第19話 苦手の裏返し・前編

「いやー、怖いことなんて全然なかったね! 次からは一人で余裕かも!」

「もう一発ビンタかましてやろうか?」


 リーナはすっかり満足した親友のレシチーを連れてリラクリカを出た。中途半端にしか時間が残っていないから、自分のお遊びはまた明日だ。


「あら、そちらはお友達かしら?」


 声のした方を向くと、リラクリカ横の脇道に入ろうとしているセレンと目が合った。


「おぉ、奇遇だなセレン。クラスメイトのレシチーだ」

「どもども、レシチー・ネモシルです」


 やや緊張した面持ちでレシチーが挨拶した。


「あら、ネモシル男爵家の娘さんね。初めまして。エヴァニエル公爵家の長女、セレン・レフラ・エヴァニエルよ」

「えぇー! 公爵ぅー!?」


 レシチーの驚きようは、リーナにとって何だか懐かしいものを見るようだった。


「別に身分は気にしなくていいのよ。ところで二人ともリラクリカから出てきたようだけど」

「あぁこいつ、ついさっき卒業してきたんだ」


 ニヤニヤしながら隣の親友の肩を組むリーナ。さすがに同席を求めてきたことは彼女の名誉のためにも黙っておこう。


「あら~! あらあらあら~!」


 話を聞いたセレンが水を得た魚のように目を輝かせ、レシチーとの距離を詰めた。


「初めてがリラクリカなんて素敵じゃない! 最高だったでしょう?」

「は、はい……」


 レシチーが照れながら答えると、セレンが更に畳みかけてくる。


「実は私ね、遊びに興味を持った女の子同士で情報交換する集まりを主催しているの。ムジナ会っていうんだけど、リーナも会員なのよ」

「なにそれ! そんなのあるなら早く教えてよリーナ!」


 情報交換と聞いて今度はレシチーが目を輝かせた。自分が興味を持つ事柄に関する知識は、貪欲に吸収したいのだろう。内容の是非はともかくとして。


「良ければこれからサロンに案内するけど――」

「あー……ごめんなさい。この後は家でお祝いがあるから、夕食までに帰らないといけないの」


 レシチーは魔法剣技スペロドの選手であり、今日の決勝で全国大会出場を決めたことをリーナが説明した。


「そうだったの! 優勝おめでとう、そういうことなら早く帰った方がいいわね。また改めて案内させてもらってもいいかしら」

「ぜひお願いします!」


 こうしてレシチーはサロンに寄ることにしたリーナと別れ、帰路に就いたのだった。


「また一人引きずりこんだな」

「初めてでリラクリカに連れていったリーナに言われたくないわ」


 新たな同類を見送った後、二人は路地を歩きながら言葉を交わした。


「店はあいつが選んだんだ」

「止めなかった時点で同罪よ」


 サロンに到着してセレンが扉を開くと、聞きなれたドアベルが耳を優しくなでてくれた。


「あぁ! ちょうど良かったセレンさん!」


 続けて聞き飽きた大声が鼓膜を殴りつけ、リーナは反射的に耳をふさいだ。


「どうかしたかしら、ヤトラ……そちらの方は?」


 涼しい顔で尋ねるセレンの先には、見たことのない女の子が座っていた。


「こちらはですね! 先月私の家の隣に引っ越してきた――」

「メノ・アイソルテと申します」


 メノと名乗った少女はわざわざ立ち上がり、二人に向かって頭を下げた。ヤトラの紫紺とは違い色は群青だが、床をこするほどに長いローブは、彼女と同じメアーリス族を表している。


「今日はによく会う日ね」


 セレンが微笑みながらリーナに言った。


 紹介によると、メノは資産家の娘で年齢は10歳。学年は違うが、隣人のヤトラとは越してきた時から仲良くなり、短い関係ながら今では姉のように慕っているそうだ。


 ヤトラに慕われる要素があったのには驚きだった。


「公爵様や男爵様のご息女に会えるなんて光栄ですわ」


 メノは年下とは思えぬ丁寧な言葉遣いで、再び一礼した。物腰柔らかなふるまいからは、育ちの良さが伺える。


「こんないい子を、こんな所に連れてくるなよ」


 自分は悪い子であると認めるような言い方で、リーナがヤトラをたしなめた。


「実はメノちゃんには困ってることがありまして、セレンさんなら何とかできるのではないかと思ったんです!」


 確かにセレンは頼りにできる存在だ。だが一方で遊びのこととなると張り切りすぎるきらいがある。リーナは若干の不安を覚えつつ、メノから話を聞いた。


「実は私、前は女子校に通ってたんです。でもこっちに来てからは共学の小学校に転校しまして、初めて男の子と一緒に過ごすようになったんですが……どう接していいのかわからないのです」


 メノは表情を曇らせ、伏し目がちに言った。


「そもそも男の方がどういうものかもわからず……次第に近付いてくるだけで恐怖を覚えてくるように……」

「なるほど、男性恐怖症のような状態に陥っているわけね」

「なら余計にこんなとこ連れてくるなよ」


 相談するにしろ、もう少し適切な場所を選べなかったのだろうか。しかしセレンはとても真剣にメノの悩みに耳を傾けていた。


「男の子と一緒に遊べないのは、人生の半分を損してるわ」


 そして至極真面目な表情で発した言葉に、リーナは目を覆った。の価値は一体どこに見出だしているのか……


「因みにお店で遊ぶことへのご興味は?」

「ヤトラさんからお話は伺っているので、興味はあります」


 リーナが睨みつけると、ヤトラは「男性を好きになってもらおうと魅力を語っただけです!」と開き直った。


 なるほど、とつぶやきながらうなずくセレン。まさかテフィルの姉の時のような強硬手段に出るのではと、リーナは心配しながら彼女を見つめた。


「さすがに今の状態で男の子と遊ぶのは逆効果ね」


 その言葉にリーナはホッと胸をなでおろした。


「だからまずは女の子と遊びましょう!」


 ――のも束の間、満面の笑みで続いたセレンの言葉に、リーナはギャグ漫画のようにズッコケた。

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