第32話 努力と成果・後編

 遅めの昼食を終えたメノは、またもやフーミナに別の店へと案内されていた。


「あの……やっぱりもう少し休憩しません……?」


 震え声で提案するメノ。その表情からは血の気が引いていた。


 お腹を満たしてほっとしたのも束の間、前の店を出てから一時間も経たない内にここまで導かれていたのだ。


「メノ~?」


 フーミナがメノの肩にポンと手を置いた。


「男の子には限界があるけど、女の子にはないんだよ~」

「あります! 女の子にも限界はあります!」


 全力で否定するメノだったが、2歳年下から放たれるとは思えない強烈な力によって、店の中へと押しこまれてしまった。


 三時間後、メノはほぼフーミナに覆いかぶさるような状態で店から出てきた。


「連続が……これほどまでに辛いなんて……」


 未だ息が整わない中で、苦しそうにつぶやいた。


「だらしないよメノ~。ちゃんと自分の力で歩かなきゃ~」

「同じだけ達してるのに……どうしてそんなに元気なんですか……」


 フーミナはもたれかかるメノを物ともせず歩を進めている。


「でも少しずつ大きいものが入ってきてるよね~」

「それは……そうなんですけど……」


 やがて別の店の前で止まると、メノを持ち上げて自力で立たせた。


「さ~! 次のお店だよ~!」

「もう……次……」


 メノは看板を見上げて青ざめた。足がガクガクと震え、さらに呼吸が荒くなる。


「い……嫌……もう行きたくない……!」

「どうして~? 毎日行きたいくらい楽しいって言ってたよね~?」


 恐ろしいくらいの笑顔でフーミナが聞き返した。


 確かにその通りだった。夜にお店へ行ったおかげで男性恐怖症もすっかり治り、逆に愛することさえできるようになっていた。天にも昇るような最高の時間は、永遠に飽きることはなんてないと思っていた。


 それなのに、足が全く前に進まない。何度も刻み込んできた夢見心地のひとときを思い出そうとしても、身体が拒絶する。一晩休めば天国であろう場所が、今だけは地獄にしか思えなかった。


「ごめんなさい……今日はもう無理です……」


 メノはその場に泣き崩れてしまった。大粒の涙がぽろぽろと地面にしたたり落ちる。


「ここまで頑張ったのに、諦めちゃうんだ」


 いつもとは違うフーミナの喋り方に、メノははっとして顔を上げた。


「無理はしなくていいよ、トラウマは避けないとだしね。でもよく考えてみて。ここでやめちゃったら、今までの苦労は水の泡なんだよ。全部無駄になっちゃうんだよ」


 しゃがみこむメノに目線を合わせ、フーミナは真剣な顔で諭し続ける。


「大人を受け入れたいんでしょ! 未知の感覚を経験したいんでしょ! だったら立ち止まっちゃダメでしょ!」


 フーミナの叫びにメノは目を閉じ、奥歯を噛みしめた。


「行くの! それともやめるの!」

「行きます! 行かせてください!!」


 両手を力強く握りしめ、ゆっくりと立ち上がる。その目からは既に恐怖が消え去っていた。ただ目の前にあるお店と、自らの欲望を一直線に見つめている。


「よく言った~! さ~、行こ~!」


 フーミナの声にも押され、メノはしっかりとした足取りでお店のドアを開いた。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「ふにゃあ……」


 二時間後、すっかり日が落ちた歓楽街の大通りで、メノは緩んだ表情のままフーミナに背負われていた。だらしなく口を開け、うわごとを繰り返している。


「よく頑張ったね、メノ~! これなら次は入るはずだよ~!」


 自分よりも体躯が大きいはずの彼女を、フーミナは涼しい顔で運んでいる。


「入……る……?」

「そうだよ~! 今のフワフワでトロトロな状態なら、きっと大人のも入っちゃうよ~!」

「ふわふわ……とろとろ……」


 何かを思い出したのか、メノはへにゃりとした笑顔を浮かべた。


「いよいよここが最後だよ~! 張り切って行っちゃお~!」

「おぉー……」


 言われたことをきちんと理解できているのかどうか、自分でもわからなかった。フーミナに担がれたメノは、六軒目のお店へと吸い込まれていった。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「――それで、どうなったんだ?」


 サロン内でここまでの話を引き気味に聞いていたリーナが、メノに結論を促した。


「フーミナさんの話によると……入ったそうです。半分だけですが」

「半分だけでもすごすぎますよ!」


 一緒に聞いていたヤトラが驚きの絶叫をあげた。たった一日でそこまでやらせたフーミナの手腕に、脱帽を通り越して脱毛してしまいそうなくらいビビっていた。


「ですが残念ながらあまり覚えてないんです」


 本当に心底残念そうな表情でメノが言った。


「なので今度は意識がはっきりした状態で受け入れたいと思います!」

「だから無理すんなって、マジで」


 目を輝かせ拳を握りながら決意を語るメノの耳に、リーナの忠告は届きそうになかった。


「ふんふんふ~ん♪ 今日の~おやつは~チーズケーキ~♪」


 一方のフーミナは、お菓子とジュースを前に8歳児らしくはしゃいでいるのだった。

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