第49話 二回目の卒業

 翌日からリーナの姿は、サロンはおろか歓楽街でも見られなくなった。毎日来ていたわけではないものの、二週間連続ともなるとさすがにムジナ会でも気にする人が増えてきた。


「リーナちゃん最近遊びにこないよね~」


 サロンでフーミナが心配そうにつぶやいた。


「ここのところ忙しいんですかね?」

「より忙しいはずのレシチーが来てるんだから、その線はないでしょ」


 ヤトラの予想を、長椅子に寝転んでいたテフィルがバッサリと切り捨てた。不機嫌そうに寝返りを打つと、持っていた漫画を閉じる。


「やっとあれが来たんじゃない? ほら、女の子の」


 テフィルは隣で漫画を借りて読んでいたレシチーに尋ねた。


「体育でも普通に着替えてたし、リーナはまだ来てないよ。けど誘っても『そういう気分じゃない』って断られるんだ」

「なるほど。そういうことなら滋養強壮にいい薬、売ってやろうか?」


 話を聞いていたニオンが、カウンターから謎の小瓶を持って身を乗り出してきた。ラベルの無い瓶からは、禍々しいオーラが放たれているように感じられた。


「小学生が飲むものじゃないでしょ、それ」


 カウンター席に座っていたアイネが、ドン引きしながら指摘する。


「大丈夫だよ~。フーミナも飲んだけど~、ほんとにすごかったから~」

「そうなんですか!? で、でしたら私も一本……」

「やめなさい!!」


 思わぬ援護に乗せられそうになったメノを、アイネが慌てて止めた。よくわからない薬に手を出してはいけない。


「リーナのことはそういうのじゃ解決できないと思う。何となくだけど」


 話の軌道を元に戻すレシチー。親友がそう言うのならばそうなのだろうと、周りは妙に納得していた。


 少し沈んだ空気の中、サロンのドアベルが鳴り響いた。


「ごきげんよう、みんな!」


 明るい笑顔を振りまきながら入ってきたのはテルルだった。その後ろからセレンとユスフィルも続けて入ってくる。


「あら? 今日もリーナはいないのね」


 残念そうにテルルが言うと、近くにあったイスにドカッと腰を下ろした。その様子を見て、お行儀よくしなさいとセレンがたしなめる。


「姉様、最近セレンたちと一緒にいること多いよね?」

「お店の開業に向けて、エヴァニエル姉妹からバックアップを頂けることになったの」


 どうやら業界参入に向けて、本格的に動き出したらしい。テフィルの内心では、身内のお店ができる期待感と、身内がそういうお店を持つことへの抵抗感が入り混じっていた。


「三人で遊べるコースも作ってくれる?」

「コースの内容はまだ決めてないけど、設ける予定ではありますよ」

「やった! お店できたらリーナと行くね!」


 レシチーは早くも期待を胸に膨らませていた。だがリーナという名前を聞いて、ユスフィルは複雑な表情を浮かべる。


「リーナはちょっと難しいんじゃないかしら」


 ユスフィルがどう反応するか考えあぐねているところで、セレンが代わりに正直な感想を述べた。


「どうしてなのさ?」

「何かがキッカケでめることはよくあるのよ。遊びの世界ではね」


 何とでもない風に言うセレン。そんな彼女をレシチーがにらみつけた。


「まるでキッカケを知っているような言い方だね」


 セレンは何も答えない。


「ムジナ会のメンバーが減るかもしれないんだよ」

「誰しもが、特に貴族ともなれば、いつか卒業しなければならないものなの」

「初体験も『卒業』なのにか?」


 茶化しを挟んだニオンへ、二人が同時に顔を向ける。その表情を見たニオンは、ばつが悪そうにそそくさとカウンターの奥へと引っ込んでいった。


「リーダーなんだから何とかしようよ!」

「入りたい人を促しはしても、出ていく人を連れ戻すようなことはしないわ。女の子はデリケートなんだから」


 不満そうに頬を膨らませるレシチーだったが、それ以上は言い返さなかった。そもそも行きたくないという相手を、説得して連れてくるような場所ではない。それに何より、親友の意思は尊重したかった。


 ただ、そう簡単に抜け出せるとは思えないけどね――


 セレンが遠くを見ながら、誰にも聞こえないような小声でつぶやいた。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 歓楽街へ足を向けようとするたび、リーナは気分が急速に萎えていくのを感じていた。


 セレンの話を盗み聞きしてから、どうも相手の境遇ばかりを想像してしまう。なぜ彼らがこのお店へ至ったのか――ネガティブな考えが蔓延すると、やる気は瞬く間に霧散していった。


 いっそ相手の弱みにつけ込めるような人間なら良かったのに、とさえ思ってしまう。ムカツク奴なら平気で殴れるのだが、非の無い相手を叩き落すのは無理だ。


 こうしてリーナは今日もまっすぐ家へと帰ってきた。だがやりたいこともないので、そのまま自室のベッドに倒れ込む。宿題や勉強は後回し。


 しばらく後、心地良い疲労感の中でまどろんでいると、突然ドアがノックされた。慌ててブランケットを被ったリーナが返事をすると、メイドが中へと入ってくる。


「お嬢様、お手紙が届いております」


 差し出したものを黙って受け取ると、メイドは部屋を出ていった。高そうな紙でできた便箋を雑に破り、中身を確認する。


 セレンからの手紙だった。長ったらしい時候の挨拶は読み飛ばし、本題の部分を読む。


『――元気にしてたかしら、リーナ。

 たまたまリラクリカの無料券をもらったから、あなたにもおすそ分けするわ。

 いらなかったらそのまま捨ててちょうだい。

 たとえムジナ会に来なくても、みんなあなたのお友達よ――』


 リーナは同封されていた無料券を手に取り、じっと眺めていた。

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