきり言ってどうにかすることはできない。このまま異形種が増え人間という生命体が絶滅するか、それとも異形種を全て倒し少しの間だけ平穏に暮らして崩壊を待つか。それとも再構築するか。何をやっても 崩壊っていう事柄を変えるにはいかないんだ。」
普通の考えなら迷わず再構築を選択するだろう、けど俺には変わってしまった環境の中で皆がそれに気づかず俺一人だけ知って生活を送るなんて耐えられない。これはわがままだと自覚していていながらも、この意思を捻じ曲げる事は不可能だ。そして異形種という存在を知りながらも、それを放置し被害が拡大するのをただ傍観していくのも、到底見ていられない。なら、するべき事は決まっているだろう茨木 刹
「異形種を全て倒し、崩壊までの限られた時間の中で生存の道を探す」
「地球に反逆するってのか刹」
「あぁ、そうだ。今日の放課後に先輩から色々と話を聞いて、さらにエネル達からこれだけの情報を貰ったんだ。それで出したこの答えに後悔はないし、それに、人を殺す犠牲の上でしか成り立たない救済なんざ、地球自身としてのおこないも間違っている、それを正さなきゃ」
どっちにしたって放置したままでも最悪な運命を辿ることは間違えないだろう。なら最後まで足掻かなきゃ、こうならせてしまった原因として面が立たない。
「だからお願いだ無力な俺では、異形種一匹ですら倒せない。だからどうか力を貸してくれないか」
あぁ、自分が自分で嫌になる、なんてわがままなんだろうって。無力だから頼るのか、それ自体は決して間違えではない。でも俺は違う。わがままで無力だから、頼ってしまう。それじゃ生まれたばかりの赤子とそう大差ないし、確かな言語中枢が備わっている分俺の方が厄介だ。
「ふっ言うと思ったぜ。刹の頼みは了承した、このエネル再構築を放棄した責任として、この地球を必ず死守してみせよう」
「うん、エネルがそう言うのなら私も賛成だね」
「二人とも....」
そこには、嫌な顔一つせず、昨日の俺を助けてもらった時と同じ顔で俺に手を差し伸べてくれる二人が居た。それに、ただ純粋にありがとうと、二人の目の前でつい感極まってしまった。
「けど刹は、基本的に見学だけどな」
「流石に戦闘となると話は違いますからね」
無力は無力なりに頑張ろうと、そう決心した時に
「それは、違うよエメル君」
風に当たっていた顔をこちらに向け、俺の言葉を断罪してきた。
「昨日刹君を治癒した時に、君の右腕にストロークを発見したの」
「ストローク?」
またもや訳の分からない単語を言われ、首を傾げた。昨日から何度も首を傾げているため、もうそろそろ首の骨がおじゃんになってしまうのではないかと思った。
「ストロークの話をすると長くなっちゃうから、とりあえず覚えていてほしいのは......流れてるんだよ、君の体に魔力が」
ぐう~ かっこいい決め台詞的なものを言った瞬間。エメルさんのお腹から猛獣の鳴き声のような音が聞こえてきた。その音と同時に階段を駆け上がる音も聞こえた。
「ちょっと、いつまで話してんのよ、とっくにご飯冷めちゃったからねぇ!!」
いつまで待たせてるのと言わんばかりの妹がノックもせずに、ドアをケチ破る勢いで入ってきた。
「凛ちゃん、ナイスタイミング!」
と、自分のかっこ悪さを誤魔化すように、凛にグーサインを出していた。
「もう、話は終わったの?」
「あぁ、もう終わったよ凛。長いこと待たせて悪かったな」
「ほんとよ、何の話かは分からないけど、一番優先すべきはご飯でしょ。ご飯は体を作る源なんだから」
「それは、確かに一理あるかもしれないな」
ハハハっと笑いながら階段を降りるエネルとエメル。
「さぁ、刹兄もぼんやりしてないで」
「そうだな、冷める前に食わないと」
何故だか階段を降りるのに抵抗があったが、凛の後に続いて俺も階段を降りた。
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