第14話 舐めんじゃねーぞ
歓楽街の雑踏から一つ脇道にそれた場所にあるムジナ会のサロン。大人っぽいカウンターバーを模した室内ではムーディーな音楽でも流れているのかと思いきや、聞こえるのは女の子たちの喧騒であった。
「ふふ~ん、『四六時中マンガ読んでる奴』に負けるなんて、さぞかし勉強苦手なんだねぇ」
「うっせぇ! そもそも学年も学校も違うのに点数で勝負すんのがおかしいんだ!」
「だったら最初からやめときゃいいのに」
69と大きく書かれたテスト用紙を、ペラペラと揺らしながら八重歯を見せるテフィル。対するリーナが持つ用紙に書かれていた点数は48だ。テフィルの挑発に乗って勝負を受けたはいいものの、散々たる結果にリーナは地団駄を踏むしかない。
「小学校のテストですよね? テフィルさんもそこまで胸を張れる点数じゃないと思いますが!」
ヤトラに大声で言われて、テフィルがキッと睨みつけた。だが一歳違いとはいえ、小学生と中学生では比較対象が違い過ぎる。なのですぐに標的をリーナへ戻した。
「ま、年下に煽られて泣きを見るくらいなら、優しい年下男子にでも慰めてもらったらどう? ハマり過ぎて更に成績下がりそうだけど」
「てめぇあんまり舐めたこと言ってっと――」
「なになに~? 何の話~? フーミナは舐められるの好きだよ~!」
先ほどサロンに入ってきたフーミナの、一部だけを取り上げた発言に、いがみ合っていた二人が共にズッコケた。
「そうね、私も舐められるのは好きよ」
「セレンは最初から聞いてただろうが!」
傍で見守っていたセレンもフーミナの話に乗っかる。
「確かに舐められるというのは一人じゃ味わえない感覚ですよね!」
「え、何? そっち方面に話広げちゃうの?」
ヤトラまでもがテンション高めで話に参加し、テフィルは戸惑いを隠せない。
「広げて舐める~……?」
「フーミナは一旦黙ろうか」
リーナもすっかりケンカ熱が冷め、持っていたテスト用紙をクシャクシャに丸めてポケットに突っ込んだ。
「リーナも初めて舐められた時は最高だったでしょう?」
「それはどっちの意味でだ」
「国語力を身に着けなさい」
複雑な表情を浮かべながらも、リーナはセレンの問いに答える。
「確かに舐められるのはたまんねぇけど……かなり恥ずかしいのが玉にキズだよな」
「めっちゃわかりますそれ! 私も毎回舐められますが、電気消すか目隠ししてもらわないと無理です!」
それを大声で打ち明けるのは恥ずかしくないのかと、リーナは訝しんだ。
「でも舌にしても指にしても技術は必要だよね。下手くそだと痛いだけだし」
「デリケートな部分だものね。私も中級以下の店では触れさせないわ」
「フーミナも痛いのは嫌かも~」
テフィルとセレンが話を止め、驚いた様子でフーミナを見た。
「痛いの好きって言わなくて良かったね」
「そこまで言われたらさすがの私もお手上げよ。ちゃんと人間の女の子なんだと安心したわ」
「どういう意味かな~?」
フーミナの額に青筋が浮かんだように見えたが、セレンがどこからともなく取り出したケーキを差し出すと「わぁい!」と喜んで食べ始めた。公爵家の娘ともなると、フーミナのような子供でさえいともたやすく扱えてしまうのか。
「じゃあさ、舐められるんじゃなくて舐める方はどうよ? ちなみに僕は舐めたことあるよ」
自慢げに胸を張るテフィル。自慢できる事柄かどうかはさておき。
「ちょ! テフィルさん! さすがにそれは汚いですよ!」
「さすがに舐めるのはキツすぎるだろ……」
思わぬ告白にヤトラやリーナが次々と拒否反応を示した。
「えー、二人とも舐めたことないのぉ? 遅れてるぅ!」
「きちんと洗ってあれば臭いもないし、案外平気なものよ」
「マジかよ……セレンも経験済みなのか……」
カリスマオーラを放って人の上に立つようなセレンが男を舐めてる姿など、リーナは全く想像できなかった。
「フーミナは無臭よりも臭いがあるほうが好きかな~」
ケーキをほおばりながら無邪気に言い放たれた言葉に、一瞬だけサロン内の空気が固まった。
「ま、まぁ……しっかり盛り上がった状態なら、少し臭いがある方がむしろ興奮するわね」
すぐにセレンがフォローを入れるが、それは自分にもダメージが入ってないだろうか。
「ちなみに三日くらい洗ってないのが好き~!」
だが身を賭したセレンの尽力のかいなく、フーミナの畳みかけで再び室内全体が凍り付いた。
「ケーキを食べながらなんてことを……!」
ようやくヤトラが口を開くも、ドン引き加減を抑えることはできなかった。
「もうこの話はやめよう……あたしらが舐めるなんてのはまだ早いんだよ……」
リーナは呆れながらそう言い、どうしようもなくなってしまった空気感を
「え? 逃げるの?」
「あぁん!?!?」
「言った傍からテフィルの挑発に乗ってるんじゃないわよ」
セレンがピシャリと叱りつけるも、再燃した二人の言い争いは止まらない。
「僕ですら舐めれるのに、リーナは初めから逃げちゃうなんてずいぶん根性無しなんだね」
「言ったなこのガキィ! だったらやってやるよ! あたしくらいになったら舐めるだけじゃなくて――」
怒りに任せたリーナがドンと片足をテーブルに乗せた。
「ゴクリと飲み込んでやるよ!!」
「の、飲み込むですとー!?」
衝撃の宣言にヤトラが驚愕の叫びを上げる。
「落ち着きなさいリーナ! アレをおいしいと感じられるのは創作の世界だけよ!」
珍しく冷静さを欠いたセレンが止めにかかった。
お店で遊ぶ相手に出してもらうのは体力面の問題で別料金な上、どんなに対策を取っても女の子にとってはリスクがある。なので自分だけ満足して終わるのが基本的な遊び方だ。ゆえにリーナは実物を見たことも嗅いだこともなかった。
「えぇ~? フーミナは嫌いじゃないよ~」
「あなたは創作の世界に引っ込んでなさい!」
はっと口を押えるセレン。フーミナの目には涙が溜まり始めた。
「ふえぇ~ん……」
「あぁ! ごめんなさいフーミナ、私ったらなんてことを……」
泣き始めたフーミナを抱きしめ、頭をなでるセレン。彼女がそこまで取り乱すほどヤバイ代物なのかと、リーナの胸中には不安が膨らみ始めた。だがここまで言ってしまっては引くこともできない。
「テフィルは飲み込んだことあるか?!」
「いや、さすがにそれは無いけど……」
テフィルが戸惑いがちに答える。
「だったら明日やってきてやる! 首を洗って待ってろよ!」
勢いのまま言い捨てたリーナは、足音を慣らしながらサロンを出ていった。
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「すみませんでした」
翌日の夜、サロンに来て早々頭を下げるリーナの姿があった。
「やっぱり無理だったじゃん」
テフィルがニヤニヤ顔で近付くと、リーナの頬に一筋の涙が伝った。
「泣くほどですか!?」
「いや、舐めるのはできたんだよ……キレイにしてもらったら全然平気だったし……」
ヤトラに差し出されたハンカチで涙をぬぐう。
「へぇー、やっぱり洗ってもらったんだぁー」
「ぐはぁっ!!」
「しっかりしてリーナ。何があったのか話してちょうだい」
テフィルから追い打ちを受けたリーナ。そこへ話の深掘りを促すセレンもまた鬼畜であった。
「舐めるのはできたけど……出てきたアレの臭いは……あの臭いはムリだ!」
リーナがヤトラ並みに声を張り上げて訴えた。
「アレを飲み込めるなんて人間じゃねぇよ!」
「フーミナは人間じゃないんだ~……」
「あ、いや、そういうことじゃなくて。ってかやっぱ飲み込めるのかお前」
涙が引っ込んだリーナが不機嫌になりかけたフーミナをなだめる。
「あとさ……舐めるだけだとこっちは気持ちよくも何ともねぇよな」
「当たり前でしょ、相手の反応と雰囲気を楽しむもんなんだから」
セレンの辛辣なツッコミがリーナの耳に虚しく響き渡った。
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