第40話 首都進出・前編
ムジナ会のサロンでは、ムスッとした表情のアイネがテーブル席に座っていた。そんな彼女に、ニコニコ顔のヤトラが執拗に絡んでいる。
「いやー、あなたがアイネさんだったとは! 実におキレイですねぇ! しかも王立劇場の子役だとか! エソリア君と付き合えるのも納得ですよ! あれ!? でも今はもう別れたんでしたっけ???」
「あーもう、うっさいわね! いつまでイジれば気が済むのよ!」
今までの意趣返しとばかりに煽りまくるヤトラ。そもそもの原因はエソリアなのだが、意中の人がフリーになったのがよほど嬉しいのだろう。
「あんな最低野郎のどこがいいんだか」
「最低野郎じゃない!! 素敵な男の子だから!!」
リーナへの反論の声が重なった。殴り合いの大ゲンカをしたにもかかわらず、アイネもまだ未練があるのか。
「エソリアも罪深いな……ってかあれだけのことがあってここに来るのかよ」
「さすがに支配人にバレていくつか役を干されてね。少し暇になったからこっそり通わせてもらってるわ」
全く懲りていない辺り、やはり相当の好き者だ。リーナが言えた身ではないが。
「だけどそれでクビにならないなんて、よっぽど演技の才能があるのね!」
羨望の眼差しを向けたのは、数日前から新たにムジナ会の会員となったテルルだった。
「まーね! これでも私、天才子役だもの!」
公爵家の娘(妹)に褒められ、気を良くしたアイネが胸を張る。見た目は愛らしいのだから、もう少し謙虚になればいいのにとリーナは思った。
「でも遊び人と知られた以上、エソリア君とは二度と付き合えないでしょうね」
セレンに辛い現実を突きつけられたアイネと、ついでにヤトラが肩を落とす。
その時、サロンの入口の扉が勢いよく開け放たれた。鳴り響くドアベルの下で、テフィルが汗を流して息を切らしている。
「どうしたんだよテフィル、そんなに慌てて」
「姉様が……姉様が来る!」
まるでモンスターが襲撃しに来るかのように鬼気迫っていた。
「お姉さんって、ユスフィルさんのこと?」
「そう! セレンがあの時、欲望を解放させた……」
皮肉を並べていたテフィルの動きがピタリと止まった。
「あれ? アイネじゃん。なんでこんなとこにいるの?」
「それはこっちのセリフよ」
二人が互いに目を見開きながら指をさす。
「知り合いなのか?」
「知り合いもなにも、クラスメイトだし」
尋ねたリーナは世間の狭さに驚愕した。確かにテフィルは庶民が通える中でも、いいとこの学校に行っているとは聞いていたが。
「仕事が忙しくてほとんど授業出てないけどね。でも遊びに来る時間はあるんだ」
「色々あってね」
アイネは少しふて腐れながらも、自分がムジナ会の会員であることを明かした。
「マジで? スキャンダルとか大丈夫?」
「さすがに堂々と店に入ったりはしないわよ」
「因みにテフィルよりも会員歴は長いから、その辺の対処には慣れてるわ」
セレンから明かされる驚きの事実。テフィルは思わず一歩後ずさった。
「あんたも会員なのに引いてんじゃないわよ!」
「やっぱクラスメイトともなると生々しくて……って、それどころじゃないんだよ! 姉様が来るんだって!」
「お姉様ならここにいるわよ!」
話を聞いていたテルルが、背後からセレンに抱きついた。セレンも手を伸ばしてよしよしと頭をなでる。
「いや、そっちの姉様じゃなくて……」
自分たちとは対照的な姉妹愛を見せてくる新入りに、テフィルはたじろいだ。なかなか本題に入らないのに対し、リーナが「早く話せよ」と促す。
「実家のアロキア商会がこっちに支店出すんだ。で、姉様がそこの支店長になった」
「あら、14歳で支店長なんてすごいじゃない」
セレンが手放しに褒め称えた。だがテフィルは首を横に振る。
「すごいじゃなくて、あり得ないんだよ。学校もあるのに。多分こっちで遊びたいから、ごり押したんだと思う」
以前にセレンから賜ったプレゼントが、よっぽど忘れられないらしい。テフィルが苦々しい表情を浮かべた。
「せっかくこっちで姉様の目を気にせず好き勝手できてたのに……」
「一緒に好き勝手遊べばいいじゃない、家族なんだから!」
未だ姉にべったりくっついているテルルが言った。さすがに無制限はダメよ、とセレンが諫める。
「確かに前より寛容にはなったけど、姉妹でお店行くとか嫌でしょ」
「そんなことないわ。帰国してからお姉さまとは何度も――」
「お前らと一緒にすんな!」
我慢しきれなくなったテフィルがついに叫んだ。驚いたテルルが、反射的に姉の背中に隠れる。
「いちいち対比されるの腹立つんだよ! 名前も似てるから余計に!」
「テルルも悪気はないのよ」
「いや、さすがに今回はテフィルに同情するわ」
セレンがなだめる中、アイネがテフィルに同調した。
「やっぱり貴族ともなるとその辺の感覚が違うのかしらね」
「まったくだよ本当に!」
アイネの言に同意を返すテフィル。公爵家の目の前でそんな会話ができるのは、平等をうたうムジナ会ならではだった。さすがに姉妹で夜にお店へ行くかどうかは、貴族も平民も関係ないと思うが。
「別に見下す意図はないんだから、そこまでにしとけよ。で、姉さんはいつこっちに来るんだ?」
これ以上亀裂が深まるのを避けるべく、リーナが話を切り替えようとした。
「今日だよ」
「今日!?」
テフィルの返答に皆が声を重ねると同時に、再びサロンの扉がバンッと開かれた。
入口にはよだれを拭いつつ、ハァハァと息を鳴らすユスフィルが立っていた。
「ついに帰ってきたわ……夜の天国へ!!」
すっかり変わってしまった姉の様子に、テフィルが頭を抱えた。
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