第41話 首都進出・後編

「お久しぶりね、ユスフィルさん」


 セレンが座ったまま挨拶した。 それを見たユスフィルが何事もなかったかのように顔を引き締め、頭を下げる。


「どうもエヴァニエル様、あの時は大変お世話になりました」

「楽にしてくれていいわ。気に入っていただけたようでなにより」


 頭を上げたユスフィルが、セレンの前の席に座る。テフィルは実の姉に未だ声をかけられずにいた。


「妹さんから聞かせてもらったわ。支店長就任おめでとう」

「ありがとうございます。今後は当店をごひいきに……」


 形式的なやり取りを終えたあと、前に乗り出してセレンに耳打ちする。


「それでその……本日リラクリカは開いてるでしょうか?」

「もちろん、他にもオススメのお店は沢山あるわよ」


 その言葉にユスフィルが目を輝かせた。下腹部を気にしながら、浅目に座り直す。


「ただし、情報を得たいのならムジナ会に入っていただかないと」

「ムジナ会?」


 セレンが改めて説明する。うんうんと相づちを打ちながら、ユスフィルは真剣に耳を傾けていた。


「ちなみにあなたの妹さんも会員よ」

「なるほど、テフィルが……」


 ユスフィルがチラリと妹の方を見やる。目線をそらしたテフィルは、イスの背に隠れてしまった。


「もはや私が言えたことではないわね。今日から入会させてもらいます」

「ようこそ、同じ穴のムジナへ。身分の垣根を越えて歓迎するわ」


 笑顔で両手を広げるセレン。それに答えるというわけでもなく、ユスフィルが周りを見渡す。


「今いる皆さんも会員かしら」

「えぇ、ここにいない人たちもいるけど」

「そういえばそちらの方は前にもいらしたわね」


 自分に視線を向けられたリーナが、どうもと軽く会釈した。


「あの時は恥ずかしい姿を見られてしまいました」


 ついさっき現れた時も大概だった気がするが、リーナは黙っておくことにした。


「妹のテフィルがご迷惑をかけてないでしょうか」


 姉の言葉に、テフィルがムッとした表情を浮かべる。


「大丈夫だ、もっと迷惑かけてる奴がいるから」


 テーブル席の方を見ながら、リーナが答えた。


「ヤトラ、見られてるわよ」

「絶対アイネのことでしょう!」

「どっちもだよ!!」


 三人のやり取りをユスフィルは微笑ましく眺めていた。だがテフィルの表情は変わらない。


「それはつまり、僕も迷惑はかけてるってこと?」

「なんだよお前、せっかくフォローしてやったのに」

「フォローになってないんだよ」


 今度はリーナとテフィルが火花を散らし始めてしまった。相変わらずの二人の仲の悪さである。


「まとめるのが大変そうですね」

「そう思うなら手伝ってもらってもいいかしら。最年長会員のあなたに」

「私が最年長……」


 ユスフィルが改めてサロン内を見渡した。確かにここにいるのは明らかに自分よりも小さな女の子ばかり。


 目が合ったテルルがにっこりと笑顔を返した。


「自分も大概なのですが……ここは相当ヤバい所では?」

「本当にあなたが言えたことじゃないわね。それにこの程度でビビってもらっちゃ困るわ」


 セレンがそう言うと、まるでタイミングを計ったかのようにサロンの扉が開かれた。


「おぉ~! 今日は人、いっぱいいるね~」


 遊んできた帰りなのか、実に満足げな表情を浮かべながらフーミナが入ってきた。周りの女の子よりも一回り以上小さな子が現れ、ユスフィルは目を丸くする。


「まさか……」

「そのまさかよ、彼女が最年少会員の――」

「はじめまして~、フーミナだよ~! 今年8歳~!」


 めまいを感じたユスフィルが、イスから転げ落ちそうになった。フーミナは特に気にせず、無邪気な笑顔のまま彼女を見つめている。


「こ、こんなことが……」

「許されるのはご存じのはずよ。究極的には、どのようなことも」


 はっきりと言い切ったセレンに反論しようとするが、言葉が出てこない。既にユスフィルも同じ穴のムジナだからだ。


「ムジナ会は情報共有だけでなく、そんな彼女たちを守る役割もあるの。だから安心して妹さんを預けてほしいし、あなたも楽しんでほしいわ」


 にこやかな語りかけにしばし逡巡する。やがてユスフィルは大きく息を吐いた。


「テフィルは本当に大切な妹なんです」


 ゆっくりと語り出すと、リーナとにらみ合いを続けていたテフィルの耳がピクリと動いた。


「間違った方向には進んでほしくない」

「まさか自分が正しい方向に導けるとでも?」

「そんな傲慢な気持ちは、あの日の夜に初めてと共に棄てました。だからこそ、ムジナ会を信じようと思います」


 ユスフィルが右手を差し出した。


「その代わり裏切ったら、たとえ公爵家だろうが全力で戦います」

「いいでしょう、決して約束は違えないわ。エヴァニエル家の名において」


 その手をセレンが強く握り返した。ようやく二人が共に笑顔で向き合った。


「なんだかよくわかんないけど、感動的だね~!」

「結局、姉様も遊びたいだけじゃん」


 いつの間にかフーミナの横に来たテフィルが悪態をつく。だがその表情は決して悪いものではなかった。


「それじゃあ仲良くなったところで――」


 テルルが本棚から分厚いファイルを取り出し、ユスフィルの目の前のテーブルに置いた。


「早速遊びに行っちゃおうよ!」

「テルル、今の時間からだと……」

「ショートコースなら大丈夫だって! それに、そっちのお姉さまも待ちきれないみたいだし」


 話を振られたユスフィルが、照れ笑いを浮かべながら目線をそらした。テフィルがじろりとその様子を見つめている。


「というわけで、リラクリカ以外だとこことかオススメよ! サンプルの写真も豊富だし!」


 すっかり慣れた手つきでファイルを広げていくテルル。ユスフィルはそこに挟まれている写真にすっかり釘付けになった。


「な、なかなか大胆ね……」

「確かにこれはいい感じかもしれない……」


 気がつくとテフィルも姉と共に写真をのぞき込んでいた。


「じゃあ二人とも、どれが一番好みか指さして。せーの!」


 テルルの掛け声に釣られて、思わず二人とも正直に指し示してしまった。


「おぉ~、すご~い! 同じ男の子~!」


 拍手するフーミナ。同じ写真に人差し指を当てた二人は、全く同じように顔が真っ赤になった。やはり姉妹の血は争えないようだ。


「どうする? 三人で遊んじゃう?」

「誰が姉妹で遊ぶかぁ!!」


 テルルの問いかけに対し、姉妹は息ピッタリに否定したのであった。

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