第48話 遊びとシステム
結局あの後は、門限の午後九時が迫りつつあったので解散となった。帰り際、リーナはセレンに裏側とは何かを訪ねても、「純粋に楽しめなくなるからやめときなさい」とはぐらかされるだけであった。
(ダメと言われると余計に知りたくなるんだよな……)
子供らしい思考に陥ったリーナは、翌日になっても学校の授業に集中できていなかった。いや、元からあまり真面目に受けている方ではなかったのだが、その日は特に顕著だった。
「また先生に怒られてたね」
休憩時間、クラスメイトのレシチーにからかい半分で指摘される。
「やっぱり昨日セレンが言っていたこと、気になる?」
親友の考えることはお見通しということか。リーナは頬杖を突きながら小さくうなずいた。
「あたしたちと同じくらいの歳で、ああいうお店で働いてるんだもんな。そりゃ色々あって当然だろうけども」
複雑な心境で答えるリーナに、レシチーは苦笑いを浮かべる。
「いちいち気にしてたら、楽しめるものも楽しめないよ」
「わかってるけどさ……」
学校が終わり、
夕暮時ですらない平日の歓楽街を、リーナは早足で歩き続けた。大人はまだ仕事をしているか、子供は既にお店で楽しんでいるかで人通りはまばらだ。
リラクリカの角を曲がり、脇道へと入る。見慣れた扉の前に立ち、ドアノブに手をかけようとしたところで、リーナの動きが止まった。
中から話し声が聞こえてくる。
気にせず入ってもよかったが、何かを予感したリーナは扉に耳を押し当てた。誰かがサロンに来るかもという考えは、全く頭の中に浮かばなかった。ただ全神経を集中させ、会話に耳をそばだてた。
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「それで、お店を持つにあたって気を付けることとは何でしょう」
二人しかいないサロン内で、ユスフィルとセレンは相対していた。セレンは手にしていたティーカップを、音を立てないようにソーサーへと戻す。
「最も大事になってくるのは求人ね。サービスを提供してくれる男がいなければ話にならないわ」
「確かにそうですが、新参でも人は集まるものでしょうか」
「その辺は心配ないわ。ただ選ぶのはかなり大変よ」
かなり、の部分を強調しながらセレンが続ける。
「まず女の子と遊べる上、お金までもらえる仕事だと勘違いしている男は排除しなさい。そういう輩は現実との差に耐えられずにすぐ辞めるし、お客様を傷つける可能性が高いわ。女の子は特にデリケートだから、一度悪い噂が立てばやっていけないわよ」
「なるほど。でもそれだと大部分の男性が不採用になるのでは?」
「案外そうでもないのよ、特に子供ならね」
一瞬セレンが目線を外した。だがすぐに向き直ると、空になっていたユスフィルのカップに紅茶を注ぐ。遠慮するユスフィルに、気にしないでと言葉を添えた。
「話の続きだけど、この世界に飛び込む子供はどんな境遇か分かるかしら」
「下級市民が主ですよね」
「その通り。貧困にあえぐ彼らは、糊口をしのぐために出稼ぎへと向かう。そんな子供たちの主な働き口が、歓楽街のお店ってわけ」
生活がかかってるので、こうした子供は真面目に働く。子供が相手なら知識がなくても、多少失敗しても許される。むしろそれが目当てな大人の女性も多い。
「ただ同じ子供のお客さんを相手にさせるなら、しっかりとした教育が必要よ」
淡々と続けられた説明に、ユスフィルは顔をしかめた。それを見たセレンがなだめるように語りかける。
「これを搾取と捉えるなら、あなたはこの業界に向いてないわ。でも既存の福祉では救いきれない人たちも大勢いるの。歓楽街のお店は、そんな彼らへお金持ちたちが気持ちよくお金を渡すための、便利なシステム――」
「まるで慈善事業かのように言いますね」
トゲのある言い方になってしまい、ユスフィルはしまったという風に口を押さえた。だが、セレンはむしろ微笑みながら答えた。
「傲慢だとでも言いたいかしら」
笑顔から放たれる圧に、ユスフィルは内臓がキリキリと締め付けられるようだった。
「いいのよ、正直に言ってちょうだい。ここでは身分の差なんて関係ないわ。公爵家に不敬を働こうが、罪を問うたりはしない」
ユスフィルは黙ったまま、膝の上で手を握りしめた。未だ口を閉ざしているのは、恐怖からではない。
「何も言えないわよね。あなたも同じ穴のムジナなんだから」
扉の外から何者かが走り去る足音が聞こえた。セレンがすっと席を立つと、入口に近付いてわずかに扉を開いた。
「やっぱりリーナだったのね」
後ろ姿になびく赤髪を確認した後、そっと扉を閉めた。
「誰かいるのに気付いてたんですか」
「えぇ。あなたに紅茶を注ぐ直前、ドアベルがわずかに揺れたわ。今日は風もない、穏やかな日だというのに」
鋭い観察力に驚くユスフィルをよそに、セレンは先ほど座っていたイスに再び腰を下ろした。
「話を止めてもよかったけど、内緒にしてるわけでもないからあえて聞かせてあげたわ」
「リーナは昨日の話を聞いてから、かなり気にしてるようでした。下手するともう歓楽街に来れないのでは」
「それならそれで構わないわ。こんな遊び、いつかは終わらせなければならないもの」
いつかは終わらせる――寂しげな表情で言ったその言葉には、セレンの決意が込められているようであった。
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