第31話 努力と成果・前編

 遊び疲れた女の子たちがたむろするムジナ会のサロン。そのカウンター席にちょこんと座ったメノはため息をついた。


「どうしたんですかメノちゃん! 元気がありませんよ!」


 そんな彼女とは対照的なハイテンションで話しかけてくるヤトラ。いや、普段からこの大音声なのだが。


「実は今日も入らなかったんです。大人の方のが」

「あっ、そっち系の話でしたか……」


 汗顔しながら少し声量の下がったヤトラが、メノの隣に座った。


「フーミナさんから教わった訓練法を毎日実践しているのですが、なかなか成果には結びつかなくて……」

「メノちゃんの歳だと大人のは入らなくて当然ですからね!?」


 ヤトラが戸惑いながら言う。


「でもフーミナさんは私よりも二つも年下なのに、前も後ろも入るんですよ!」

「それは彼女が規格外といいますか、歴が違うと言いますか――」

「フーミナがどうかした~?」


 二人が驚いて振り向くと、いつの間にかフーミナ本人が後ろに立っていた。


「相変わらず気配が全くしませんね……!」

「鍛えてるからね~」


 子供らしくはにかみながら、自身もカウンター席へと座る。


「焦ることなんてないよ~。着実に広がってきてるし~、身体も成長してるからね~」


 会話を聞いていたのだろう、フーミナがメノに優しく声をかけた。


「それにあんまり無理して裂けちゃったら痛いよ~」

るのはようってか?」


 リーナがバーカウンターに近づきながら冗談をかました。三人同時にリーナの方を振り返るも、反応は皆無のまますぐ元の会話に戻った。


「……すまん、あたしが悪かった」


 らしくないことをしてしまった反省を述べつつ、リーナも彼女らの話に加わった。


「別に同年代相手でも十分楽しめるだろ?」

「でも私、新しい世界への開拓は常にしていきたいんです」


 メノの言うことは大変立派だ。もっと別の分野であれば。


「それにフーミナさんの言う『お腹いっぱい』の感覚が、どんなものが知りたくて」

「あ~、確かに身体が小さい内じゃないと経験できないよね~」

「進んで経験すべきことでもない気がしますが……」


 リーナもヤトラと同意見だった。そもそも腹いっぱいになりたきゃ飯を食え、と。


「やっぱり大人の方を受け入れられるようになるのは、今の訓練を続けるしかないのでしょうか?」


 一体どんな訓練をしているのか(何となく見当はつくが)全く分からないリーナとヤトラには答えようがない。もちろん、聞かれているのは自分たちでないことはわかっている。


「ふむふむなるほど~……そうなるとちょっと厳しい道のりになるけど~、メノちゃんは耐えられるかな~?」

「おいおい、まさか無理やり入れるんじゃないだろうな」

「そんなことはしないって~」


 リーナの心配をフーミナが即座に一蹴した。


「そもそもしっかり盛り上がって~、受け入れる気にならないと絶対に入らないよ~」

「しっかり盛り上がる……なるほど」


 フーミナの発言を一字一句書き写すべく、メノが紙とペンを取り出した。


「メノちゃんは今まで一人で訓練していたから~、イマイチ気分に乗り切れなかったと思うの~。だからお店をハシゴして~、小さいものから大きいものへ順番に慣らしていっちゃお~!」


 出てきたのが古典的な手法だったために、リーナとヤトラはおもわずズッコケそうになる。


「なるほど。お小遣いが厳しくなりそうですが……やってみようと思います!」

「厳しいってそっちの意味ですか!?」


 ヤトラの大声も気にせず、メノの目にはやる気が満ち溢れていた。


「よ~し、それじゃあ次の休日は一緒にお店を回ろ~!」

「はい! よろしくお願いします!」


 こうしてメノはフーミナによる特別訓練をうけることとなった。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 週末の朝っぱらから、歓楽街のお店の前にはフーミナとメノの姿があった。


「こんな朝早くから開いてるお店があるんですね」

「そ~だよ~。それじゃあ早速入ろ~!」


 フーミナが意気揚々と前を行こうとする。


「フーミナさんも遊ばれるんですか?」

「もちろ~ん。というかアシストしたいから三人で遊ぶんだよ~」

「三人でですか!? わ、わかりました……!」


 ほんの少し赤面しながらも、メノも彼女の後に続いて店の中へと入っていった。


 それから二時間後、二人はそろってお店から出てきた。


「とても素敵なお時間でした。三人や女の子同士というのもいいものですね。フーミナさんも積極的でしたし――」


 恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべながら、メノは正直な感想をフーミナに伝えた。


「でしょ~。じゃあ次のお店行こっか~!」

「えっ! 休憩はなさらないんですか?」

「身体が覚えてる内に次の大きさを刻みこまないとね~!」


 全く疲れを感じさせないフーミナの足取りに戸惑いを感じながらも、メノは彼女の背を追って歓楽街の通りを進んでいく。


 フーミナが指さしたお店に二人で入っていき、また二時間後にそろって退店した。


「素晴らしかったですが、さすがに二連続は疲れますね……」


 そう言いながらメノは苦笑いを浮かべる。


「それじゃあ次いってみよ~!」

「えぇ! さ、さすがに休憩挟みませんか? もうお昼ですし……」

「甘ったれたこと言ってたら~、いつまでたっても大人のは入らないよ~!」


 フーミナに背中を押され、ろくに息をつく暇もなく近くにあった次の店の敷居をまたいだ。


 二時間半後、メノはフーミナの肩に捕まりながら店を出た。


「も、もう無理ですぅ……」

「ど~したの~? しっかり楽しめたよね~?」


 フーミナが笑顔のまま尋ねる。


「た……楽しめましたが……体力がもう……お願いですから休ませてください……」

「しょうがないな~、軽くご飯食べてこっか~」


 涙目で懇願するメノを引き連れながら、味のある外観のレストランへと入っていった。

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