第34話 当てる場所
夜のとばりが下り、街灯とネオンがきらめく歓楽街。その一角にあるムジナ会のサロンでは、リーナとニオンがバーカウンター越しに相対していた。
二人の間にはなぜかこけし型の電動マッサージ機が置かれている。
「使うか?」
「待って、全く話の流れがわからない」
唐突に勧めてくるのを、リーナは戸惑いながら突き返した。ニオンはヘヘッと笑いながら、余った袖をまくった手でマッサージ機を持ち上げる。
「最強振動の最新型機だ。セールで安くなってたから思わず買っちまった」
親指でパチンッとスイッチを入れると、こけしの頭の部分が激震を始めた。バイブレーションの音が室内に響き渡り、嫌が応にも注目が集まる。
「音はデカいが、部屋で使う分には問題ないぜ」
「わかったから早くスイッチ切れ!」
同類と思われたくないがために、リーナが振動音を止めようと手を伸ばす。だが届く前に再びパチンッと小気味いい音が鳴って電源はオフとなった。
「そんなに慌てなくても使わせてやるって、ほら」
「『ほら』じゃねぇよ! こんなところで使えるわけないだろ!」
「誰も今すぐ使えとは言ってないんだがなぁ~?」
ニオンのからかいを受けて、リーナが顔を真っ赤にして立ち上がった。
「それに『いらない』って言わないなら、少なくとも興味があるってことだよなぁ?」
だが図星を突かれたために、すぐさまカウンター席に腰を戻す。
「べ、別にそんなことないし……」
必死で取り繕うも、チラチラと見ているせいで全く説得力がない。ニオンは目の前で満足気にマッサージ機を揺らした。
「遠慮するこたないのに。めっちゃ気持ちいいぜぇ?」
続けて頭の部分をリーナの柔らかいほっぺにグリグリと押し付ける。
「やめんかぁ!」
スイッチに指をかけたところで、キレたリーナが頬に当てられたそれを払いのけた。
「おいおい、壊れたらどうすんだよ」
落としかけたマッサージ機を、大事そうに両手で抱え込むニオン。セール品とはいえ、庶民の彼女にとっては奮発した買い物である。
「そんなに嫌なら自分で使わせてもらうぜ。よっこらせっく……」
「おい、バカ! こんなところでお前――」
先日の本屋での出来事を思い出し、慌てて止めようとするリーナ。だがニオンはマッサージ機を素早く自らの身体に密着させ、スイッチをオンにした。
「ああぁ~……! 気持ちいぃ~……!」
全身を震わせ、恍惚とした表情を浮かべるニオン。肩の凝りをほぐしながら、まるでオッサンのように喘いでいる。
「って肩かよ!!」
「なんだ? どこに当てると思ってたんだ?」
ニオンに聞かれたリーナは、顔を赤くして口をつぐんだ。
「もしかして、もっと下の方とか?」
挑発の笑みを浮かべると、ニオンは肩に当てていたマッサージ機を徐々に下半身の方へとずらしていく。
「おいっ! マジでそれは――」
今度こそ本気でやるつもりかと、リーナは動揺しながら立ち上がった。
「おふっ……あっ……ああぁ~ん!!」
振動がある箇所で留まると、ニオンは艶めかしい嬌声を発しながら身もだえた。よだれを垂らし、視線を虚ろにしながら快感に酔いしれている。
「腰ぃ! 腰の凝りにキクゥ~!」
「おばあちゃんかお前は!」
マッサージ機の本来の使い方しかしていないのだが、思わずニオンの喘ぎ声よりも大声でツッコんでしまった。
「立ち仕事してると体のあちこちにガタが来るんだよ」
「まだ12歳だろうが!」
「袖も無駄に重いしな」
「サイズの合う服を買え!」
漫才のようなやり取りの末、リーナは息を切らしながらバーカウンターに突っ伏した。
「因みに超強力振動だから、別の部分も震えて普通に気持ちいいぞ」
「結局それかよ!」
リーナが顔を上げると、目の前に先ほどまで使っていたマッサージ機が鎮座していた。
「貸してやるよ。肩でも腰でも、身体の好きな場所に当てて使いな」
「お前が使ったと考えるとやっぱヤダ」
それをばっちそうに脇へとよける。
「ワガママな奴だな。貴族だから新品しか使わないってか?」
「使われる場所によるんだよ」
ニオンがマッサージ機を手元へと戻し、袖を降ろして愛おしそうに磨き始めた。
「リーナみたいなかわいい子が愛用したなら、喜んで使わせてもらうんだけどなぁ」
「ぜってーお前からは何も借りない」
冷たくあしらうリーナにもめげず、ニオンは再びマッサージ機を突き出す。
「安心しろ、昨日使ったけどきちんと消毒してある」
「そういう目的で使ったとはっきり認めるなら、なおさらいらんわ」
「マジでぶっ飛ぶんだけどなぁ。長いこと使ってたら熱くなっちまうのが難点だけど」
肩だろうが腰だろうが、長時間の使用は患部に悪影響を及ぼす。使う時はほどほどに抑えておこう。
「そんなにぶっ飛びたきゃリラクリカの耐久コースにでも行ってろよ」
「あぁ、アレね……ありゃマジでキツイから私でもゴメンだ」
嫌な記憶を思い出したのか、ニオンのテンションが明らかに下がった。
「ほぅ、ニオンでもドン引きで拒否るレベルの所へ連れてったわけか」
リーナは青筋を浮かべながら、近くで紅茶を飲んでいたセレンに話を向けた。
「気絶するほど――というのは誰もが一度は夢見るもの。だけどその現実をリーナたちにも知ってもらいたかったの」
「余計なお世話だよ!」
普段から遊んでいるリーナにとって、そのような気遣いは不要であるということか。
「でもそういうオモチャに興味があるなら、今度売ってるお店を紹介してあげるわよ」
「もうだまされないからな、あたしは!」
口ではそう言いながらも、最終的には案内してもらうのだろう。ニオンはそう予想しながら、マッサージ機を片付けてグラスを洗い始めた。
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