第23話 お気に入りで姉妹
「リーナさん! ちょっといいですか?!」
「近くにいるんだからもう少し声を落とせ」
サロンでくつろいでいたリーナの元に、ヤトラがいつもの大声を響かせながらやってきた。両手には歓楽街の各店舗のデータベースが入った、分厚いファイルを抱えている。
「確か『リュセン』に行ったって前に言ってましたよね! 実はそこでどの子と遊ぼうかと迷っておりまして!」
リュセンとは歓楽街の東側に新しくできた中級店のことだ。新店舗ながら割と評判がいいことと、今月の前半はリラクリカに通い過ぎて少し懐が寂しいので、リーナはここ数日はそちらへと通っていた。
「あたしのアドバイスでいいなら。候補とかある?」
「この三人です! ぜひお願いします!」
ヤトラが指さした写真を、どれどれとリーナがのぞぎこんで見てみる。
(ふむふむ……全員私が遊んだことのある奴だな。あーそうそうこいつめっちゃカッコ良かったんだよなぁ。あたしが疲れた時も常に気を配ってくれたし。油断したらガチ惚れしそうなレベルだったわ)
(うわ、こいつも超良かったんだよなぁ。あたしの好みのタイプとはちょっと違うんだけど、この歳で母性本能をくすぐられるというか。とにかくかわいがってやりたい奴だった)
(どひゃー、こいつも選んできたか! なかなか予約が取れなかったから期待してたんだけど、腕前が想像以上だったぞ。マジでぶっ飛ぶかと思った。みんなが何度もリピートしたくなるのもうなずけるわ)
(……思い出したら三人とも、もう一回遊びたくなってきたな。というかヤトラはこの中の誰かと遊びたいわけか。なんかすげぇ複雑な気分なんだけど……)
しばらく頭の中で悩んだ後、リーナはこう答えた。
「別の男とか考えてみてもいいんじゃないか?」
「なるほど! つまり全員オススメということですね!」
「なんでそういうとこは妙に勘がいいんだよ!?」
ムジナ会では遊びに関することで嘘をつくのはご法度である。なので他の人が自分のお気に入りと遊ぶことを防ぐために、良くなかったなどと正反対の感想を言うのはNGだ。
だがそうなると、自分のお気に入りを隠すためには妙な言い回しをせざるを得なくなる。するとその不自然さから逆にバレてしまうというジレンマに陥るのだ。
「だからといって三人も隠そうとするのはやりすぎよ、リーナ」
彼女らのやり取りを聞いていたセレンが苦言を呈してきた。
「だってさぁ、一度遊んだ男の子が知り合いと遊ぶのって、なんか複雑じゃね?」
「気持ちはわかるわ。でもそんなこと言ったら、頻繁に遊びに来てる私たちはとっくの前から姉妹よ」
確かに情報を共有しているということは、どの子が良質な男の子かもみんな把握しているわけで。そうなるとどうしても遊び相手は偏り、被ってしまうのは当たり前だった。
「うわぁ……意識するとますます変な気持ちになってきた……!」
「リーナさんって、惚れっぽい上に独占欲も強いんですね!」
「んなこたない! 絶対にない!!」
ヤトラの歯に衣着せぬ指摘に、リーナはムキになって反論した。
「というか他の皆もモヤモヤしてこないのか? メノはどう思うよ?」
サロン内を見回りたリーナは、最初に目が合ったメノに対して尋ねた。
「皆さんと姉妹になれるなんて、とても光栄ですわ」
メノは両手を合わせ、上品な笑顔で答えた。
「悪い、質問する相手を間違ってたわ」
「正しい相手なんてここにはいないわよ」
リーナに諭したセレンが、そのまま彼女の隣に座る。
「開き直っちゃえばいいのよ。私たちは同じ穴のムジナなんだから。幸せは皆で共有していきましょう」
「じゃあセレンの一番のお気に入りを教えてくれよ」
「それとこれとは話が別」
流れで聞き出せないかと思ったリーナだが、冷たくあしらわれた。金に糸目をつけないセレンのお気に入りとなれば、かなりの逸材であることが確定しているのだが。
「ところで……どうして同じ方と遊ぶと姉妹になるのでしょう?」
メノの唐突な質問に、サロン内が静まり返った。
「お前……今まで平均以上に楽しんでおいてそれ聞く?」
今ではすっかりムジナ会の常連となり、フーミナと共に切磋琢磨しているメノ。だがよく考えれば、彼女がこの世界に入ってきた――いや、引きずりこまれたのはごく最近であることを、リーナは改めて思い出した。
「なぜ姉妹になるかというとですね!」
「ヤトラ、ここは私に任せて。そうね……同じ遊び相手を通して心も身体も一つになるから、かしら」
張り切って説明しようとしたヤトラを抑えたセレンが、間違っていないようなそうでもないような言い回しでメノの質問に答えた。さすがにセレンにもその辺りはぼかす良識と常識は備わっていたか。
「今の説明でよくわからなかったら、フーミナにでも聞きなさい」
「ありがとうございます。そうしてみますね」
「いや、そこでその人選は色んな意味でダメだろ」
結局メノはこれからも色んな知識を身につけていくんだろうなと、リーナは気が遠くなった。自分自身もまさに同じ穴のムジナであるのだが。
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