第46話 予行演習 part2・後編
「結果発表ー!」
あれから三日後、いつものムジナ会のサロンにセレンの声が響き渡った。勝負の参加者だけでなくギャラリーまで加わり、もはや一種のパーティ状態である。
「の前に、前回優勝者のフーミナからご挨拶よ」
即席で作られた壇上にフーミナが上がり、笑顔で手を振った。
「みんなお疲れ~!」
そして壇上から降りた。
「いやもう終わりかよ!?」
「だって校長先生みたいにダラダラ話すの、みんな嫌でしょ~?」
「にしても、もう少し何かあるだろ」
とはいえ8歳児に長い挨拶文を考えろというのも酷かと、リーナはそれ以上は言わなかった。一応訓練と銘打ってはあるが、形式ばったものでもないため適当で十分である。
「因みに優勝した時は、いくらで遊んできたんですか?」
「1000ギノ~!」
「えっ?」
質問したメノが、フーミナから金額を聞いて言葉を失う。
「北東地区か。不滅の記録だな。誰も挑戦しちゃダメだぞ」
国内でも最悪の治安を誇る北東地区。加えてその辺りにも詳しそうなニオンが言うと、抜群の説得力があった。笑顔のままのフーミナをちらりと見つつ、誰もそれ以上深掘りしようとはしなかった。
「今回は参加者が多いから、まとめて発表させてもらうわ」
そう言ってセレンは各参加者から回収した紙を手元に広げた。紙には名前と行ったお店と値段が書かれている。読み上げられた結果は以下の通り。
アイネ:30000ギノ
テルル:19000ギノ
ニオン:7000ギノ(参考記録)
レシチー:ごめんなさい
ヤトラ:12000ギノ
ユスフィル:10000ギノ
※五十音順 ※※店舗名省略 ※※※メノは免除
まず何からツッコめばいいのだろうかと、リーナは頭を抱えた。
「興味深い記録のオンパレードなんだけども……レシチー、『ごめんなさい』とは何かしら?」
セレンが縮こまるレシチーに厳しい目を向ける。
「ひ、一人でお店に入れなかったの……」
涙目で訴えるレシチー。セレンは視線をリーナへと移した。
「どうして一緒に行ってあげなかったの!」
「あたしが悪いのかよ!?」
あまりにも理不尽な叱責だった。なんでもかんでも面倒を見るのが親友ではない。
「そもそも誰か一緒に行っていいなら、条件が変わってくるじゃないの。これ結婚相手の予行演習なんでしょ? あんた結婚初夜に友達連れてくる気?」
呆れた表情でアイネが言った。そーだそーだと同調するリーナに、レシチーはぐぬぬと顔を歪ませる。
「そういうアイネは30000ギノってなんなのさ! 勝つ気ないじゃん!」
「あら、私的にはリーズナブルなところを選んだつもりだったけど」
レシチーの訴えに対する返答は、あっけからんとしたものだった。確かに一回30000ギノは格安というにはほど遠い。
「もうちょい金銭感覚どうにかしたほうがいいぞ」
「親の小遣いで遊び回ってる貴族に言われたくないわよ! 自分で稼いだお金を何に使おうが勝手でしょ!」
確かにその通りである。リーナは返す言葉がなかった。
「とはいえ、ヤトラにはダブルスコア以上で負けね」
「うぐっ……」
セレンに揺るぎない事実を突きつけられ、今度はアイネが閉口した。それを見たヤトラがエッヘンと胸を張る。
「因みにヤトラは前回行ったとこと同じお店だったけど、まさか当たりをリピートしたわけじゃないわよね?」
「まさか! ちゃんと微妙な相手と遊んで、微妙な気持ちになってきましたとも!」
果たしてそれは自信満々に言うことなのだろうか。
「それに当たりの子、移籍したのかいなくなっちゃってたんですよ! どこに行ったかわかりませんかね?」
「悪いけどムジナ会で個人の捜索は受け付けてないわ。どこかのお店で偶然再会するのを祈りなさい」
ヤトラが残念そうな表情を浮かべるが、その子にも色々な事情があるのだろう。栄転したことを願うばかりだ。
「値段で言えばテルルも微妙じゃない? 確かに安いっちゃ安いけど……」
テフィルが指摘すると、言われた本人は頬を膨らませて言った。
「だって本当はもっと安いところに行くつもりだったのに、お姉さまが許してくれなかったんだもの!」
「セレン……?」
テフィルを始めとした全員の視線が集まる。だがセレンは全く動じなかった。
「公爵家の娘としてふさわしいお店を選らんだだけよ」
「自分は前回一万ポッキリのお店行ってたじゃんか!」
「それはそれ、これはこれよ」
繰り返されるテフィルの発言は、その度に棚上げされた。ここまで堂々とされると、逆に清々しくなってくる。
「因みに相手はどんな感じだったの~?」
フーミナが尋ねると、テルルはう~んと腕を組んで数秒考え込んだ。
「まぁまぁかな!」
「ちょっと! ハズレじゃないということは失格なのでは!?」
「アタリじゃないから失格じゃないわ」
さすがにここまで来るとヤトラが不憫になってきた。ムジナ会は皆平等ではなかったのか。
「というわけで優勝はユスフィルよ。失格になったレシチーは彼女におごってあげるように」
「そんなー!!」
悲鳴を上げるレシチーをよそに、勝利したユスフィルは納得のいかない表情を浮かべていた。セレンがテーブルの上に並べた紙の中から、一枚を指さす。
「参考記録とありますが、この7000ギノで遊べるお店は一体どこで見つけてきたんですか?」
「お、気になるかい? さすが商売人だ」
ニオンが自信満々にみんなが注文したドリンク類を運んできた。そもそも勝者の権利はもらえないのに、なぜ参加したのだろうか。
「おごってもらえる権利を丸々くれるなら、話してやってもいいぜぇ?」
なるほどそう来たかと、リーナは膝を打った。ここにいる人たちは大体がお金に困ってないとはいえ、興味深い情報には違いない。しかし、要求する対価が少々高くはないだろうか。
しばし思案顔になっていたユスフィルだったが、やがて顔を上げた。
「いいでしょう、教えてください」
マジで!? とテフィルが声を漏らした。
それもそのはず、今回の敗者となったレシチーは男爵とはいえ立派な貴族である。小遣い制であっても、かなりの額が引き出せるはずだ。
「話が早くて助かる! 場所変えるか?」
「いえ、独占するようなものでもありません。ここで聞かせてください」
太っ腹な返事にニオンは「ほぅ」と感心の息を漏らした。イスを動かして輪の中心まで持ってくると、そこにドカッと腰を下ろして話し始めた。
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