第四章 あこがれの夜

第36話 きらびやかな夜・前編

 ここはいつものムジナ会のサロン……ではなく、首都の中心部にある王立宮殿。黄金の調度品と宝石に彩られたシャンデリアが並ぶ広間では、貴族たちによるパーティが行われていた。国王即位三十周年を記念した、政治的にも重要な催しである。


 だが連れてこられた子供たちにとっては、至極どうでもいいものだった。リーナとレシチーは難しい会話で盛り上がる大人たちの様子を、退屈そうに眺めていた。


「早く終わんねぇかな……」


 立食形式で出された料理を摘まみながらも、リーナは延々と続くパーティに辟易していた。男爵である両親たちは、既に方々への挨拶にかかりっきりである。


「この服も恥ずかしいから、早く着替えたいよね」


 レシチーもジュースが入ったグラスを片手に、愚痴をこぼした。二人とも普段の服装は動きやすさを重視したものだ。そのためか今日着せられたきらびやかなドレスは、どうも気恥ずかしさが勝ってしまう。


「でもレシチーのドレス姿、かなり似合ってるぞ」


 レシチーが着ているのはオレンジを基調とし、華やかなフリルがあしらわれたドレスだ。スポーティな体系の彼女にとってピッタリなデザインだった。


「へへっ、そうかな?」


 レシチーは照れながら自分のドレスの感触を確かめた。


「でもリーナのドレス姿もかわいいよ」

「か、かわいいとか言うなよ……」


 対するリーナのドレスは、やや青みがかった生地に、シンプルな柄のレースが縫い付けられたものだ。普段の彼女とは違った、おしとやかさを演出している。


「相変わらず仲がよろしいようね」


 声をかけられた二人が振り向くと、そこには真っ赤なドレスに身を包んだセレンが立っていた。


「ごきげんよう、楽しんでるかしら」


 スカート部分に刺繍やレース、花など様々な装飾が施されたドレスは圧倒的な存在感を放っていた。しかし、着ている本人も負けてはいない。丁寧に手入れされた長い銀髪と、肩までさらけ出された透き通るような肌。それらに赤いドレスが絶妙なコントラストで加わることで、セレン本人の美しさをより際立たせていた。


「さすがは公爵家……格が違い過ぎる……」


 大人の女性も顔負けなコーディネートに、リーナはしばらくの間見惚れていた。


「……後ろにいるのは?」


 セレンの後ろには、おそろいの赤いドレスを着た女の子が立っていた。ようやく気付いたレシチーが彼女に尋ねる。


「紹介するわ、私の2歳下の妹の――」

「テルル・レフラ・エヴァニエルよ! よろしくね!」


 セレンに似た顔立ちと銀髪を携えるテルルが、弾けんばかりの笑顔で二人に挨拶した。リーナとレシチーは少し驚きながらも、それぞれ自己紹介をして彼女と握手を交わした。


「お姉さまから聞いていた通り、とっても素敵な方々ね!」


 同じ公爵の娘でも姉とは違い、テルルにはまだ年齢相応の幼さが残っていた。


「セレンに妹なんていたのか」


 リーナがそう言うのも、今まで姉妹がいるような雰囲気など全く感じなかったからだ。


「先日留学先から帰ってきたの」

「10歳で留学!?」


 リーナとレシチーの驚嘆が重なった。見た目だけでなく、頭の中身も姉譲りということか。


「一年くらいだし、そんな大したことないよー」


 テルルは謙遜しながらも、嬉しそうに照れ笑いを浮かべた。


「それに、お姉さまと全然会えなくて寂しかったんだから!」


 そう言ってセレンの腕に抱き着くテルル。仲睦まじい様子に、兄弟姉妹のいない二人はうらやましく感じてしまう。


「随分とお姉ちゃん子なんだな」

「甘えすぎるのも困りものだけどね」


 リーナにそう答えつつも、表情は満更でもないようだった。


「それでねお姉さま、私今までずーっと言いつけを守ってきたから、そろそろ……」


 テルルが上目遣いになってセレンの手を握る。


「夜にお店へ連れてってほしいなぁ!」


 少し顔を赤らめながらも、テルルは臆面もなく言い放った。思わぬおねだりに、リーナとレシチーはドレスのままズッコケそうになってしまう。


「テルル、今はパーティ中よ。時と場所を弁えなさい」

「注意するとこそこなの!?」


 レシチーが裾を払いながら体勢を立て直す。


「だってお姉さま、10歳になるまでは我慢しなさいって……」

「テルルの体形を考えてのことよ。私だって初めては10歳だったもの」


 頬を膨らませるテルルをなだめるセレン。むしろ10歳ならいいのかよ、とリーナは呆れるしかなかった。


「でもムジナ会には6歳で卒業した8歳児が――」

「あれは別格だから参考にしてはいけないわ」


 セレンがレシチーの言葉をピシャリと止める。決してフーミナを基準にしてはいけない。


「ねぇねぇ、今夜連れてってよー!」

「まだパーティがあるから、今日は無理よ。明日まで待ちなさい」

「明日なら連れてってくれるのね? 約束よ!」


 テルルがはしゃぎながら小指を差し出した。二人で指切りをする様子は、まさしく微笑ましい姉妹だった。約束の内容にさえ目を向けなければ。


「前にテフィルの姉さんを見て『姉妹の血は争えない』って言ってたけど、まさしくその通りだな」

「あら、ほめてもおごったりはしないわよ」


 リーナが皮肉で言ったのを知ってか知らずか、セレンはすました顔で返したのだった。

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