第42話 演技指導
「アイネさん、折り入ってお願いがあります」
すっかり日が落ちた時刻、ムジナ会のサロンでくつろいでいたアイネに声をかけたのはメノであった。
「あら、何かしら」
「ヤトラさんから王立劇場の役者さんと聞きました。私に演技を教えてほしいんです!」
緊張の面持ちでメノが頭を下げた。弟子入り志願ともとれるお願いがアイネの自尊心をくすぐったのか、フフンと鼻を鳴らす。
「私の指導は甘くないわよ」
腕を組んで見下ろす姿は、大物女優の貫録を醸し出していた。だが弟子を取った経験がないせいか、色めき立っているのが隠しきれていない。
「ありがとうございます! とても嬉しいです」
そんなアイネの様子を気にすることもなく、メノは素直に喜んだ。
「なんだメノ、お前役者になりたいのか?」
話が聞こえてきたらしく、リーナとレシチーが二人の元へと近付いてきた。
「メノちゃんかわいいし、きっと人気者になれるよ!」
「そんな、かわいいだなんて……でも役者になりたいわけじゃないんです」
レシチーの率直なほめ言葉に照れるメノだったが、リーナの質問には否定の言葉を返した。
「実は最近ロールプレイで遊ぶのにハマってまして、真に迫る演技でなりきれたら、もっと気持ちがたかぶるんじゃないかと思ったんです!」
目を輝かせるメノに、三人は思わずコケそうになってしまった。そういえばこの子も同じ穴のムジナだったと、改めて認識させられた。
「私の技術をお店の遊びで使おうとしてんじゃないわよ!」
「だ、ダメなんですか!?」
この国トップの劇場で披露する演技力は、楽に手に入れられるものではない。さすがのアイネも不服の表情を浮かべていた。
「でも台詞が棒読みだと、相手の男の方も困ってしまうんじゃないかと」
「年下のくせに熱意の向けどころがおかしくない?」
しかしメノは引き下がらろうとはせず、アイネに食い下がり続けた。
「確かにロールプレイで相手の男の子が下手だったら萎えるよね」
「ですよね! やっぱり大事なんですよ!」
レシチーがうなずきながらメノに理解を示した。
「その言い方だと、お前もロールプレイで遊んでるのバレバレじゃねぇか」
「別にいいじゃん。リーナだってさ」
言葉の途中で、レシチーが振り向きざまにリーナのあごをくいっと持ち上げた。真剣な眼差しを向けながら、何が起きたか理解しきれないリーナの耳元に顔を近付ける。
「かわいいぜ、俺のお姫様――」
甘いささやきに、リーナは頭から湯気が立つほど赤面していた。そのまま足の力が抜け、へなへなと床に座り込んでしまう。
「みたいな感じで楽しんでるじゃん」
「お前ぇ! 誰がバラしていいって言ったぁ!」
立ち上がったリーナがレシチーにつかみかかる。だが軽い身のこなしでヒラリとかわされてしまった。
「ってかなんでそこまで詳しく知ってるのよ」
「リーナと一緒に遊ぶこともあるからね」
若干引き気味に尋ねたアイネに、レシチーは臆面もなく答えた。
「とにかくあんな感じで演技できれば、盛り上がること間違い無しです!」
メノが二人を指しつつ、アイネに懇願の眼差しを向ける。
「なんか無理やり丸め込もうとしてない?」
「ではアイネさんはロールプレイは一切しないんですか?」
「……するけど」
「ほら!!」
「『ほら』じゃなくて」
メノとのやり取りはもはや、らちが明きそうになかった。アイネは心を落ち着かせようと、水を一口飲んだ。
「わかったわよ、もう。簡単なアドバイスぐらいならしてあげるから」
「本当ですか! 三日三晩玄関前で土下座しなくてもいいんですか!」
「どこの頑固職人よ! そんなことしなくていいから!」
アイネは自分のカバンの中身をあさると、冊子を一部取り出した。
「これ、今やってる舞台の台本」
「すげぇ! 本物か!?」
「初めて見たよ!」
面白そうな物にメノを差し置いて、リーナやレシチーが食いついてくる。
「私たちに見せちゃっていいんですか?」
「友達くらいなら大丈夫よ」
本当に大丈夫かどうかはわからないが、何かあっても責任を取るのはアイネだ。と遠慮なくページをめくるリーナたち。かなり書き込みがされているところを見ると、相当な稽古を積んでいることがわかる。
「58ページの8行目に、主人公から告白を受けるヒロインのセリフがあるわ。試しに読んでみなさい」
台本も見ず、そらでセリフの場所を言い当てるアイネ。驚きつつも台本を受け取ったメノは、セリフの内容を確認してから大きく息を吸い込んだ。
「あぁ、嬉しいわ! その言葉をどんなに待っていたことか! あなたの透き通る瞳、心をなでる声、今まで一度たりとも忘れることなんてなかった。やっと私は、あなたのものになれるのね!」
一度も噛むことなく、迫真の演技でメノはセリフを読み上げた。意外な才能にリーナとレシチーは思わず聞き入ってしまう。
「なるほど、なかなかやるじゃない。さすがに舞台に立てるレベルじゃないけど」
一方でアイネの評価は冷静だった。棘のある言い方だったが、一言であれプロにほめられたメノは嬉しそうにはにかんだ。
「お店での遊びならそれで十分だと思うわよ」
「確かに相手の方からは『上手いね』とよく言われます。でも一つ問題が……」
しかしすぐに表情を曇らせながら台本をアイネに返した。アドバイスすると言った手前、アイネも真剣に耳を傾ける。
「クライマックスで達してしまうと、どうしても演技を忘れてしまうんです!」
「いやその……達する演技ならともかく、達しながら演技は無理じゃない?」
アイネの反応はド正論だった。
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