第18話 親友の傍に・後編

 最終下校時刻を告げるチャイムが鳴る中、レシチーは競技中とは打って変わって小動物のように怯えた姿を見せていた。


「お前はいつもそうだよな。初めてやることに関してまるで度胸がない」


 呆れながらもなだめるような口調でリーナが言った。


「で、でも魔法剣技スペロドは小さい頃から頑張ってるから……」

「それもレシチーの父さんにやらされたのがキッカケだろ? 一回やっちまえば平気なんだから、少しは勇気を出してみろって」


 試合では勇猛果敢な姿を見せてくれるレシチーなのだが、未知のことに関しては手も足も出せない性格だった。リーナは幼馴染だから当然知っているが、彼女を競技でしか知らない者はギャップに驚くことだろう。


「だって初めては痛いって聞くし、怖い人出てきたらヤだし……」

「ちゃんとした店に行けば大丈夫だって」


 リーナは説得を続けていたが、そろそろすがり付かれている腕が痛くなってきた。日頃から鍛えられている筋肉に握りつぶされてはかなわない。


「わかったわかった! ついてってやるから放せっての!」

「やったぁ! それじゃあ『リラクリカ』って店が一番いいらしいから、そこ連れてって!」

「行ったこともないのに知識だけはいっちょ前だな……」


 魔法剣技スペロドの試合では初顔合わせの相手に緊張しないよう、事前に徹底的に情報を調べるのがレシチーのモットーだった。それをこんなところにまで活かさくても。


 リーナはすっかり上機嫌になったレシチーを引き連れて、歓楽街の方へと歩き始めた。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 リラクリカの豪華な入口をまたぐ頃には、レシチーの不安はすっかり盛り返していた。再びリーナの腕をガッチリと掴みながら、オドオドと辺りを見回している。


「ヤバい……試合より緊張するかも……」

「そうなんだ、コーチに伝えといてやろうか?」

「やめて」


 リラックスできるよう軽い冗談を交わしていると、カウンターからお馴染みの声が聞こえてきた。


「いらっしゃいませ、ようこそリラクリカへ」


 相変わらず初見には慇懃な受付嬢だ。リーナはそう思いながらも、いつものアングラな喋り方だとレシチーが余計に怯えかねないので、むしろありがたかった。


「何もかも初めての友達なんだけどさ」

「かしこまりました、でしたら飛びっきりをいくつか用意してきますので、少々お待ちください」


 待合室に案内され、リーナはソファにドカッと腰を下ろした。対するレシチーは滑り落ちそうなほどに浅く腰掛け、目の前にあるサービスのお菓子やジュースをじっと見つめるだけで微動だにしなかった。


 やがて受付嬢がノックをして入ってくると、二人分のトレイを片付けて目の前にパネルを並べ始めた。


「お待たせいたしました。どの子も初体験にはオススメでございます」


 それぞれのプロフィールを丁寧に解説していってるが、目つきはまるで獲物が巣穴にハマりこむのを待つアリジゴクのようだ。


「ふぉお~……みんなカッコいい……」


 それに気付いているのかいないのか、レシチーは美麗な少年たちのパネルを前にすっかり見とれていた。しばらく悩んだ後、リーナの方を向く。


「い、今選ぶの……?」


 親友の前でこれから卒業させてもらう相手を選ぶのが、今更恥ずかしくなってきたみたいだ。


「一人でいいなら帰ろっか?」

「イヤイヤ! 帰らないで!」


 冗談っぽく返したリーナを、まるで幼稚園児のように引き止めるレシチー。しばらくの間頬を染めてモジモジしていたが、やがて一枚のパネルを指さした。


「こ、この子で……」

「へぇ、レシチーの初めての相手はこいつか! やっぱ相手もスポーツやってそうなのが好きなんだな!」

「うわぁぁぁ!!」


 レシチーは我慢できずにソファに顔をうずめた。


(ヤベ……楽しい……!)


 その様子をリーナはニヤけた顔で眺めていた。自分をここへ連れてきて反応を楽しんでいたセレンの気持ちが、今となってはよくわかる。


「折角ですし、リーナ様も楽しんでいかれます?」


 受付嬢の気遣いに「もちろん」と声を弾ませ、余ったパネルを手元へと引き寄せた。さて今夜は誰と遊ぼうかと舌なめずりしていると、レシチーがじっとこちらを見つめている。


「なんだよ、あたしが誰選ぶか見てやろうってか?」

「あのさ、リーナ……」


 レシチーは少しためらった後、意を決してリーナの手を握った。


「傍にいてほしい……」

「…………は?」


 恥ずかしがりながら涙目で訴えるレシチーに、リーナは開いた口がふさがらなかった。


「だって遊ぶ時一人じゃ怖いし……」

「お前アホか! 何が悲しくて親友の初めてを見学しなきゃならないんだよ!」

「何かあってもリーナが傍にいてくれたら助けてくてるでしょ……?」

「レシチーなら同年代の男くらい素手で倒せるだろ!」


 周りの目もはばからず怒鳴るも、レシチーは全く退く気配がない。しばらく二人で言い争っていると、受付嬢が間を割って入ってきた。


「三人で遊べるコースもございますが」

「気ぃ利かせてくれてありがとう。残念だけどそういう趣味はない」


 受付嬢の提案をリーナは皮肉を交えながら断った。


「だ、だったら部屋の外でもいいから! 助けてって言ったらすぐ来れる場所にいて!」

「嫌だっつってんだろ! 第一、遊び部屋の前で待機とか店が許すわけが」

「別に構いませんよ」


 営業スマイルのままさらりと言い放った受付嬢を、リーナは信じられないといった表情で見返した。


「ね! お店の人もいいって言ってるし、一生のお願い!」

「一生のお願いをこんなことで使っていいのかよ……」


 その後リーナは渋々といった形で、親友の頼みを引き受けた。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 リラクリカの一番奥の部屋の前にはパーテーションが立てられ、それに身を隠せるように椅子が一つ置かれていた。


「お願いだから呼んだらすぐ来てよね!」

「わかったからさっさと行け」


 未だに不安を除ききれないレシチーを無理やり部屋に押し込んだ。


 椅子に座って少しすると、健康的な体つきをした同い年くらいの少年がパーテーションの横を抜けてやって来た。お店から話が伝わっているのかリーナに対し、はにかみ顔で軽く手を振ってから部屋の中へと入っていった。


(……結構いいな、次予約しとくか? でもそうするとレシチーと姉妹になるんだよな……)


 などとリーナは考えながら、お店から借りた漫画雑誌を眺めて時間をつぶした。


 二時間ほど経っただろうか、前触れもなく部屋の扉が開かれ、先ほどの少年が一人で出てきた。入る時と同様にリーナへ手を振り、そのままパーテーションの向こう側へと消えていった。


 リーナは何気なく手を振り返したが、何かが引っかかる……


(なんでレシチーが出てこないんだ?)


 違和感の正体に気付いたリーナは血の気が引くのを感じた。


 リラクリカに限ってそんなことは絶対あり得ない。でも万が一が親友に襲い掛かっていたなら――


「レシチー!!」


 リーナはノックすることもなく扉を開け放ち、部屋の中へと飛び込んだ。


「……何やってんだ?」


 そこにいたのは紅潮した顔をすっかり緩ませ、ヨダレを垂らしながら大の字でベッドに寝転がるレシチーだった。


「はふぅ~……」


 リーナは未だに天国にいるかのような心地でいる親友の頬をパチンと叩き、現実へと引き戻した。

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