第15話 公爵家令嬢の優雅な休日

 カーテンの隙間からこぼれる朝日に促され、セレンは目を覚ました。軽く伸びをしてシルク地のベッドから降り、薄暗い中でカーテンに手をかける。


 開けた瞬間、パッと世界が明るくなった。庭師によってきれいに整えられた広大な庭園からは、小鳥のさえずりと木々のが枝を鳴らす音が聞こえてくる。


「いい天気ね、こういう日は――」


 窓も開け放つと、飛び込んできた風がピンク色のネグリェをはためかせた。


「お店で遊ぶに限るわ!」


 ベッドの脇の棚に置いていたベルを手に取り、チリンと鳴らす。するとメイドたちが次々と部屋に入ってきた。


「おはようございます、お嬢様」

「おはよう、今日はよそ行きの服でお願いね」


 セレンが指示すると、メイドたちはテキパキとした動きで彼女の身だしなみを整え始めた。長い銀髪を丁寧にとき、洗顔や歯磨きを済ませ、お気に入りの洋服を着せていく。流れるような手裁きによって、あっという間にセレンの身支度は完了した。


「ご苦労様、いつもありがとね」


 労いの言葉を受けて、メイドたちは全員深々と頭を下げた。セレンはスカートを翻しながら、揚々と部屋を出る。


 朝の準備や掃除に駆け回るメイドたち一人ひとりに挨拶を交わしながら、食堂へとやってきた。広大な部屋に数十人は座れようかというテーブルが置かれているが、両親や他の家族は朝から出かけているので、席に着いている者は誰もいない。


 セレンはひと際大きな椅子が置かれている誕生日席に座ると、すぐさまコックやメイドたちによって朝食が並べられた。暖かいスープを一口飲み、焼き立てのパンに手を伸ばす。


「お食事中失礼いたします、お嬢様」


 パリッとしたモーニングに身を包んだ初老の男性が、セレンに話しかけた。彼はエヴァニエル家に勤めるセレン専属の執事で、彼女が生まれた時から身の回りのお世話をしている。


「本日のご予定をお伝えいたします。午前九時から家庭教師による国語と算数の学習。その後、午後零時にロティオ侯爵家のご子息と昼食会。午後一時からは家庭教師を交代しまして社会科、理科、魔法科の学習。午後四時からピアノ及びヴァイオリンのお稽古。その後夕食はスファニス侯爵家で行われる晩餐会に出席――」


 長々と一日の予定を話す執事を横に、セレンは黙々と食事を続けていた。やがて食べ終わると、ナプキンで軽く口元を拭き、執事に目を向けることなく言った。


「全部却下で」

「畏まりました、全てキャンセルしておきます」


 執事が恭しく頭を下げると、セレンは椅子から立ち上がった。


「宿題と予習と復習は昨日の内に済ませておいたから安心なさい。それと私はこれから出かけるから」


 再び執事が頭を下げると同時に食堂を出る。廊下を進むセレンに、メイドたちがバッグや日傘など外出に必要なものを次々と手渡していった。


 一般家庭の十倍はありそうな広さの玄関で、ピカピカに磨かれた赤い靴に足を通したセレンが後ろを振り返る。


「では行ってくるわ」

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」


 いつの間にか追いついた執事がまたも深々と礼をしながら、邸宅を出ていくセレンを見送った。


「警護隊」

「はっ!」


 頭を戻した執事が一声出すと、黒いスーツに身を固めた屈強な男たちが次々と現れた。そしてセレンに姿を見られぬよう気配を殺しながら、同じ玄関から流れるように外へと飛び出していった。



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「ようこそ、リラクリカへ。朝っぱらからお元気なことで」


 きらびやかな装飾の施されたカウンター。その向こう側で足を組んでくつろいでいた受付嬢が、開店早々の来客に気付いて立ち上がった。


「えぇ、まずは一発遊んでおこうと思ってね。一つか二つ年上で優しくリードしてくれるけど、途中からは情熱的な技術で天国に導いてくれる、大人っぽい顔立ちの素敵な男の子はいるかしら」

「それでしたら、この子なんかいかがでしょう」


 セレンの無茶振りに近い要求に、受付嬢は少しも待たせることなく一枚のパネルを差し出した。


「素晴らしい。三時間いただくわ」

「毎度あり。それから特別な情報として、午後には未経験の子が入店するんですが」


 札束を受け取った受付嬢が、現像されて間もない写真をこっそりとセレンに見せる。


「なかなか良さそうじゃない。午後一時に予約を入れておいて」

「昼食挟んですぐですか。さすがは公爵家のご令嬢」

「褒めてもこれ以上チップは出ないわよ」


 そう言いつつ、札束をもう一つ受付嬢の手に重ねた。


「この子も私で初体験だなんて幸せ者ね」

「全くその通りで。ではすぐお部屋にご案内しましょう」


 受付嬢の後に続き、セレンはカーテンをくぐって店の奥へを消えていった。



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「はぁ~……」


 カーテンが開くと、口を半開きにしてうっとりとした表情のセレンが店の奥から出てきた。心なしか肌のツヤが増したようにも見える。


「顔が緩んでおりますよ、お嬢様」

「……はっ!」


 受付嬢にわざとらしく指摘されたセレンは、垂れかけていたヨダレを拭き、キリッとした表情を作り上げた。


「素敵だったわ。お昼食べたらまた来るわね」

「いってらっしゃい。こっちもしっかり準備して待たせておくよ。ちなみに夜のご予定は……」

「同じジャンルが三連続だと飽きちゃうでしょう? 悪いけど夜は別の店でオジサマと遊んでくるわ」


 そう言ってセレンはクスリと笑うと、日傘を片手に悠々とリラクリカを出ていった。



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「というわけで、結局一日使って四軒もハシゴしちゃったわ。特に二回目の初めての子がとってもかわいくてね、ついいっぱい楽しませてあげちゃった」


 セレンは薄く染まった頬を片手で押さえながら、ムジナ会のサロンで自慢げに話していた。


 日も沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。サロン内はリラクリカ新規入店者一覧の情報誌で盛り上がっており、セレンの話を真面目に聞いているのはリーナ一人だけであった。そのリーナですら、若干引き気味で耳を傾けている。


「その次に入ったオジサマもまたカッコ良くて、かつ立派でね。お腹いっぱいになりながら最後まで楽しんじゃったわ」


 とろけた笑顔で次々と話していく様を見て、リーナが呆れながら口を開いた。


「セレン、やっぱお前がナンバーワンだわ……」

「当然よ。あなたや皆を導く存在だもの」

「どこへ導くつもりだよ……」


 セレンは彼女の問いを曖昧な返答で受け流した。そして午後八時半には「そろそろ帰らなきゃ」と言って、サロンを出て帰路へと就いたのだった。

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