第44話 小さなリード

 喧騒と欲望が交わり合う繁華街の一角。そこにあるムジナ会のサロンでは、今日も少女たちが語らいにふけっていた。


「ユスフィルはリードする方とされる方、どちらが好みかしら?」

「いきなりな質問ですね」


 バーカウンターの隣に座るユスフィルに向かい、セレンがノンアルコールカクテルのグラスを傾けた。常にカリスマオーラを放つセレンと、最も年上(といっても14歳)のユスフィル。二人が並ぶと、しっとりとした大人の空間のように見える。


「お付き合いするのであれば、私だけでなく照会もリードしてくれるような男性が理想です」


 サロン内には妹のテフィルもいるため、無難な答えでお茶を濁した。


「そういう意味で聞いたんじゃないのはわかってるでしょう?」

「わかってるけどそう答えたということは、そう答えたかったのだと察していただけないでしょうか?」


 だが、ありきたりな答えで満足するセレンではなかった。ユスフィルが皮肉で返すも、容赦するつもりはない。


「ちなみにテフィルは上に乗ってリードするのが好みだそうよ」

「ちょっと! 勝手にバラさないでよ!」


 飛び火したテフィルが抗議の声を上げる。ユスフィルも妹のそういう好みは知りたくなかっただろう。


「で、あなたは? やっぱり妹さんと同じ?」


 同時にテフィルも姉のそういう好みを知りたくないはずだ。一瞬姉妹の目線が合うも、すぐ互いにそらす。


「…………たくさん侍らすのが好きですし、どちらかというとリードする側が好みですかね……」

「そうですよね! やっぱりイケメンに囲まれるのは最高ですよね!」


 躊躇しながら小声で答えたつもりだったが、どこからともなく現れたヤトラが持ち前の大声で同調してきた。テフィルだけでなく、サロンにいる人全員の耳に彼女の声が飛び込む。


「自分好みの男性たちが、自分の言う通りに何でもしてくれる! 全身を包み込むのは忘我の境地! これぞまさに女の理想郷!」

「えぇ! えぇ! まさしくその通りよ! 彼らの上に立ち、一言命じるだけで素敵な光景を見ることも、最高の体験をすることもできてしまう! いわば究極の到達……点で……」


 思わぬ同志の登場に、ユスフィルはすっかり興奮して立ち上がっていた。だがドン引きしているテフィルの表情を見てようやく我に返った。しおしおとカウンター席へ腰を戻す。


「あなたの情熱、しかと聞かさせてもらったわ」


 セレンは大変満足気だったものの、ユスフィルは何も返さず自分のグラスをあおった。


「それじゃあリーナはどうかしら」

「無差別テロをやめろ」


 レシチーとトランプで遊んでいたリーナが、飛びかかる火の粉を払いのけようとする。だがセレンの前ではどのような行為も無意味だ。


「レシチー、リーナはどんな感じ?」

「リードされるのが好きなタイプだよ」

「お前ぇぇぇ!!」


 さらりと暴露するレシチーに対し、リーナは自分が持っていた手札を投げつけそうになる。


「あら、意外ですね。気が強そうなのでてっきり……」

「付き合いが短いとそう思いがちだけど、実際の所は王子様趣味のロマンチストなんだよね」

「お前親友だからってなんでもかんでも言っていいと思うなよ!」


 すっかり弄ばれているリーナに、レシチーはただ笑って答えた。こうなるとリーナだって黙ったままではいられない。


「お前だって初見の相手には毎回ビビッて、やりたい放題されてんじゃねーか!」

「あ、あれは仕方ないでしょ! 相手が何をしたら嫌がるかどうかもわからないし……」


 互いに顔を赤く染めて言い争う二人を見て、セレンもユスフィルも思わず微笑ましく感じてしまう。ケンカの内容は深く考えずに。


「結局レシチーはどっち派かしら」

「リーナがリードされる派だから、私はする派かな」


 セレンからの質問への返答に、ふーんと流しそうになるユスフィル。だが妙な違和感が頭の中を走った。尋ねようと口を開いたが、ヤトラの大声によって抑えられた。


「おや! ということはムジナ会はリードする派が多数派なんですかね!」

「そうなりそうね。私もリードする派だし」


 同意するセレン。リーナはむしろ彼女がリードされる姿を想像できなかった。


「でもテルルはどっちも好きなタイプね。今日はギリギリまで遊んでくるから、サロンにはいないけど」

「メノとアイネはどうかな?」

「アイネは絶対リードする側です! メノちゃんはされる方が好きそうですね!」


 勝手なイメージでヤトラがレシチーに答える。だが割とイメージ通りっぽいので、リーナは自然に受け入れた。


「ちなみに二人は今、演技の練習をしています!」

「結局指導してやってんのか、あいつ」


 アイネもなんだかんだで面倒見がいいのかもしれない。あれでもう少しメノ並の愛嬌があればいいのだが。


「ということは今のところリードする側が6人、される側が2人、どちらでもいいというのが1人かしら」


 ユスフィルが数えると、なんとも生々しい数字が出てきてしまった。こういう分野で少数派になると、リーナは何となく特殊なレッテルを貼られているようで嫌だ。


「因みにニオンは――」

「聞かなくていい、これ以上カウントを増やしたくない」


 カウンター内に声をかけようとしたレシチーをリーナが止めた。だが時すでに遅しか「なんだよつれないなぁ」とつぶやきながら、いそいそとニオンがカウンターの奥から出てきた。


「どうせリードする派なんだろ?」

「当たり前だ。何のために店まで行ってると思ってる」


 清々しいほどキッパリと言い切った。


 これでリードする側のカウントが7人となった。やはり興味を持って行くという性質上、夜にお店へ行く女の子はそういうタイプが多いのだろうか。


「こんばんは~」


 と、そこへフーミナが気の抜けた声でサロンの中に入ってきた。


 もはや逆転は不可能だが、リーナは少しでも同類を増やすべく彼女にも聞いてみることにした。こいつの同類で本当にいいのかどうかは置いといて。


「なぁ、フーミナはリードする側とされる側、どっちがいい?」


 来て早々の質問にフーミナは首をかしげた。だがすぐに理解したのか、頬をやや紅潮させながら笑顔で答えた。


「フーミナは~、リードを付けられるのが好きかな~!」


 斜め上の回答に、サロンにいた誰もが「そう……」と返すことしかできなかった。

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