覚悟

「そういえば、茨木君」


  「はっ!はいなんでしょう」


緊張な空気間だ漂っていたにもかかわらず、先輩は気の抜けた声で俺に話しかけてきたので少し動揺してしまった。


  「今日病院に行く日でしたよね。行かなくて大丈夫なんですか?」


その内容は昨日の夜の戦闘で俺に冷静さを取り戻させてくれた要因となった話の内容だった。


  「そういえばそうでしたね。でも、エメルさんが治療してくれたおかげで今は落ち着いてるので別に慌てる必要はないのかなと」


昨日の二人に出会うまでは、激しい腕の痛みに悩まされていたが、エメルさんが治療してくれてからというもの痛みが全くもって消え去った。


  「そうですか、それなら良かったです」


その事を聞いた先輩は、嬉しそうに微笑んでいた。しかしその微笑みも束の間、先輩の顔は、さっきまでの可愛らしい少女の顔ではなく、昨日の夜に見たあの顔になっていた。昨日の俺ならここで動揺していたが、今は違う。無知であれば良かったものを知ってしまった者の責任として、自分のわがままからこの地球が危機にさらされた責任として、その責任を果たさなくちゃならない。そう自分の心の中で呟き先輩を見据える。


  「今から話すことの全ては茨木君には何も関係はありませんし、知る必要もありません。ですが、今から話す情報を知れば、あなたはこの世界....いえ宇宙の醜悪さについて知ることとなり、本当にこちらの世界に介入せざるを得ません。それでもいいんですね?」


  「......」


覚悟は昨日のあの夜から出来ているはずなのに....それを拒もうとしている自分がいる。さっきまで責任がどうたらとか言ってたのに、いざその事について先輩から聞こうとするとなると、さっまでの自分が崩れていく。昨日のあれはノリで承諾しただけで、もしかしたら覚悟なんて決まっていなかったのかもしれない。見据えていた視線はいつの間にか下を向いていた。


  「今ここで、何も聞かず家に帰れば、普通の日常に戻れますよ。エネルとエメルの件はこちらで対処出来ますし」


先輩から放たれた言葉はこちらの心をくすぶってくる。


あぁ、いいなぁ。あの時コンビニに行かなければ......あの時公園に行かなければ....あの時エネルとエメルの会話を聞かなければ.....あの時勢いで飛び出さずいれば.....


バシッ!!っと思い切り自分の頬を叩く。それを何一つ表情を変えず先輩は見ていた。


ダメだ、その事を否定するな。それを否定したら今こうして日常が送れていない。あの時あの行動を取ったからなんとか今を生きているんだ、と心の中で楽に流されようとしている自分の手をつかむ。覚悟なんて決まっては無い。戻れるなら今でも戻って、普通の学生としての日常を送りたい。でも、それは出来ない。この気持ちは責任から来るものではなく、自分の醜さから来る怒りがそれを許さない。それでもいい、それが俺の原動力となるならば、この竦んで動かない足を動かせる。そう決心し、下ろしていた視線を先輩に戻す。


  「覚悟 決まりましたか?」


戻した視線の先にいた先輩は何一つ変わってはいなかった。


  「そんなもの 決まってるわけありませよ」


  「それじゃ、この話は無かったことで.....」


先輩は部室の扉に手をかける。


  「でも!!!!」


部室から出ていこうとしている先輩を自らの叫びで引き留める。


  「でも、許せないんだ。このまま何もせず、エネルやエメル、そして先輩が頑張ってるのに、自分だけのうのうと日常を送ろうとしている自分に」


今自分が思ってる全てを吐き出した。


  「だから.....」


しかし、その後は上手く話せないし声も震えている。きっと怖いんだ、未知のものを知ることでこれまで自分が思っていたものの価値観が変わることが。でも.........でも.....命の恩人である三人を放って日常を送るなんて、そっちの方が怖くて耐え切れない!


  「やらなくちゃ.....いけないんだ........」


そう、先輩に向かって弱弱しく呟いた。その一部始終を見ていた先輩は、深く溜息をついていた。お互い無言のまましばらくの時間が経った。そのしばらくしてから先輩が口を開き


  「本当は止めたくて仕方がありません。エネルとエメル達といれば戦闘も避けられないでしょう...........」


先輩もまた俺と同様弱弱しく呟いた。


  「でも、あなたの心の葛藤は良く伝わりました。どっちにしろ私が否定してもエネル達についていくんでしょう?」


  「多分そうだと思います」


  「むう~そこは素直に答えない所ですよ」


少し不貞腐れた様子で喋っていた。いつの間にか先輩の顔はいつもの顔に戻っていた。


  「ハハハ、せっかく怖そうな先輩として話をしようとしましたけど、茨木君の反応が可愛いので難しいですね」


  「可愛いって....」


今から大事な話をする時に緊張感のない笑いが先輩からこぼれる。正直な所殺伐とした雰囲気で話を聞いても、また恐怖が襲ってきたり、内容が分からなくなりそうだから、先輩がいつもの雰囲気で話をしてくれるのはありがたい。


  「で、昨日の私について、でしたよね茨木君」


  「はい、そうです」


改めて昨日の先輩とのギャップにビビらされる。さっきまでの先輩は昨日のような雰囲気を持ち合わせてはいたけど服装といい髪といいいつもの先輩のままだったので昨日よりかは歪には思わなかった。


  「うーん....て言っても何から説明すればいいんでしょうか」


  「先輩......」


  「すすすみません。あまり自分のあの姿について話をする機会が無いもので」


先輩は、家の中を駆け回る犬のようにおどおどしていた。


  「じゃあ、俺からの質問形式って感じでいいですかね?」


  「はい、その方が茨木君の聞きたいことだけをピックアップできるのでその方式でいきましょう」


すると先輩は部室の椅子に誘導してきた。


  「立ち話もなんなので、座ってゆっくりと話し合いましょう」


  「ありがとうございます、先輩」


椅子に座り、頭の中で何を聞こうかと思考を巡らす。こういう時に限って中々聞きたいことが出てこない。その悩んでいる俺を静かに見つめている先輩。けど、やっぱり一番引っかかることは何故先輩は戦っていたのか、ということだろう。


  「先輩はどうして戦っているのですか?」


  「やっぱりそこからですよね、普通の学生がいきなりいつもと違う服装で戦っていたたびっくりしますよね」


流石の先輩でもこの質問は予想の範疇にあったらしいと、一人でに頷いていた。


  「そうですね~まず私が何故戦っているのか、これはエネル達も言っていたようにこの惑星には似つかわしくない異常な生命体がいるからです」


  「異常な生命体?」


  「はい、私たちは異形種と呼んでおり、惑星においての起源から生じるバグのようなもの、とでも覚えてください」


それは人間じゃないのか、だとしたら・・・

 

  「先輩からしたらエネルとエメルも異形種だったというわけですか?」


確かに、昨日の公園であった時の雰囲気はとても人間ではなく明らかにこの地球にふさわしくない生命体だが、異形と呼ぶにはふさわしくない。どちらかというと俺ら人間よりも一つ上の次元の存在な気がする。


  「いえ、エネル達と敵対していたのには別の理由があるのです、昨日ちゃんと話すと言ったのでまずこちらから話さなければなりませんね」

   

失敗、失敗と言わんばかりの表情の先輩


  「ではまず、昨日何故エネル達と戦っていたのか、それは私の所属している組織とあちらの所属している組織の意見の方向性の違いからなるものです。私が所属している組織 エデン では、もしその惑星に異形種が出てきたら、その異形種だけを排除する。一方で、あちらが所属している ロクス ソロモン では、その惑星に異形種が出た場合、その惑星の環境が招いた欠陥であると定め、再構築を行い、対象の殲滅、そして二度とそのような生命体が出ないような環境を作るといった考えです」


先輩の話では、昨日聞いたような話も混じっていた。でも改めて聞いてみると、一つの疑問が浮かび上がってきた。


  「でも、目的が一緒なら、その...エデン?のお偉いさんが説得させればいいんじゃないでしょうか?」


  「いい着眼点です、茨木君」


先輩はまるで先生のように俺の疑問を褒めてきた。


  「でも、お偉いさんによる話し合いはもう済ませてあるのです」


  「えぇ!?じゃあ何で」


  「昨日エネル達も言ったと思うんですけど、こちらの上司はwelcome的なノリでいったのにもかかわらず、あちらの上司が中々に頑固な人でしてこちらの上司もその頑固さに見切りをつけて協力関係とはいかなかったんです」


俺みたいな一般人が言うのもあれだが、エネル達の上司って中々にやばい人だな


  「まぁ、協力関係ではないですけど、お互い殺す程の仲ではないことがまだ不幸中の幸いでしょうか」


確かに、エネルも先輩を戦闘不能にさせた後、殺すといった類のことは一言も発してはいなかった。


  「これが昨日私とエネルが戦った訳でしょうかね。再構築をするエネル達とそれを拒む私。その意見の相違によって昨日の戦いは起こりました」


意見の相違か....規模は違うけど、まず争いが起こる原因の一端なのだと再認識させられた。


  「他に聞きたいことはありますか?」


先輩が乗り気で言うので


  「その先輩が所属してるエデンっていう組織について具体的に教えてもらうことって出来ますかね?」


昨日から聞いていた エデン といった単語。正直さっきの解説でも出てきたけど、あまりよくは分からないので質問することにした。


  「あまり外に出すような情報ではないですが、覚悟を決めたんですから、特別に聞かせてあげましょう」


  「私が所属する エデン 元々私の上司達が学生時代に作ったとされるサークルが起源だとか言われてますけど、その辺はよく分かりません。世界においての均衡を保ち、一切のアンバランスを許さない環境を作るといったものが思想として掲げられています」


  「でも先輩。均衡を保つって言っても何を基準に均衡が保たれているって言うのですか?」


俺と先輩、もちろん他の人だって。何が地球において釣り合っていて、何が釣り合えていないものなんか人によって感じ方は様々だ。そんな曖昧な”均整”というものに対して整合性が取れているというのは、よほど洗礼された思想、思考の領域に達しているものではないと務まらないものだろう。


  「皆が皆違うベクトルでの均整の思想を持っているのは確かです。しかし、それでは組織としては纏まる・・・なんて美味しい話があればいいんですけどそうにもいきません。ので、さっきも言った通り、その惑星にふさわしくない生命体がいれば排除し、その生命体がいるのにふさわしい場所に返すといった、一つの基準を設けて組織として成り立っています。どちらかというと、警察のようなものでしょうか」


警察とは少しずれてるような気がするが、その異形種って奴らを一つの均整を乱すものとして考えているのかと、先輩の下手な例えは納得できなかったが、その基準には概ね納得出来た。


  「てことは、昨日エネルが言っていた懸賞金目的の奴らが先輩にとっての敵なんですか」


  「いえ、違います。そもそもあれはエネルが”地球に留まる”とか訳の分からない事をしたせいでして懸賞金目的の人らが勝手に地球に来るだけでして、私の殲滅する敵とは違います!!」


と、エネルの事になると無駄に熱く説教じみた口調で話してくる。


  「じゃあ、今もこの街にその..異形種が」


  「はい、今もなおこの街に鎮座しています」


  「まさかとは思うんですけど、テレビでやっていた連続失踪事件って.....」


  「異形種が関係していると見て間違いないでしょう」


分かってはいた、ここ最近不可解な事件が起こりすぎていた。テレビで報道される死者の数が日を追うごとに多くなっていたり、行方不明者の数も尋常じゃないぐらいに多くなっており見るたびに吐き気がした。けれど、やっと原因が分かった、異形種を潰せば、この街に平穏が訪れ.....


  「まさかとは思いますけれど茨木君、あなた異形種を倒そうなんて甘い考えを持っていますか」


再び先輩の雰囲気が冷たくなる。


  「だって、その異形種ってやつが事件の黒幕なんですよね。俺は無力で何も出来なく見学してるだけだけど、エネルとエメルさん、そして先輩もいるんだ、倒せないはずがないですよ」


俺は冷酷な先輩に向かって、昨日の先輩とエネルとの戦いの事を思い出しながら言った。昨日のあの戦闘を見て、この人らなら誰にも負けないと思っての発言だった。


  「実際、異形種ごとき私一人で事足りるのですが、問題はエネル達の方ですよ」


  「なんでそこでエネル達が出てくるのですか?」


昨日のあのやり取りの一部始終を見ていた俺からの疑問だった。エネル達は再構築を止め懸賞金目的の敵とやらを潰すって言っていた。確かに異形種とエネルの敵は違うのかもしれない、けれどエネル達もこの地球がそいつらで食い荒らされることになったら困るはずだ。それなら是が非でもこの地球を守るだろう、少なくとも俺はそう信じている。


  「茨木君は優しい人ですね」


  「!?」


唐突に先輩は言ってきた。


  「確かに、エネル達はこの地球を守るでしょう。けれどそれはこの地球のためではなく自分達のために守るでしょう。そもそも彼、エネルはあなたに一つ嘘をつきました」

 

  「嘘....」


  「はい、昨日彼は、この惑星に来る懸賞金目的の奴らを潰すといっていましたが、今の彼には懸賞金なんて掛けられていません。なので彼らがこの惑星に来た理由は他にあるでしょう」


  「他の理由って..?」


  「それは、私にも分かりません。彼らは再構築をすると言って来たようですが、それも本当かどうか。そもそも彼らは私たちとは一つも二つも上の次元です。彼らの考えている事が分かる人は、彼らと同等か、もしくはそれ以上か」


淡々と話す先輩に俺はただ呆然と聞いていた。じゃあなんだっていうんだ、昨日俺を助けたあの瞬間のことすら嘘だったっていうのか。


  「それは......違うと思います先輩」


  「どうしてそう思うのですか?」


  「だってそれじゃあ、俺を助けてくれた示しがつかない。本当に自分達のことしか考えないのなら俺を助ける必要性なんてなかったはずだと思います」


口調が荒くなる、先輩の前だとはいえあの時俺を救ってくれたエネルとエメルさんの事を否定されれば怒る。


  「確かに、そうですね。あの子の考えている事なんて誰にも分からない。ごめんなさい酷い事を言ってしまって」


  「いえ、俺の方こそ先輩に失礼な口調で....」


滾る心を落ち着かせる。


  「でも、彼らがあなたに嘘をついたのは本当です。なぜ彼があなたに対して嘘をついたのかは分かりません。けれど嘘をついたという結果は事実なのでそこはお忘れなく」


  「分かりました。家に帰ったら聞いてみようと思います」


再び釘を指すような口調で言ってきたのでその事を重く心に受け止めた。


  「家に帰ったら.....まさかとは思うんですけどエネルとエメルって今、茨木君のお家に.....」


  「あ」


先輩に言うのはミスったなと思ったがもう手遅れだ。


  「あれほど昨日、ホテルに泊まれといったのにぃ..」


先輩は見るからに憤怒している。先輩と関わってきて早1年ちょい経つが、ここまで怒っている先輩を見るのは初めてだ。


  「せ先輩、急にどうしたんですか。らしくないですよ」


怒りをあらわにしている先輩に向かって問いかける。するとすぐ怒りが収まりいつもの先輩に戻っていた。


  「すみません、みっともない所を。昨日茨木君が気絶した後に、”エネル達は目立つからホテルにでも泊まってほしい”という旨を伝えたのですが、どうやら私なんかの意見は聞かずに茨木君のお家に行っちゃったのでしょう。まったく反抗期ですかこのやろーって感じです」


まるでお母さんが息子に説教するように感じられた。


  「こっちも、朝起きたらいきなり「おはよう」って挨拶してくるからびっくりしましたよ」


  「まったく本当に何を考えてるのか分かりませんあの二人は」


本来先輩への質問形式という形でやっていたが、最後らへんはエネル達の話題でいっぱいになっていた。時間も7時前と、そろそろ家に帰らないと凛に叱られる頃合いになってきたので、最後に一つだけ先輩に質問することにした。


  「じゃあ最後に....先輩自身が戦うことになったきっかけは....」


踏み込んではいけない内容だと分かっていながらも、これが今日一番知りたかったことなのだから、勇気を出し聞いてみた。


  「■■が私を救ってくれたからですかね....」


今日初めてまともな質疑応答をした気がする。その質問が最後となり、時刻は丁度7時を指したていた、流石の先輩もこんな遅くなるとは思っておらず、急いで帰る支度をしだした、その先輩に続いて、俺も急いで椅子を片づけ窓の戸締りやらをした。


   

  「ふぅ~これで大丈夫ですかね。すみません私がもうちょっと上手く簡潔に答えて入れば早く終わったものを」


  「気にしないでください。元々俺のわがままで先輩を残らしてしまったんですから、謝らなくちゃいけないのはこちらの方です」


夏とはいえど7時になると流石に暗くなる、本来残らなくていいはずの先輩をこの時間まで残らしたのは少しだけ罪悪感がある。


  「まぁ、お互いに知りたいことを知れたのですし良しとしましょう。さぁ、茨木君玄関へレッツゴーです」


こんな遅くまで俺のわがままに付き合っていたせいで先輩は若干空元気のようにも思えた。その空元気の先輩に連れてかれるままに俺は部室を後に出たのであった。


  「じゃあ、また明日ですね茨木君」


  「はい、また明日部活で」

 

街灯が一つぽつりとだだ佇む駐輪場の中、俺は先輩に挨拶し、皆が夕食の用意やらお風呂、何気ない日常を送る中、俺は灯りのともってない帰り道を自転車で駆け抜けていった。

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