第33話 限界の果てへ

 遊び終えた女の子たちが集うムジナ会のサロン。リーナが先日のメノの話をテフィルにした際、こう返されたことからバトルが始まった。


「因みにリーナは一日で何軒回ったことある?」

「なにっ?」


 メノは一日で六軒もハシゴした(フーミナはその上を行ってそうだけど)。まさかテフィルも同じくらい回ったことがあるのだろうか。


「さすがに六軒はないけどね、三軒くらいなら余裕で連チャンできるよ! ヨ・ユ・ー・で!」


 何とも期待外れな上に、メノの半分でドヤ顔している様があまりにも滑稽だった。リーナは思わず吹き出してしまう。


「何がおかしいんだよ!」


 バカにされたテフィルが机を叩いて立ち上がった。


「だってお前、半分で『ヨユー』とか強調しちゃってさぁ」


 お腹を抱えながらテフィルを指さすリーナ。


「あのねぇ、三軒で余裕ってことは五軒でも六軒でもまだまだ行けるってことなんだよ? ちゃんと数数えられてる君ぃ?」


 肩をすくめるテフィルに、ムッとしてリーナも立ち上がった。


「そもそもリーナは一日で三軒ハシゴしたことあるの?」

「さすがにないけど……」

「かっー! これは話にならないや。一軒行っただけでもうバテバテってわけね。普段運動してない貴族様だと仕方ないかぁ」


 距離を詰めたリーナが、間近でテフィルにガンを付ける。


「何さ、やんの? 貴族教育受けてるクセにケンカっ早いね? フーミナの方がまだ理性的だよ?」

「じゃあ理性的じゃない奴を挑発したお前は、自業自得ってわけだな」


 拳を振りかぶったのを見たテフィルが、思わず小さい悲鳴を上げて防御態勢を取った。


「はいはい、そこまで。さすがに暴力沙汰はダメよ」


 パンパンと手を叩きながら仲裁に入ってきたのはセレンだった。すかさず二人の間に割り込んで距離を取らせる。


「それよりも実際に回数で勝負してみなさい。勝ち負けがハッキリするわ」


 だが彼女もただケンカを止めるだけで終わるつもりはないようだ。いたずらっぽい笑みを浮かべながら、二人に提案した。


「いやぁ……そうしたいところだけど、さすがに今月はそこまで残ってなくてさ」


 目線をそらしつつ腕を組むテフィル。ハシゴをすればするほど、当然お金がかかる。リーナ自身も、五軒六軒と回れるほどお小遣いは残っていなかった。


「そんな非効率なことしなくても、リラクリカ一軒だけで十分よ」

「一軒だけで……?」


 仲違いしていた二人の声が重なった。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 翌日、豪奢な装飾と照明に囲まれたリラクリカの受付ロビーにはリーナとテフィル、そしてセレンの姿があった。


「なるほど、お二人とも『回数無制限耐久コース』をお望みということで」


 遊び相手の指名を終えると、いつもの受付嬢が本当に面白そうな物を見る目で二人を交互に見やった。高級店にしてはあまりに嫌見たらしい行為。だが対峙する少女たちは、それどころではない緊張感を漂わせていた。


「まさかリラクリカにこんなコースがあったなんて……」

「一般には公開されてないもんなんでね。何せ少々危険なもんで」


 思わぬ返しをされたリーナは、苦笑いを浮かべるしかなかった。テフィルも妙にそわそわして目線が定まっていない。


「あぁ、言うてもそんな死にやしませんよ。ただしばらく足腰が立たなくなるかも」


 話を聞いていた二人の顔から、同時に血の気が引いた。


「回数についても男にきちんとカウントさせるんで、公平さは保証しますとも。で、どっちにします?」

「どっちって……コースは一つじゃないのか?」


 リーナが尋ねると、受付嬢は丁寧にラミネートされたメニュー表をカウンター上に置いた。


「一つは『止めて』と言ったら止めてくれるAタイプ。もう一つはどんなに泣こうが喚こうが、指定の時間まで延々と攻められるBタイプ――さぁ、どちらにいたしましょ?」


 いかにもBタイプを選んでくれと言わんばかりの口調だった。だがさすがに見え透いた罠に引っかかるほどバカではない。二人はどちらも冷静にAタイプを選ぼうと心に決めた。


「あら、まさかAタイプを選ぶつもり?」


 二人をここまで連れてきたセレンが、背後から歩み寄って二人の肩を組んだ。


「ここでBタイプを選べば、確実に相手より上であることを証明できるわよ?」


 セレンのささやきは、二人のプライドを揺るがすのに十分な威力だった。


「と、当然Bタイプを選ぶよな?」

「も、もちろん……」


 リーナの確認にテフィルが同意するが、二人の声は震えていた。


「Bタイプでございますね。ではこちらの誓約書にサインを」


 二人の前に差し出された紙には、説明責任は果たしたとか当店の過失に寄らない被害は責任を追及しないだとか、何だか子供にとって難しい内容が様々書き並べられていた。


 リーナもテフィルも当然、何が書かれているかは歳相応のレベルでしか理解できない。しかしこれにサインすれば、引き返せないだろうことは感じ取っていた。


 だが互いが互いに見栄を張っている手前、ビビッてやっぱりやーめた、などと言い出すなんてとてもじゃないができない。結局二人とも、震える手で誓約書に自分の名前を書いた。


「ありがとうございます。ではお時間はいかがいたしましょう?」

「いち――」

「三時間、よね?」


 一時間と言いかけたリーナを遮るようにセレンが言った。ムジナ会では午後九時までの帰宅が規則として存在する。三時間後なら二人ともギリギリ自宅にたどり着ける計算だ。セレンが再び「三時間よね?」と念を押す。


「心配しなくても彼女の言う通り死にはしないわ。それにやってみたら案外平気で、むしろハマっちゃうかもしれないわよ」


 こうなったらとことんまで行ってやれと、ヤケになった二人は共に三時間で挑戦することとなった。


「かしこましました。それでは回数無制限耐久コース、Bタイプ二名様ご案内~!」


 店員たちに促され、リーナとテフィルはカーテンの向こう側へと吸い込まれていった。


「――して、セレン様はいかがします?」

「もちろん、通常コースで。誰があんな地獄に好き好んで行くとでも?」


 セレンは涼しい顔で、並べられたパネルの中から一枚を指さす。


「いやはや、実に素晴らしい性格をなさっておいでで」

「自分の限界を知っておくのも大事なのよ」


 その後しばらく、リラクリカの個室では二人の悲鳴が響き渡ることとなった。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「マジで……死ぬかと思った……」

「僕も……」


 リーナとテフィルがフラフラになりながら店のロビーへとたどり着いた。


「お疲れ様、自力で歩けるなんて立派じゃない」


 待ちわびていたセレンが二人に声をかける。


「後半はほとんど意識なかったけどな……」

「漫画じゃよく見るけど、気絶するほど、ってのがあんなに辛いものだったなんて……」


 共に疲労困憊の様子で、備え付けのソファへと倒れ込むように腰を下ろした。


「でもテフィルの回数を超えた自信はあるぜ」


 リーナが遊び相手の男の子から受け取った紙をちらつかせる。


「こっちだって負けたつもりはないよ」

「じゃあ同時に見せ合いっこしようか……せーの!」


 リーナの掛け声と同時に、互いに自ら達した回数が書かれた紙を突き出した。二人はしばらく固まった後、同時に自分の紙を確認して、再び相手の紙を見る。


「ま、まさか……」


 紙を握りしめたテフィルの手がわなわなと震え始めた。


「ここまで頑張ったのに……」


 リーナの手から紙が滑り落ちる。


「引き分けかよー!!」


 二人は同時に叫び、ソファへと沈み込んだ。全てをお膳立てしたセレンはやれやれと言った表情で一人、店を後にするのだった。

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