第37話 きらびやかな夜・後編
パーティの翌日の夜。エヴァニエル姉妹に加えて、リーナとレシチーもリラクリカの店内にいた。二人とも何となく様子が気になり、一緒にお店へついていくことにしたのだ。
リーナの視線の先で、テルルがウッキウキになりながらスキップをしている。よほど楽しみにしていたのか、感情が抑えきれていない。
「こら、お店の中で暴れないの」
テンション高めな妹をセレンが諫めた。おかげでテルルの動きは止まったものの、今度は鼻歌を歌い始めた。
「テルル!」
「別に構いませんよ。せっかくの記念すべきご卒業の日なんですから」
お馴染みの受付嬢が笑いながら、カウンターに十枚ほどパネルを並べた。
「今回は妹様のために珠玉の候補をご用意しました」
パネルに映っているのはどれもテルルと同年代。だが見た目から既に超一流のレベルといって差し支えなかった。
「まぁ、どの男の子も素敵! この中から私の初めての人を選ぶのね!」
テルルが一枚一枚パテルを手に取って見比べ始めた。ここまでオープンかつ積極的だと、清々しささえ感じられる。
「緊張とかしないの?」
「全然! 楽しみで仕方ないわ!」
自分のことでもないのに心配げに尋ねるレシチーに、テルルは笑顔で答えた。不安はこれっぽっちもないらしい。
「遠慮せずに好きなタイプを選びなさいな。どれを選んでも後悔はないだろうけど」
十中八九これから大口となるであろう客相手に、受付嬢は自信満々だった。客の好みを察知できる彼女の手腕と、どんなタイプも用意できるリラクリカの品ぞろえがあってのものだ。
事実、テルルは選びきれないという風に長い時間を費やしていた。幸せな悩みというのはこのことだろう。
「ねぇ、お姉さま。お願いがあるんだけど……」
テルルがパネルを手にしたまま振り向いた。
「二人……選んじゃダメかな?」
リーナとレシチーに衝撃が走った。更なる欲望をさらけ出したおねだりだった。
「初めてなのに随分と贅沢を言うわね」
「だからこそだよ! 初めてが三人の人なんて滅多にいないでしょう?」
テルル以外の全員が、以前に大ハーレムで卒業した奴を思い出した。だが彼女の名誉のため、全員「確かに」の一言だけで済ませた。
「きっと最高の卒業になると思うの!」
「ダメよ。最初に贅沢しちゃったら、それでしか満足できなくなっちゃうわ」
さすがはテフィルの姉を突き落とした本人の言だ。説得力がある。
「そんなこと言わないで、おねがぁ~い! カッコいい男の子の間に挟まらせて~!」
テルルが猫なで声で姉の手にすがり付く。対するセレンはつれなく顔をそらし続けていた。だが、瞳をうるわせる妹にチラリと目をやると――
「もぅ、しょうがないわね」
「やったー! お姉さま大好きー!」
許しを得たテルルが、喜びを爆発させてセレンに抱き着いた。さながら親にほしいおもちゃを買ってもらった幼児である。
「それじゃあこの子とこの子でお願いしまーす! えへへぇ~♪」
やや下品に顔を緩ませている様子は、全く子供らしくないが。
「では店の者が案内しますので、どうぞあちらへ」
受付嬢に促され、「行ってきまーす!」と遠足へ行くかのようにテルルは手を振った。複数名の店員の丁寧な案内を受け、そのまま店の奥へと消えていった。
「妹には甘いんだな」
「今回だけよ」
リーナに言い返すセレンだったが、おそらく今後も甘やかしそうな気配がしていた。
「因みにセレンの初めてはどんな感じだったの?」
気になったレシチーが尋ねた。するとなぜか受付嬢がカウンターから身を乗り出してくる。
「妹様にはああ言ってるけどね、お姉様も初めての時は三人同時にご指名を――」
「そこまで話す許可は出してないわよ」
セレンがピシャリと止めると、受付嬢はこれは失敬と頭をかいた。
「この姉にしてこの妹有り、だな」
呆れながらリーナが言った。そしてそのまま、余ったパネルに手を付ける。
「それでだ。テルルに選ばれなかった子たちは当然、暇してるわけだろ?」
「ご明察。全員どれでも好きな子を指名しな」
三人とも心を躍らせながら選ぶ様は、まさしく同じ穴のムジナであった。
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しばらく時間が経った後、四人は満足げな表情でリラクリカを出た。
「はふぅ~、最高だったぁ~」
中でも最も幸せそうに声を漏らしたのはテルルだった。
「また連れてきてね、お姉さま!」
「次からは自分のお小遣いの範囲で遊ぶのよ」
えぇー、と頬を膨らませるテルル。セレンもさすがに、なんでもかんでも許すほど大甘ではない。
「それで、妹さんもムジナ会に入るの?」
肌をつややかせながらレシチーが尋ねた。
「もちろん! 今まで我慢してた分、めいいっぱい楽しむんだから! ね、お姉さま!」
同意を求めるテルルに対し、テルルは微妙な表情を浮かべていた。
「果たしてあのメンバーの中に、テルルを入れても大丈夫なのかしら……」
「お前が言うなよ!」
同じ穴のムジナであるリーナのツッコミが、繁華街の通りに響き渡った。
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