第17話 親友の傍に・前編

 補習を終えたリーナは「廊下を走るな」と書かれたポスターの横を勢いよく駆け抜けた。向かう先は歓楽街――ではなく、小学校の横に併設されている競技場だ。注意する教師の声を後ろに流し、渡り廊下を突っ走った。


 応援の声がここまで聞こえてくる。試合はもう始まっているようだ。


 リーナは更に足を加速させた。トロフィーが並べられた棚を間一髪避け、最後までペースを落とすことなく観客席に飛び来んだ。


「レシチー!!」


 名前を叫ぶと、競技場の中央で戦う金髪の少女が一瞬だけこちらを見た。自分の身長よりも大きな剣を持ち、同年代の少女と対峙している。消耗具合から見て情勢はやや不利かもしれなかった。


「頑張れー!!」


 リーナが更に叫んだ。それに呼応するかのように、レシチーは大剣を高々と掲げる。


「ユホイサヌヘイコワエテロムアサムカカ――」


 観客席にも届く大音声で呪文を叫ぶと、徐々に大剣の周囲へ炎の渦が形成されていった。


「大技が出るぞ!」

「この終盤でやるのか?!」


 周りにいた観客からざわめきが起こる。否定的な声が多かったが、リーナはまったく気にしていなかった。レシチーなら必ず成功できると信じていた。


 相手の少女もやらせるものかと剣を構え、大声で呪文を唱えながら一気に距離を詰めてくる。


「たぁぁぁぁぁ!!」


 間合いまであと一、二歩かというところで、レシチーが大剣を振り下ろした。その瞬間、紅蓮に盛る炎が二人を包み込んだ。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「やったな! 全国大会出場だ!」


 選手通用口から出てきたレシチーを、リーナは待ってましたとばかりに抱きしめた。まるで自分のことのように喜びが抑えきれない。


「はっはっは! 私にかかればこんなものよ!」


 上機嫌な彼女の胸元で、金色に輝くメダルがキラリと光った。


 レシチー・ネモシルはリーナのクラスメイトで、一番の親友だ。同じ男爵家ということで、今よりもっと小さい頃から関係が続いている。


 彼女は先ほど出場していた、スペロドと呼ばれる魔法と剣技を合体させたスポーツの将来有望とされるジュニア選手だ。


 魔法剣技スペロドは呪文で自らの剣に魔法をかけ、一対一で戦い合う。もちろん、あくまで競技なので刃は潰してあるし、攻撃を直接相手に当てるのは禁止だ。


「けど危なかったー。向こうの呪文が決まってたらこっちの負けだったよ」


 試合では複数の審判が、両選手の動きを見て仮のダメージを算出。5分の制限時間内により多くのダメージを与えるか、体力を削り切るかすれば勝利となる。


「にしても、よくあんなわけわからん呪文覚えられるな……」


 リーナが感心に若干の呆れを混ぜた様子で言った。魔法をかけるために使われる呪文は不規則かつ長大なため、正しく唱えるだけでも一苦労なのだ。


「やってれば自然と身についてくるって。それより剣を構えながら毎回叫ぶほうがしんどいから」


 魔法の元となる大気中のマナを集めるには、できる限り大きな声で呪文を響かせる必要がある。そのため隠密性は皆無であり、唱える時間も含めると実際の戦闘には全く向いていない。


 ちなみにマナと呼ばれる物質の詳細は明らかになっていないが、子供たちの精神的な成長を促進する効果もあると言われている。


「というかリーナ、来るの遅すぎ。試合終わっちゃうとこだったじゃん」

「悪い悪い、先生がどうしても補習を抜けさせてくれなくて」


 レシチーに睨まれ、リーナはバツが悪そうに頭をかいた。


「しかもよりによって魔法剣技スペロドと密接に関係する魔法科とか……」

「だから悪かったって!」


 あまりにも使い勝手の悪いこの魔法だが、魔法科という形で義務教育の範囲となっている。研究者の育成を目的としているのだが、未だに日常生活や軍事などにおいて実用化された例はほとんどない。


「お詫びとお祝いも兼ねて、何かしてほしいことあったら聞いてやるからさ」


 リーナが両手を合わせて許しを請う。それを見たレシチーは口を閉じ、なぜか少し顔を赤らめながら視線をそらした。


「じゃあさ……今夜お店に連れてってよ」


 予想もしなかった言葉に、「へ?」とリーナが素っ頓狂な声を漏らす。やがて意味を理解したのか、リーナの頬があっという間に紅潮した。


「ど、どうしてあたしが行ってるって……」

「あれで隠してるつもりだったの?」


 リーナは両手で顔を覆い、悶えながらその場にしゃがみこんだ。


「友達にバレるのって、こんなにハズいものなのか……」

「そりゃ頻繁に家とは違う方に行ってたらわかるって」


 自分より恥ずかしがっている相手を見て、レシチーは逆に冷静になった。リーナの脇を支えて、立ち上がらせる。


「じゃあオススメの店教えるから一人で――」

「嫌。一緒がいい」


 レシチーは子供ながら、スポーツ選手らしいガッチリとした腕の筋肉でリーナの腕を掴んだ。真剣な眼差しで見つめてくる彼女に、リーナは思わずドキリとしてしまう。


「なんで一緒がいいんだよ……?」


 それ以上のことを考えないようにしながらリーナが尋ねると、レシチーは声を震わせながら答えた。


「だって……一人だと怖いんだよぉぉぉ!!」


 泣きながら縋り付いてくる親友を前に、リーナはやっぱりかとため息をついた。

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