第45話 予行演習 part2・前編

 昼夜逆転したかのようなにぎわいを見せる歓楽街の一角。そこにあるムジナ会のサロンでは、セレンの周りには最近入会した者たち+αが集められていた。


 「今日集まってもらったのは他でもないわ。みんなそれぞれ好き放題に遊び回ってると思うけど、ちゃんと将来のことを考えてるかしら」


 少し離れた場所で様子を見ていたリーナは、この流れ前にもあったなと懐かしむ。


「いきなりなにかと思えば、商会のことは常日頃から考えているに決まってるじゃないですか」


 すぐさま反論したのはユスフィルだった。会長の長女とはいえ、さすがは14歳で商会の副会長兼支店長をやっているだけある。歓楽街に来てる時点で『常日頃』という部分には疑問符が浮かぶが。


「その通りよ! 大人なった私はこの国……いえ、世界一の大女優になってるんだから!」


 アイネも同様に反論する。性格も含めた将来の安定性でいえば、正反対の二人だ。なのにどうして全く同じように自信が持てるのだろうか。


「大人なったら……ですか? 私はお洋服屋さんになりたいです」


 将来の夢を笑顔で語るメノ。どこにでもいそうな大人しい子供だが、ムジナ会でもトップクラスの好奇心と積極性を見せている。


「私は魔法剣技スペロドのプロになるつもりだよ!」


 リーナの親友であるレシチーが鍛え上げた拳を突き上げた。ハツラツとした声で答える彼女を見ながら、きっと夢を叶えられるだろうとリーナは深くうなずいた。


 だが、これらは全てセレンが求めているものではない。


「みんなそれぞれ夢や目標があって素晴らしいわ。でも私が確認したいのはそうではなく、将来の結婚相手のことよ!」


 リーナより後に入会した者たちは皆キョトンとしていた。年齢層を考えれば無理もない。


「みんなお金があるから自分好みの相手ばかりと遊んでるだろうけど、将来の結婚相手は完璧とは限らない。だからこそ上級な男たちに慣れてしまう前に、妥協力を身に付けないといけないわ」

「そのためにわざわざ微妙な男の相手をしろって? 絶対に嫌よ!」


 激しい拒絶を示したのはアイネだった。プライドの高い彼女なら絶対受け入れないだろうことは、リーナも予想できていた。


「そういうのは結婚相手を選べない貴族だけでいいのよ。私は大人になったら、舞台で共演したイケメン主役俳優と恋愛結婚するんだから!」

「エソリア君は?」


 リーナが不意打ち気味に元彼の名前を出すと、アイネがグハッと胸を抑えてうずくまった。近くにいたヤトラも流れ弾を受けてテーブルに突っ伏した。


「ちなみに前回当たりを引いたヤトラも参加してもらうわよ」

「なんで私はもう一回やらなきゃならないんですかぁ~!」


 すっかり気を沈めていたヤトラに、更なる理不尽なパンチが襲い掛かる。泣きっ面に蜂ということわざが、ここまで似合う状況はない。


「この予行演習は『最も高いお店で遊んじゃった人は、最も安いお店で遊んだ人に遊び一回分おごる』という勝負でもあるの。ヤトラも参加するのに、アイネは戦いもせず逃げるつもりかしら?」

「ぐぬぬ……そういうことなら退くわけにはいかないわね……!」


 もはや確定事項となったヤトラの参加と「勝負」という言葉に、アイネは簡単に乗せられてしまった。セレンの人扱いの上手さは舌を巻くばかりだ。


「なんて素晴らしい勝負なんだ、私も参加させてもらうぜ」


 長い白衣の袖をまくったニオンが、バーカウンターの内側から身を乗り出す


「ニオンは元から格安店が主戦場だからダメよ」

「そんなぁ」


 だがセレンによってすぐ抑え込まれてしまった。


「貴族はそういうの必要ってのはわかるけど、一人で行けるかな……」


 中級店未満には一度も行ったことがないレシチーは、やはり不安気な表情を浮かべていた。リーナに懇願の目を向けるも、ハズレに巻き込まれるのが嫌なリーナは黙って首を横に振った。


「だったら私がアドバイスしてやるぜぇ? 料金はリラクリカ一回分で」

「ニオンはその辺りのプロだから、彼女にアドバイスを聞くのは禁止。ちゃんと自分で調べて、自分で失敗してきなさい」

「そんなぁ」


 またもやセレンにふさがれてしまうニオン。ただし、ボッタクリ店や危険な店はさすがに避けなければならない。それらの店のリストを作るようセレンが指示すると、報酬を確認したニオンは喜び勇んでカウンターの奥へと引っ込んでいった。


「というわけで、トラウマレベルの大ハズレは除外できるから安心なさい。ユスフィルもいいかしら」

「はい、販路拡大のための政略結婚というのは、無きにしも非ずですので」

「あのぉ、私は……」


 意外にも素直に従うユスフィルに続いて、メノが不安そうに右手を挙げる。


「メノは免除でいいわ。男性恐怖症が再発したら困るし」

「ありがとうございます!」


 メノがここへ流れ着いた経緯が経緯なだけに、セレンの判断は妥当に思われた。ただ彼女の好奇心の発展と経験の積み重ねから見るに、多少のハズレなら問題ないような気もしてくるが。


「やっぱりお姉さまの考えることはすごいわね!」


 ここまで大人しく姉の話を聞いていたテルルが、目を輝かせながらセレンの手を握った。


「私もお姉さまが言う『妥協力』を身に付けられるよう、頑張ってくるわ!」

「…………やっぱりテルルも免除で」

「ちょっと待て!!」


 何の根拠も見当たらない妹への優遇に、この場にいる全員から総ツッコミが入る。


「あんたまさか、妹を下等な男と遊ばせたくないから免除、だなんて言わないでしょうね?」


 真っ先に詰め寄るアイネ。しかしセレンは全く臆することなく、涼しげな顔で紅茶を一口飲んだ。


「テルルはメノと同じ10歳。まだ若いから焦る必要なんてないわ」

「じゃあアイネちゃんと同じ11歳になる来年に挑戦かしら?」


 セレンがテルルの方を向き、ニッコリと笑う。


「テルルは賢くて優秀だから、わざわざ予行演習する必要なんてないわ」

「さっきと言ってることが違うじゃないの!!」


 結局アイネの猛抗議によって、テルルも今回の勝負に参加することとなった。遊ぶお店と相手が決まったら、必ず事前にセレンへ伝えるという条件を添えてだが。


 いつもはカリスマオーラあふれるセレン。そんな彼女も妹が関わると珍しく動揺するのだと知り、リーナは大変満足したのだった。

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