第20話 苦手の裏返し・後編
「女の子と遊ぶ……ですか?」
メノはセレンの提案の意図が分からず、首を傾げた。
「そうよ、まずは遊びの楽しさを知ることが大切なの。そうすれば男の子相手でも、遊びたいという欲求が勝って恐怖感がなくなるはずよ」
「いや待て切り口がおかしすぎるだろ」
立ち上がったリーナが冷静にツッコミを入れた。こいつは遊びを間に挟まないと何も提案できないのだろうか。
「そういうことなら私が相手してやるぜぇ?」
長い袖を肩までまくって洗い物をしていたニオンが、カウンターから顔をのぞかせた。品定めをするような目つきに、メノは思わず身をのけぞらす。
「あなたが初めてだとトラウマになるわ」
「ひでぇや」
セレンが仕事に戻るよう言うと、ニオンは素直にカウンターの奥へと引っ込んだ。
「でもあんまり上手すぎる相手だと女の子だけで満足しちゃうから、初めては中級店辺りがいいでしょうね。オススメの店をいくつかピックアップするわ」
そう言ってセレンは本棚から、お馴染みの分厚いファイルを取り出してきた。この分野に関して知識が豊富でかつ面倒見が良すぎるのは、彼女の長所であり短所だろう。
「あなたたちもどうかしら? 同性というのも悪くはないわよ」
セレンがリーナとヤトラに対して、小悪魔的な笑みを浮かべながら言った。
「そ、それはもしやお誘い!?」
「そういう意味じゃないわよ。私は素人とは遊ばないから」
顔を真っ赤にしたヤトラの勘違いをピシャリと正した。
「知ってる奴とそういう遊びはさすがにゴメンだな。プロ相手なら人生経験として、一度はやってみてもいいかもしれないけど」
「まさかのリーナさんが乗り気!? 私はその……考えておきます……」
意外な反応を見せるリーナに対し、ヤトラは未だ顔を赤くしたままうつむき加減に答えた。
「だがお前とは死んでもやらん」
リーナがカウンターを指さすと、目だけをのぞかせていたニオンが再び引っ込んだ。
「ありがとうございます。早速挑戦してみようと思います」
メノが意を決したように両手を握りしめて言った。
「おいおい! この流れで言うのもなんだけど、別に無理しなくてもいいんだぞ」
「大丈夫です。女の子と遊ぶことに抵抗はありませんので」
止めにかかったリーナだったが、笑顔で言い張るメノに対して、色んな意味で不安を感じざるを得なかった。
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「大変素晴らしかったです。お店での遊びとは、こんなにもいいものなんですね」
翌日、満面の笑みで感想を述べるメノを見たリーナは、また一つこの世の少女から純真さが失われたことを知った。
「問題がなかったようで何よりです!」
いつもの大声で喜ぶヤトラだが、貴様は本当にそう思っているのかと問いただしたくなる。
「男が相手だともっと凄いわよ……」
セレンに不敵な笑みでささやかれ、メノはゴクリとつばを飲み込んだ。正直個人差があると思うが、メノの男性恐怖症を矯正するのが目的なので、こう言っておいた方がいいのだろう。
「というわけで、ネクストステージに移っていきましょうか」
もうネクストのネクストを先取りしてる気がするが、今更止めても遅すぎるのでリーナはそのまま見守った。
「やはり次は、男の方と……?」
メノが不安げな表情で尋ねた。
「そうだけども、やっぱり普通の男の子だとまだ厳しいと思うの。というわけで、オトコノコでも『娘』と書く方の『男の娘』でいくわ!」
「これ以上アブノーマルに引っ張ってやるなよ!」
ついに我慢できず、リーナが自信満々のセレンにツッコんだ。だがメノとヤトラの二人はポカンとしている。
「娘と書く方のオトコノコって……」
「何なんです?!」
頭上にハテナを浮かべる二人に対する返答は、サロンの奥から聞こえてきた。
「定義はいろいろあるけど、女のような見た目をした男だと思ってくれれば大体間違ってないよ」
そう解説したのは長椅子に横たわって漫画を読んでいたテフィルだった。
「というかリーナ、男の娘知ってるんだね」
「ち、知識として持ってただけだ! 悪いかよ! ってかお前も知ってんじゃねーか!」
クスクスと笑うテフィルに対してムキになるリーナ。それをセレンが片手で抑えた。
「とにかく、見た目が女の子だったら抵抗はやわらぐはずよ。今回もいいお店紹介してあげるから、頑張ってらっしゃい」
「ありがとうございます」
すっかりセレン信者になってしまったのか、メノの言葉と表情には全く不安が見られなかった。
「ねぇねぇ、リーナは男の娘に興味あるの?」
いつの間にかリーナの隣に来たレシチーが尋ねた。今日からムジナ会のメンバーとなった彼女だったが、お前は関係ないから引っ込んでろとリーナは軽くあしらう。
「それが親友に対する態度かよー!」
「ならレシチー、親友に向かって今日どこでどんな奴とどんな遊びをしてきたか、具体的に説明してくれよ」
「どんなに仲が良くても話しにくいことってあるよね」
レシチーは照れながら視線をそらした。
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「私……男の方も大丈夫な気がします!」
翌日、肌と目を輝かせたメノが、興奮を抑えきれないままサロンに入ってきた。
「その様子だと無事卒業できたみたいですね! おめでとうございます!」
ヤトラがメノの劇的な成長を手放しに喜ぶ。むしろ手綱をつかんでおいた方がいいのではとリーナは思った。
「なら明日はリラクリカで正真正銘の男と遊ぶわよ!」
満足げにうなづいたセレンが、次の目標をメノに提案した。
「待て待て、さすがにペースが早すぎるだろ! 一日くらい休んだ方がいいんじゃないか?」
一日で十分と思っている辺り、リーナも十分毒されている。
「問題ありませんわ。何なら今からハシゴでも構いません」
「よく言った! 今日は私のおごりよ、好きな男の子を選ぶといいわ」
「ありがとうございます、セレンさん!」
リーナは仲良くサロンを出ていく二人を見送ることしかできなかった。
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「セレンさん、どうもありがとうございました! あれからメノちゃんはすっかり男の子が大好きになったようです!」
後日、ヤトラがセレンに対し大きな声で礼を述べていた。男が苦手なのを何とかしてほしいとは言ったが、男好きにしろとは言ってないだろ。
「さすがにクラスメイトには手を出してないでしょうね?」
「はい! お金を払わない遊びは惚れた相手だけだと、強く言い聞かせています!」
自分で言っててよくトラウマを思い出さないなとリーナが呆れていると、サロンのドアベルが鳴り響いた。
「ごきげんよう」
「こんばんは~」
うわさをすれば影か、メノが明るい表情と声色で挨拶してきた。そして彼女に続けて天真爛漫なフーミナが入ってくる。
「あら、今日は二人一緒なのね」
セレンは特に何事もないように返したが、リーナはこの組み合わせの時点で既に嫌な予感しかしなかった。
「実は今日、フーミナさんから教えてもらったお店で、大人の男性と遊んできましたの」
頬を押さえて照れながらも、開けっぴろげに話すメノ。嘘だろ……と、早々に予感が当たってしまったリーナは、それ以降の言葉が続かなかった。
彼女が今まで相手したのは、女の子も、男の娘も、卒業した男の子も全て同年代だった。だがフーミナという女児の皮を被った小悪魔は、彼女を更に沼の奥へと引きこんでいた。
「さすがに中には入りませんでしたが、全身で大きさを感じることはできましたわ」
「真の男はこんなもんじゃないよ~、ってのを教えてあげたかったの~」
ちゃんと最後まで遊べるよう今日から訓練します、とメノ意気揚々に続ける。それを聞いたリーナは、ヤトラに向かって言った。
「良かったな、メノは遥か遠くへ飛び立ったぞ」
「さすがにこれは、違うような気が……!」
今更事の重大さに気付いても、もう遅い。セレンは表情を変えないまま、逃げるようにサロンの奥へと席を移した。
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