第27話 みんな違ってみんなイイ

 リーナたちが本屋で買い物をしている頃、ムジナ会のサロンでは危機的状況が訪れていた。


「だから何度言ったらわかるのさ!」

「そっちこそ~!」


 互いにぐぬぬと唸りながらにらみ合うレシチーとフーミナ。子供のケンカらしからぬ不穏な雰囲気が漂っている。


「こんにちはー! おや! 二人ともどうかされましたか!」


 そんな中でサロンの扉を開けたのはヤトラだった。火花を散らす二人の空気を全く気にすることなく声をかける。


「あっ、ちょうどいい所に!」

「ヤトラに決めてもらお~!」


 ズイッと近寄ってきた二人の気迫を前に、ヤトラはようやく面倒事が起きていることを察した。


「な、何をでしょうか……?」


 一歩下がりながら尋ねると、二人の目が同時にキリリと光る。


「ヤトラは長いのと太いの、どっちが好き?」


 レシチーからの質問に、ヤトラは「へ?」と拍子抜けた声が出た。


「もちろん、長いのが好きだよね!」

「なにお~! 太いほうがいいに決まってるよ~!」


 すぐ答えられずにいると、再び二人の間でにらみ合いが発生してしまった。ヤトラはなんどか状況を整理しようと頭を回転させる。


「長さとか太さとかってその……アレの話ですよね……?」


 想像してすっかり赤面してしまったヤトラが、質問の意図を確認する。


「それ以外何があるのさ?」

「ですよねー……」


 レシチーから予想通りの回答が返ってきたが、ヤトラの戸惑いは更に増す結果となった。一体どのような会話の流れで口ゲンカになってしまったのか――いや、場所が場所なので別に不自然でもないか。


「それで~、ヤトラはどっちが好き~?」


 やや不穏なオーラをまとった笑顔でフーミナが尋ねた。


「いやどちらが好きと言われましてもそれぞれに個性があるといいますかみんな違ってみんなイイといいますか――」


 だがヤトラはどぎまぎしながら、早口で曖昧な答えしか返せなかった。


「悩む必要なんてないじゃん! 長い方が奥まで届くんだから!」


 煮え切らない態度にしびれを切らしたレシチーが説得にかかる。


「でも私たちは小さいし~、長すぎると全部は入りきらないよね~?」


 フーミナに痛い所を突かれたレシチーが一瞬言葉を詰まらせる。


「それに比べて太さはね~、訓練次第で入るようになるんだよ~!」

「言っても限度があるでしょ! 訓練も大変過ぎてすぐに楽しめないし!」


 実感のこもった言い方だったが、レシチーも訓練しているのだろうか。そう思ったヤトラだが、今はそれどころではないため必死に仲介を試みる。


「で、でしたら長くて太いのが一番なのでは……」

「そういうことじゃない!!」


 二人の迫力に折衷案は即座に引き下げられた。


「やっぱり長い方がさ、一目見て『おぉ……!』ってなるから精神的にも盛り上がるじゃん!」

「それだったら太いのだって一緒だよ~! それに中がみっちりする方が『入ってる~』って感覚がしてとっても幸せなの~!」

「太いのばっかで遊んでるとガバガバになるよ!!」

「成長して大きくなればノーカンだし~!!」


 レシチーとフーミナの言い争いは尽きそうにない。ヤトラも大事になる前にケンカを止めたかった。だがどちらも武闘派であるがゆえに、いずれの肩を持ったとしてもあまり良い予感はしなかった。


「それじゃあ……表出よっか」


 ついにフーミナから恐れていた一言が出てしまった。彼女の表情からはいつものあどけない笑顔が消え去り、構えは戦闘モードへと入っている。5つ年上のヤトラも思わず血の気が引くほどの威圧感だった。子供らしく感情に任せてその場でおっ始めないのが余計に怖い。


「待った、肉弾戦は大会に支障が出るからやめときたい」


 このまま乱闘かと思いきや、レシチーは意外にも冷静にストップをかけた。フーミナに対して物怖じしているようには全く見えない。


 確かにまだ魔法剣技スペロドの大会期間中だったとヤトラは記憶している。だったらこんなところで油を売ってる場合じゃなかろうに。


「確かにそ~だね~」


 フーミナは素直にそれを受け入れ、構えを解いた。にじみ出る二人の強者感に、ヤトラは思わず息をのむ。


「じゃ~ボードゲームでもやる~? 海戦戦略ゲームなんだけど~」

「フーミナのお父さん海軍でしょ! そっちが有利すぎるじゃん!」


 何で決着をつけるか二人してああだこうだ言い合い、すっかりヤトラは置き去りにされてしまった。呆然と見守る中、不意にサロンのドアベルが鳴り響いた。


「あら、三人ともいたのね」


 セレンを先頭に、先ほどまで本屋にいた5人がぞろぞろとサロンの中へと入ってきた。


「よぉ、レシチー……」

「や、やぁリーナ……」


 親友であるはずの二人が不自然な挨拶を交わすと、互いに少し顔を赤くしながら目線をそらした。その様子をニオンはチラリと一瞥した後、「よっこらしょ」とオッサン臭い掛け声を出しながらバーカウンターの内側へと引っ込んでいった。


「皆さん、ちょうど良かったですぅ!!」

「ヤトラさん、どうかされたんですか?」


 泣きそうな顔で自らにすがり付いてくるヤトラを、メノは驚きながらも優しく抱擁した。


「というかあなた、明後日決勝なのにここにいて大丈夫なの?」


 セレンに大会のことを尋ねられ、レシチーが気を取り直す。


「逆に試合が近いからこそ息抜きが必要なんだよ! それより――」


 その流れで今までの経緯を説明した。話を聞きつつ、セレンがうんうんとうなずく。


「なるほど、長いのがいいか太いのがいいかで言い争ってたのね」

「またくだらないことでケンカしてるなぁ」


 得心するセレンに対し、テフィルは呆れながら定位置である長椅子へと寝転んだ。そしてそのまま、先ほど購入した薄くない方の漫画を読み始めた。


「でもねあなたたち、長さや太さよりももっと大切なものがあるの」


 完全に場を投げ出したテフィルを気にも留めず、セレンがレシチーとフーミナの肩に手を置いた。


「それは固さよ! 固さがなければイイ所を突くことも擦ることもできないわ!!」


 堂々たる様子で言い切る姿は、説得力に満ちあふれていた。胸を張って言うことでもない気がするが、リーナも思わず同調してうなずきかける。


「違うもん! 長さだもん!」

「太い方が絶対いいって~!」

「だから固さが重要って言ってるでしょう!」


 だが二人も言い出した手前簡単に引き下がれないのか、結局三つ巴の戦いへと発展してしまった。その様子を見たリーナはため息をつくと、踵を返して入口のドアノブを握った。


「あぁ! リーナさん! どこへ行くんですか!」

「長くて太くて固い奴と遊んでくる」


 ヤトラが止めるもむなしく、リーナは癒しを求めて来たばかりのサロンを後にしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る