第28話 ショック療法
サロンのカウンター席では終始目線を合わせず、ぎこちない雰囲気のままリーナとレシチーが隣同士で座っていた。カウンター越しに対峙するニオンは彼女らにノンアルカクテルが入ったグラスを出しだす。
「お前ら最近様子がおかしいぞ。せっかくレシチーの優勝祝いしてやったのに、終始変な感じだったし」
ニオンが尋ねるも二人は互いに「そうかな……」と一言返すだけで話が進展しなかった。
「何があったのか話してみろよ」
ニオンは優しい笑みで促した。
「えぇー……」
「よりにもよってニオンに相談するとか嫌なんだけど」
渋い表情を浮かべるレシチーに、リーナが明確な拒絶を重ねる。
「こっちはムジナ会員の心身の健康を管理する立場として真面目に心配してるんだ」
「ニオンに任せた覚えはないんだけど?」
ごもっともなことを言うレシチーだが、ニオンが退きそうになかった。隣同士の二人は一瞬顔を見合わせた後、互いに顔を赤くしながら事の発端を語り始めた。
「なるほどなるほど、一緒にお店で遊んだ時についハッスルして二人で色々やっちゃったと……そんでそっから二人の関係がよくわからんものになっちまったと……」
照れながら不器用に話す二人の説明を、ニオンが上手にまとめ上げた。その後目を閉じて、袖をまくった腕を組んで何やら考えこんでいる。
「色々やったっていうけど、さ……最後まではやってないし……」
すっかり顔を染め上げたリーナが誤解を解こうと説明を付け加える。
「それだよ」
目を開いたニオンがリーナを指さした。レシチーも共に「えっ」と声を上げる。
「中途半端に途中でやめちまったから、今の関係も中途半端になってるんだよ!!」
気迫満面に言い切ったニオン。背景にはまるで雷が落ちているようだった。リーナとレシチーも勢いにあてられて鋭い衝撃を感じた。
「……いやその理論おかしくね?」
だが冷静になったリーナがツッコミを入れる。
「とにかく思い切って最後までやっていまえばいいんだよ」
「最後までって……」
リーナと最後までするところを想像してしまったレシチーがゆでダコ並に赤面した。
「そもそも私たちはそういう関係じゃないし、そういう趣味も持ってないっていうか」
「趣味は持つもんじゃねぇ! 生えてくるもんなんだよ!!」
ニオンは二人にドーンと指を差しながら反論を抑えつけた。再び背景に雷鳴がとどろくのを感じた二人は、衝撃の余り赤くなった顔色が元に戻った。
「……だからなんなんだよ!」
再び正気に戻ったリーナが、ニオンをビシリと叩いた。いてぇなチクショウ、とニオンが頭を押さえる。
「とりあえずウチには誰でも使える仮眠室があるから、どうぞご自由に」
そう言いながらニオンはサロンの奥を指し示した。
「へー、サロンにそんなのがあったんだー……じゃねぇよ! 自由に何に使えってんだよ!」
「今日はリーナのツッコミさえわたってるねぇ」
天井を仰いで現実逃避をし始めるレシチーだったが、いつの間にかバーカウンターを乗り越えてきたニオンが二人の手を掴んでいた。そのまま二人を席から離させると、サロンの最奥にあるドアの前まで連れていき、片足を大きく上げて器用にドアノブを回した。
部屋の中はあまり広くはなく、小さな棚と通常サイズのベッドが一つ置かれているだけ。文字通りの仮眠室といった様相だった。
「いや、だからあたしたちはそんな……」
さすがに焦り始めたリーナが仮眠室を出ていこうとするが、ニオンに引っ張り戻された。
ニオンは何も言わずに小さい棚を開けて、マッチ箱とアロマキャンドルのようなものを取り出した。袖に燃え移らないよう気を付けながら、マッチを擦ってキャンドルに火をつける。
「いいか、これはそういう気分になれる特別なキャンドルだ。照れくさいんだったらこう考えるといい。今からやることは自分の意志ではなく、キャンドルによってやらされているものだと」
ニオンがまるで催眠にかけるかのように二人にささやくと、余った袖を下ろしてパタパタと仰ぎ始めた。かすかな煙が部屋中に漂っていく。
反論しかけていたリーナはすっかり言葉を失い、レシチーの顔を見た。彼女の頬は紅潮し、口は半開きになり、目は垂れ下がってただただリーナを見つめ返している。リーナも自分が似たような状態になっていることはすぐにわかった。
「れ、レシチー……」
「リーナ……」
互いに両手の指を絡めると、腰が抜けたようにベッドに座り来んだ。
触れてしまいそうなほどに顔が近い。息遣いが直に感じられる。身体がはじけ飛ぶ勢いで鼓動が高鳴っている。あと少しで、また――
二人で手を強く握り合った。
「んじゃ、あとはごゆっくり」
微笑みながら手を振ったニオンが、そっとドアを閉めた。
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「一体何してるの?」
仮眠室を出たニオンを待ち受けていたのは、眉間にしわを寄せて怒りのオーラを放つセレンだった。
「おやおやセレンさん、私は困ってる会員を助けてあげたまでで」
ニオンはやや表情を引きつりながらも、とぼけたように言った。
「そもそも最初に焚きつけたのはそっちだろ?」
続けて反論すると、セレンは自分を落ち着かせようと胸に手を当てた。
「確かにそうだけど、あそこまでガチな雰囲気になるとは思わなかったのよ」
しかしそれでも収まらないのか、足音を鳴らしながら椅子に座った。
「女の子同士で遊べるお店も楽しんでほしかっただけなのに」
頬を膨らませながら後悔するセレンの様子は、歳相応の少女だった。
「なのにあなたは、あの状態で最後までやらせるなんて! 女の子でしか――いや、それどころかお互いにお互いでしか満足できなくなったらどうするの!」
怒りが沸き上がったセレンは、感情に任せて叱り続けた。
「二人とも貴族なのよ! 絶対に結ばれないのはわかってるでしょう!」
拳を握りしめながら叫ぶセレン。そんな彼女の前に、金色の液体が入ったグラスが差し出された。
「サラトガ・クーラーだ。これ飲んで少しクールになれ」
いつの間に作ったのだろう。ニオンが最後にスライスしたライムを添えた。セレンは息を整えると、グラスを手に取りのどを潤した。
「大丈夫。あいつらはこの経験を通して一つの真実に気が付くはずだ」
「一つの真実……」
セレンは次々と浮かび上がる炭酸の泡を、じっと眺めていた。
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しばらくしてリーナとレシチーが仮眠室から出てきた。グラスを持ったまま立ち上がったセレンをニオンが抑える。
「どうだったよ、お二人さん」
「ニオン……あたしたち大事なことに気が付いたよ……」
尋ねるニオンにリーナがうつむき加減で答えた。らしくなくハラハラしながらセレンが見守る。
「プロと遊んだ方が断然気持ちいい!!」
声を重ねたリーナとレシチーの叫びを聞き、セレンの手からグラスが滑り落ちた。
「よう言うた! 気付いてくれてあたしゃ嬉しい!」
ニオンが歓喜のあまり二人の手を握って上下に振る。余り袖がひるがえるのを見ながらセレンが一つ息を吐いた。
「まさかニオンにしてやられるとはね」
その後リーナとレシチーは今まで通りの仲に戻った。セレンに紹介してもらった、女の子と遊べるお店でも見かけるようになったのは別にして。
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