第29話 毛
「生えてきました!」
ヤトラの突然の告白に、ムジナ会のサロンにたむろする女の子たちは動きを止めてポカンと彼女を見つめた。
「これでついに私も大人の仲間入りということですね!」
「いや遊びに関しては既に大人の枠を超えてるんじゃ――」
失言しかけたテフィルの口をリーナが塞ぐ。
「よかったね~、ヤトラ~!」
「そうかーついにかーおめっとさん」
心から祝福するフーミナに対して、リーナは至極どうでもよさそうに答えた。
「なんでそんな適当なんですか! もっと祝福してくださいよ!」
「わざわざ祝うことでもないだろ!」
すがり付いてきたヤトラの手をリーナが振り払う。
「確かにお赤飯なら盛大にお祝いしてあげても良かったんだけどね」
そう言いつつもおごりのドリンクを差し出すセレン。
「あー、そっちの方はまだなんですよねー……」
少しはにかみながら、ヤトラはグラスを受け取った。
「13で来てないの? 遅くね?」
「そんなことないですよ! 個人差とかありますから! そう言うリーナはどうなんですか! 来てるんですか! 生えてるんですか!?」
「いや、来てもないし生えてもないけど……」
一転して迫ってきたヤトラに、リーナはうろたえながらその場でのけぞった。何をそこまでこだわっているんだか。
ヤトラは続けてテフィルとフーミナの方も見やる。
「そんなにらまなくても、僕もどっちもないから」
「フーミナもツルツルだよ~」
「二人がボーボーだったらビビるわ」
ふふん、とヤトラは自慢げに鼻を鳴らして、今度はセレンの方を見た。
「私は生えたことあるわよ。ちょっとだけね」
「なんですと!? 年下に先越されてたとは……!」
普段から子供らしからぬ振る舞いのセレンだが、身体も子供らしからぬと知ったヤトラが気落ちする。
「いや待て言い方がおかしいぞ。『ことがある』ってなんだ」
「定期的にエステに通っててね。その時に全身脱毛もしてもらってるの。だから今はツルツルよ」
リーナの質問に対し、優雅に答えるセレン。これだから上級貴族は、とテフィルが悪態をつく。
「ま、お赤飯の方はまだだけどね」
肩をすくめながらセレンが付け加えた。
「ということは、レシチーもまだだしメノもまだだろうから、あたしが知ってるメンバーは全員来てないことになるな」
リーナが改めて周りの顔を確認する。
「親友とはいえ、来てるかどうか把握してんの?」
「悪いかよ」
テフィルが引き気味に尋ねるも、リーナは動じなかった。
「そういえば~、ニオンはどうなの~?」
フーミナが首をかしげると、ニオンがバーカウンターからひょっこり顔を出してきた。
「あたしゃどっちも来てるぜ」
思わぬ回答にサロン内がどよめいた。
「でも何にもいいこたありゃしない。遊べない時期がどうしてもできるし、定期的に剃らなきゃならないからな」
「あら、そこの身だしなみはちゃんとしてるのね」
「ロリアピールしてんのに、生えてたらガッカリするだろう?」
ロリアピール……?
意味は分かるが理解できない単語に、リーナの思考が一瞬止まった。身長を除いて、一体お前のどこでそんなをアピールしているんだ。
「で、ヤトラはようやく生えたんだって? どんくらいだ?」
ニオンがバーカウンターから出てきて尋ねた。
「どれくらいって、まだ産毛程度ですが」
「本当かぁ? ちょっと見せたみろよ」
「ここでですか!? それはちょっと……」
さすがにヤトラも恥じらいを見せて、ローブで全身を筒んだ。生えた生えないを大声で話してる時点で、恥じらいもへったくれもない気がするが。
「そんなこと言わずにさぁ、女の子同士なんだからいいじゃねぇかよぉ」
舌なめずりしながらにじり寄るニオン。涙目になって距離をとるヤトラを見かねたセレンが、バーカウンターに戻るよう命じた。ニオンは舌打ちするも、素直に定位置へと戻る。
「……ところでやっぱり剃った方がいいんですかね?」
ほっとしたヤトラが、リーナも気になっていたことを尋ねてくれた。
「普通はハミ出ないように多少切って整える程度で十分よ。カミソリはお肌に悪いしね」
「じゃあなんでセレンは全部脱毛してるの~?」
現実的なアドバイスを与えたセレンに対し、フーミナが質問を重ねた。
「公爵家の娘ともなれば、万が一にもハミ出しなんてみっともない姿を晒すわけにはいかないのよ。だからそんなことが100%ないように対策してるの」
セレンはフーミナの膝の上に乗せ、頭をなでながら答えた。
「そ~なんだ~。水兵さんたちは全然気にしてないんだけどなぁ~」
「訓練や戦闘で余裕がないだけだと思うよ」
……流れからして女の話だよな。とフーミナとテフィルのやり取りを聞いたリーナは思いこむことにした。
「そうなると、なんだか生えてきたのが面倒に感じられてきました!」
「話題振ったお前が言うのかよ」
手のひら返し状態のヤトラにリーナがツッコミを入れる。
「女だろうが男だろうが、世の中は面倒に満ち溢れているわ。だからこそ子供の内に楽しめるものは楽しんでおきなさい」
そう言ってセレンはキメ顔で紅茶をすすった。見た目は実に様になっているが、そういう話だっただろうかとリーナは苦笑いを浮かべた。
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