第25話 知識を与える本・前編

 学校がお休みの日の昼下がり。リーナはいつも通り歓楽街――ではなく、商店街をぶらぶらと歩いていた。


(なんか最近まともにレシチーの顔見れねぇ……)


 照れくさいような、モヤモヤしたような気持ちが未だ身体の中に漂っていた。先日レシチーと共に、夜にお店へ遊びに行ってからどうも調子が狂っている。気分転換にならないかと思い、普段あまり訪れない場所まで足を延ばしていた。


 休日ともあって、商店街は買い物をする大勢の庶民たちでにぎわっている。貴族はこういった場所では買い物をしないため、レシチーと出くわすこともあるまい。


 並べられている商品も、日常を送る人々の行動もリーナの目には新鮮に映った。歓楽街以外で一般市民の生活を垣間見ることなんて、彼女にとっては滅多にないことだった。


 何か普段、あまり食べない物でも買い食いしていこうかと辺りを見回す。すると見覚えのある顔がこちらに向かって歩いてきているのに気が付いた。


「あれ、テフィルじゃねーか」

「げっ、なんでリーナがここにいんの?」


 向こうも気が付いたようだが、テフィルは露骨に嫌そうな顔で反応してきた。いつもムジナ会で見る服装とは違い、野暮ったいパーカーのポケットに手を突っ込んでいる。


「……ははっ、貴族様でもこんなところに来るんだね。下々の活動を眺めるのそんなに楽しい?」


 だがすぐに気を取り直して、いつものようにリーナを挑発してきた。


「そういうのじゃねぇ。ただの気紛れだよ。」


 いちいち鼻につく言い方に、リーナは若干イラっとくる。だがサロンのようにキレ散らかすわけにもいかないと、なんとか怒りを飲みこんだ。


「テフィルこそ何か買いに来たのか?」

「まぁ、そんな感じだね。それじゃ」


 会話をそこそこに切り上げ、再び歩き出すテフィル。気になったリーナはその後を追うことにした。


「ついてくんなよ!」

「いーじゃんか。何買うかくらい教えてくれよ」


 反応からして、何か面白いものでも買うのだろうか。そう思ったリーナは、絶対最後まで見届けてやると心に決めた。


「大したものじゃないから!」


 ややムキになって言い返しながら、テフィルは通りの一角にある大き目の本屋へと入っていく。


「なんだ、漫画かよ」


 早々に察して興醒めしたが、後に続いてリーナも店内に足を踏み入れる。テフィルは早くも、新刊コーナーに並んでいた人気漫画の最新刊を手に取っていた。


「ほら、特に面白いことないでしょ」

「わざわざ店に来なくても、注文すりゃいいじゃんか」


 貴族階級ではわざわざ自分で買い物をせず、商会経由でほしいものを注文するのが一般的だった。上級貴族ともなると店そのものを自宅まで出張させるパターンもある。


 そんな考えが常識だったリーナの言葉を聞いて、テフィルが鼻で笑った。


「金で楽したがる貴族様はこれだから。店に並んでいる知らない一冊と偶然出会うのも醍醐味なんだよ、知らなかった?」


 八重歯を見せるテフィルに、リーナはむっと顔をしかめた。確かにその言い分はわかるが、ここまであからさまに批判されると頭にくる。リーナは言い返そうと口を開いたが――


「全くその通りよ。新たな出会いは新たな知識を授けてくれる」


 いきなり脇から話しかけられた二人は、驚いて声の主に振り向いた。


「セレン!? なんでこんなところに!」


 店を呼びつける貴族の代表格であろう人物が、なぜが庶民が利用する本屋の店内に立っていた。


「この本屋、意外と品揃えが良くってね。それにこの子の案内も兼ねてるの」

「ごきげんよう」


 話に割り込んできたセレンの背後には、礼儀正しく頭を下げるメノの姿があった。


「サロンかよここ……」


 ムジナ会の常連メンバーが意図せず集まったことに、リーナが苦笑いを浮かべる。


「というかメノに何を案内する気だ」

「人聞きの悪いことを言うわね。この子の見識を広めるお手伝いよ」


 セレンはそう言って、笑顔のメノの肩を抱いた。確かにこの本屋は庶民向けでありながら様々なジャンルの本を取り揃えているので、勉強には打ってつけではあるのだが……


「いつもお世話になっているセレンさんには、本当に感謝しかありませんわ」


 メノが身に着けている長い群青のローブがはらりと揺れる。相変わらずセレンは人をたらしこむのが上手い。


「それはそうとテフィル、あれを買いに来たんじゃないの」

「え゛っ!? な、何の話かな……」


 話を切り替えてセレンに尋ねられたテフィルが、急にしどろもどろになりながら答えた。


「もしかしてリーナがいるの気にしてる? そんなの今更関係ないでしょうに」


 不敵に笑ったセレンが、ガシッとテフィルの手を掴む。


「ちょ、ちょっと!」


 テフィルが抵抗する間もなく、セレンはそのまま彼女を引っ張りながら店の奥へ向けて歩き出した。


「お二人とも、何を買われるのでしょうか?」


 メノが頬を指で押さえながら首を傾げた。


「さぁ? でも面白そうだ。ついていってみようぜ」


 すっかり興味をくすぐられたリーナは、メノを引き連れて共に二人の後を追いかけ始めた。


 広い店内をしばらく歩くと、先を行く二人は店内を区画分けしている無地の暖簾をくぐっていった。リーナとメノも、その後に続いて暖簾の先へと進んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る