第21話 小さくても自由を
リーナはムジナ会のサロンに入った瞬間から、いつもとは正反対の物々しい雰囲気が漂っていることに気付いた。ドアベルが大きな音を立てないよう扉をそっと閉め、テフィルが寝転んでいる長椅子の後ろに滑り込む。
「セレンの奴、一体何があったんだ?」
「さぁ……聞いてみれば」
中央のテーブル席では、セレンが今までに見たこともないような不機嫌オーラを漂わせていた。顔は平静を装っているが、額には青筋が浮かんでいるし、右足の貧乏ゆすりも激しい。
別に怒らせることはしてないよなと、リーナは今までの行動を振り返った。
「こんばんはー!! あれ、セレンさん! 何かあったんですか!」
さほど間を空けずしてサロンに入ってきたヤトラが、全く空気を読まずにセレンに声をかけた。セレンが振り向いたのに合わせ、リーナとテフィルの身体もビクッと跳ね上がる。
「これよ」
と、セレンは一言だけ答えてテーブルの上を指さした。
「セレンさん、新聞なんて読むんですね! さすが公爵家!」
そこには新聞が置かれていた。広げられているページは、彼女たちの年齢では一般的に興味を持たないと思われる政治面であった。
「読んでほしいのはこの記事よ」
再び新聞をつつくセレン。怒っている原因が自分たちにはないとわかったリーナとテフィルは、遠くからでは何が書かれいるのかわからないので、そろりとテーブルに近寄った。
「『王宮議会で青少年法案提出』……?」
リーナが見出しを読み上げたが、内容が難しすぎて頭に入ってこない。
「国の法律を決める議会の議員の一人が、18歳未満の子供のお店遊びを規制する法律を作ろうとしていたのよ」
セレンがかみ砕いて説明すると、サロン内にどよめきが走った。
「さすがにそりゃないだろ! なんでいつも大人は子供から楽しみを奪おうとするんだ!」
感情的になったリーナがいの一番に声を上げた。
「そーだそーだ! 私らは普通に楽しんでるだけだぞ!」
リーナは急に黙って、話に乗っかってきた普通ではない見た目のニオンを見つめる。
「なんだよ。フーミナよりはマシだぞ」
「比較対象がそいつな時点でもう普通じゃねぇよ」
「フーミナがどうかしたかな~?」
「うわぁぁぁ!?」
本人がバーカウンターからひょっこり顔を出してきたために、リーナは驚き叫んで尻もちをつくこととなった。
「いたのかよ!?」
「ニオンちゃんが買ってきた新しいオモチャを見せてもらってたんだ~」
先ほどのリーナの発言はさほど気にしていないのか、フーミナはステップを踏みながらこちらへとやって来た。
「飲食スペースでオモチャなんか見せびらかさないでよ……」
テフィルが心底嫌そうな顔でニオンを注意している間に、フーミナが新聞を広げたテーブルに半身を乗り上げた。
「ほーあんを出したのって~、このお写真の人~?」
記事に印刷されたヒゲ面のオッサンの写真に、フーミナは指を重ねた。セレンが「そうよ」と肯定する。
「へ~……名前と住所教えて?」
「待て待て、名前はともかく住所は何に使う気だ」
フーミナからスッと笑顔が消えたのを見て、リーナが慌てて止めにかかった。
「そこまでしなくてもいいわ、法案は反対多数で否決――不採用になったから」
「なぁんだ~、よかった~!」
年齢相応の無邪気さを取り戻したフーミナを見て、周りの少女たちは当人以上にホッと胸をなでおろした。
「それでも王宮議会という場で、このような規制法案を出したのは許しがたいわ」
セレンが怒りを抑えきれないという風に、新聞に印刷された写真を何度も指でつつく。
「なんだか難しい話ですが、とにかくコイツが私たちにとって悪であることはわかります!」
ヤトラも彼女と同意見のようだった。
選挙で選ばれた王宮議会議員であれば、どのような法案を出すのも自由である。だが自分たちの大事なものを奪われるとなると、ムジナ会の誰もが感情的に否定しにかかるのは仕方のないことだった。
「全くもってその通りだよな! 18歳以下は全面禁止とかマジでふざけてる!」
「以下じゃなくて未満だよ」
「うっせぇ! 大して変わんねぇだろ!」
テフィルの冷静な指摘に、リーナはムキになって言い返す。
「それに全面禁止じゃなくて回数制限ね」
「規制ってそっちかよ!?」
さすがにこの大違いにはリーナもツッコまざるを得なかった。
「因みに週三回を上限とする案だったわ」
「割と多いな!?」
「何言ってるの、この法案を皮切りにどんどん規制が厳しくなっていくかもしれないじゃない」
セレンが柄にもなくむかっ腹で言い返した。
「それに週に三回しか遊べないのもイヤだしね~」
「週三『しか』かぁ……」
同調するフーミナの言葉に、もはやリーナは乾いた笑いを浮かべるしかない。
「とにかくこの議員が二度と規制法案を出さないよう、お父様にお願いしてるところなのよ」
「それはさすがに職権濫用じゃないのかい?」
ニオンがカウンターに肘をつきながら、子供らしくない難しい言葉でセレンに指摘した。
「来週はリラクリカ二回行ってきていいわよ」
「あたしゃ公爵家を全面的に支持しますぜぇ」
全く持って見事な手のひら返しだった。ムチではなくアメであるだけまだマシというべきか。
「こうして権力者がのさばっていくんだね」
その光景を見たテフィルは、呆れながらそう言うしかなかった。
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