第26話 知識を与える本・後編
「おぉう、雰囲気変わったな……」
暖簾をくぐった先の様子に気おされたリーナが呟いた。その区画にある本棚には、ピンク色や薄橙色が総面積の大部分を有する本が多く並べられていた。
「ほら、この作家の新刊欲しかったんでしょう?」
「そ……そうだね……」
先を見ると、立ち止まったセレンが平積みされた本を二冊手に取り、一冊をテフィルに差し出していた。テフィルは顔を真っ赤に染め、涙目になりながらそれを受け取る。
「妙に薄い本だな……って、それは……!」
「まぁ、男性同士で!」
追いついたリーナとメノが横からのぞき見ると、表紙には二人の少年がガッツリ絡み合っている姿が描かれていた。
「いいわよね、この人の絵柄。私も好きで見かける度に購入してるわ」
「お前ら、こういうのが好きなのか……?」
震えるテフィルへお構いなしに話しかけるセレンに、リーナが尋ねた。
「そうよ。この本屋は取り扱いが多くて、お互いに何度も通っているの」
涼しい顔で答えるセレンとは対照的に、テフィルはすっかり縮こまっていた。
「へぇ~。漫画好きだと思ってたけど、こういうジャンルにも手を出していたとは」
「うるさいな! 言っとくけど二次元だけでリアルの絡みは全然興味ないから!」
リーナの煽りに早口でまくし立てるテフィルだが、それはむしろ墓穴を掘っている気がする。
「あらあら! 女性同士のものもあるんですね!」
メノがまるで割引シールが張られた総菜を見つけた主婦のように声を上げた。向かいの本棚から表紙に二人の少女が描かれた本を手に取り、しばしそれを眺めていた。
なかなか興味深いでしょ、と言いながらセレンも両側の本棚から次々を本を取っていった。手元に重ねられた本たちは、すっかり辞書並みの厚さに変貌している。まさかこれを全部買っていくつもりなのだろうか。
「でも女性同士でどうやって遊ぶのです?」
「中を見てみたらわかるわよ」
セレンに言われるがまま、メノが手に取った本を開いた。リーナも思わず後ろから中身を見てしまう。
「なるほど! こういう風に重ね合わせるのですね!」
「あ……あぁ……」
感心するメノをよそに、今度はリーナがすっかり赤面してしまっていた。レシチーと夜に遊んだ記憶が脳裏に浮かび上がってくる。頭から追い出そうとすればするほど、余計鮮明に思い出されてしまう。
「そ、そこまでやってねぇから!!」
「何をです?」
思わず叫んでしまったリーナを、メノがきょとんとした表情で見つめていた。
何でもない……とリーナはバツが悪そうにその場でうつむく。
「今日は特別に好きな本を5冊まで買ってあげるわ」
「本当ですか! ありがとうございます、セレンさん!」
一連の流れを気に留めることなく、セレンは気前の良さを見せつけた。メノは喜びをあらわにしながら、少女同士が絡んでいる本を手に取っていく。
「テフィルは他に買うものはないの?」
「もうこれだけでいい!」
セレンが続けて確認したが、テフィルはそう叫んだ後、一人早足で会計へと向かってしまった。彼女を追いかけようか悩んだリーナだったが――
「あら、あそこにいらっしゃるのって」
好みの本を吟味していたメノが、本棚の角から向こう側をのぞきこみながら言った。気になったリーナも身体を傾けて首を出してみる。
「ぐへへへへ……」
そこには抱き合う男女が表紙に描かれた本を立ち読みするニオンがいた。気持ち悪い笑みを浮かべながら、1ページめくるごとに「うほぉ!」とか「おっふ!」とか妙な声を上げている。
「もしかしてニオンさんでは?」
「いや、あれは知らないオッサンだ」
リーナは何も見なかったことにして、メノを引っ込ませようとした。一方でニオンは急にもぞもぞし始めたかと思うと、だらんと長い袖をぶら下げた右手で下腹部の辺りを押さえだした。
「顔も赤いですし、もしかしてお腹が痛いんじゃ……」
メノは心配そうに見つめているが、リーナの頭の中では果てしなく嫌な予感が駆け巡っていた。まさか、こんなところで……?
だが考えが具体化する前に、いつの間にか前に出たセレンがニオンの右手を掴み上げていた。
「それは家に帰ってやりなさい」
注意されたニオンは全く悪びれる様子もなくセレンの手を振り払う。
「なんだよぉ、買う金がないんだから仕方ないだろ?」
「だったらなおさら悪いわよ! 大事な商品が汚れちゃうでしょう!」
開き直るニオンを、セレンが鋭い剣幕で叱りつけた。左手に持っていた本を、無理やり棚に戻させる。
「少しは節制を覚えなさい。次にこういうことをやったら、お給料減らすからね」
「そ、それは勘弁してくだせぇセレン様~!」
反省の色が全く見えていなかったところから、一変してニオンはセレンに媚びへつらい始めた。はたから見ていた三人は、雇用主の強さというものを子供ながらに理解した。
「ニオンさんは一体何をしようとしてたんです?」
「ここで聞くなよ……」
メノに純粋な目で尋ねられたリーナは、その後の言葉が続かなかった。
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