第35話 生一丁
ムジナ会のサロンでは剣呑な空気が漂っていた。中央のイスにはセレンが足を組んで座り、その正面ではフーミナがバツの悪そうに正座している。周りの少女たちは心配そうに二人の様子を眺めていた。
「生を頼んだというのは本当?」
セレンが縮こまるフーミナを睨みつける。フーミナはしばらく目線を伏せたまま黙っていた。だが無言の圧力に耐えきれなくなったのか、「はい」とか細いで答えた。
「それがどういう意味かちゃんと理解してるの?」
容赦なく問い詰めるセレン。12歳とは思えぬ威圧感もそうだが、ここまで委縮するフーミナも珍しかった。
「だってまだお赤飯来てないし……」
ダンッ、とセレンが組んでいた足を床に叩き下ろした。音に合わせてフーミナの身体もビクッと震える。
「そういう問題じゃないわ。たとえ出来なくても、色んなリスクがある行為だということは散々教えてきたつもりだけど」
フーミナは涙目になりながら、ひざの上で両手を握りしめていた。
「別に興味を持つこと自体は構わないのよ」
8歳でもいいのかとリーナは思ったが、とても口に出せる雰囲気ではなかった。
「でも本来の目的を考えれば、一線を乗り越えるべきではないと思うの。本気で好きな相手でないなら、なおさらね」
フーミナは顔を伏せたまま何も言わなかった。気まずい沈黙の時間をじっくりと取った後、セレンが再び口を開いた。
「最後は中? それとも外?」
そこまで聞かれるのか……。リーナは気の毒そうにフーミナを見たが、セレンも彼女を想って言っているのだろう。
「……外」
「本当に?」
フーミナは全く目線を合わせようとしなかった。しばらく静寂が続いた後、「中です」と発言を訂正した。
「遊んでる最中に、雰囲気に流されて? それとも最初から、最後までやると決めてたの?」
「気分が乗ってたのもあるけど……元々興味もあったし、あの子なら許してもいいかな~とは思ってたから……」
恐る恐る言葉を選ぶフーミナ。いつもの間延びした喋り方はすっかり鳴りを潜めていた。
「そこそこ気がある相手だったということね。終わった後、検査はしたの?」
「もちろんしたよ……問題なし」
ほっとしたのか、セレンが溜息をついた。だが何もなかったから終わる話でもない。
フーミナに顔を上げさせると、まっすぐに目を見つめながら諭すように言った。
「それで、実際出されてどんな感じだったの?」
「いや興味津々かよ!」
ここまでの流れを全く無視した個人的な質問に対し、リーナが我慢できずにツッコミを入れた。
「興味を持つことは悪くないと言ったはずよ。矛盾した行動はしてないわ」
「だとしてもフーミナに反省を促せないでしょ」
共に様子を見ていたテフィルも同調して言った。
「でも確かに気になると言えばきになりますねぇ!」
「将来的に経験するとしても、ずっと先のことですから」
ヤトラとメノも関心自体はあるようだった。今このタイミングで聞くべきことでもない気がするのだが。
「貴族となると将来的には絶対しなきゃいけないし、あらかじめ聞いておきたくはあるかも」
そう同意したのはレシチーだった。彼女は真の初めてに臨む前に、少しでも不安を軽減したいらしい。そう考えると同様に貴族であるリーナもまた、やっぱり聞いておくべきなんだろうかと考えが変わり始めた。
「で、実際どうだったの?」
セレンが前のめりに尋ねると、フーミナは少しはにかみながら答えた。
「ビクビクッってして~、とろ~って流れてくる感じはあったかな~」
サロン内におぉ、という歓声が上がる。いつの間にかリーナも興味深くフーミナの話を聞いていた。
「それ自体が気持ちいいってわけじゃないけど~、なんだかほわほわしてとっても幸せな気分になったよ~」
打って変わって満面の笑みを浮かべている様子を見ると、いかに充実した体験だったかがよくわかる。この場にいる全員が未体験の世界を想像しながら、心臓をときめかせていた。
ただ一人を除いて。
「中の感覚とかわかんない奴は、マジで何も変わんないぜ」
バーカウンターに肘をつきながら、気だるそうにつぶやいたのはニオンだった。
「メンタルの要素がデカすぎるから、結局は受け入れられる相手かどうかで決まるんだよなぁ」
「確かに個人差は大きいかもね~」
実感のこもった語り口のニオンに、フーミナがフォローを入れた。全員の注目を集めていたところで、セレンがイスから立ち上がった。
「あなた……やったわね?」
目を吊り上げて詰め寄るセレンを見て、ニオンがしまったという表情になる。
「さすがに出来るようになってからはやってないって」
「つまりここで雇う前の話じゃない! 中級店以下は余計に気を付けなきゃいけないのに!」
「結果的に何もなかったし、時効だよ時効! あーそうだ! レモンが切れてたから買い物に行かないと!」
過去の行為を問い詰められ、ニオンは逃げるようにサロンを出ていった。
「まだ話は終わってないでしょうが!」
後を追って同様に出ていくセレンを見ていたリーナは、最後の砦は結婚するまで守り抜こうと決めたのであった。
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